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もう姉妹には戻れない  作者: キノハタ
第6章 はるとくろえ

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第71話 姉を愛する理由—②

 「ないよ――――」


 言葉をそう呟くと、どうしてだろう、自然と笑みが零れてきた。


 楽しい訳じゃない、これで親父の鼻を明かせるとも思ってない。


 なんていうんだろう……そう……はるがよく浮かべていたような。


 困ったなあって、痛い所突かれちゃったなあって。


 そうやって、笑って誤魔化すような、そんな笑み。


 「ちゃんとした理由なんてね―――実はないの……」


 親父はそんな私に、どこか信じられないものでも、見るような瞳を向けていた。


 「その……まだ……上手く、気持ちの整理なんて出来てないからさ……」


 「なんで、まだはるの隣にいようとしてるか……正直、これって理由は……自分でもわからないの……」


 呟いた言葉は、ぽつぽつと、まるで小さな子どもが隠していた秘密を漏らすみたいで。


 「実際、親父の言う通りだと思うよ……はるは、もう……私のことなんて……想いださないかもしれない。…………昔みたいに、私のことを大事にしてくれることも……もうないのかもしれない」


 言葉にするたび、何かが震える。目が、喉が、声が、唇が。


 ぶるぶると、何処かで抑えていた何かが、ひびを広げていくように。


 「正直、無理もしてるしさ……。このまま、はるの傍に、永遠に何もかもを忘れられたまま、ずっといれるかなんて……わかんない。いつか―――いつか、はるのことが………………嫌いになっちゃうこともあるのかな……やだなあ……」


 それを口にするだけで、胸の奥を冷たい何かが走ってく。びきりびきりと、私の心の奥底を、薄い氷を割るみたいに呆気なく、ぐちゃぐちゃにしていく。


 大切にしたものを、大切に出来なくなること。他の誰でもない自分自身が、それを想ってしまった時、私は本当に、私であることに耐えられるのかな―――。


 「ずっとわかってたつもりだったの……。永遠の誓いも、不滅の想いもどこにもないって…………まあ、こんな形でわからされるとは……さすがに思ってなかったけどさ……」


 でも、いざ失って突き付けられる。どれだけ諦めた振りをしても、どれだけ達観したように見せたとしても。


 失くすことは、あれだけ積み重ねた想いを、忘れられてしまうことは。


 どうしようもなく――――痛かった。


 声なんて、出せなくなってしまうくらいには。


 「はるがね、私のことを覚えてないんだなって、見せつけられるたびに……どうしようもなく、痛くなるの。ここに立っているはずなのに、現実だとうまく思えなくて……ずっと、身体の大事な何かが壊れたまま、歩いているみたいで……」


 そして、その痛みを、はるにぶつけることだけは、許されない。


 決して、絶対に。


 「だから……どうして、自分がこうまで必死になって、はるの隣のいるのか―――本当はよくわかってないの……」


 だって、もうはるは、私のことなんて覚えてないのに。


 「本当は……手を握っている理由もないの……お姉ちゃんのふりをする理由もないの…………ただ、それを止めてしまったら……本当にはるが何処かにいっちゃう気がするだけで……」


 ずっと一緒に過ごした、この10年間も。


 必死に想いを告げた、この一か月も。


 生涯忘れることなんて、ないと想っていた、あの夜も。


 全部、全部、今となっては、もう私の想い出の中にしか残ってない。


 「手を放したくない……だけなのかも。一度、愛してもらえたって……ただそれだけのことに……縋ってるだけなのかも。それで、いつか、また―――」


 きっと、いつか想い出すって。


 きっと、また愛してくれるって。


 きっと、また抱きしめてくれるって。


 「わかってる……、そんな保証、どこにもないって……」


 そう零して、一つ、息をつく。


 「今朝ね、夢を見たんだ……」


 「朝起きたら、はるが私の名前を呼んで……いつもみたいに笑ってくれて……どうしたのって聞いてみたら……想い出せたよ全部って……心配かけてごめんねって」


 「そしたら私ね、泣いて泣いて、抱き着いて……はるはそんな私に、仕方ないなあって。お姉ちゃんだからねって、ずっとあやしてくれて……」


 「あれは我ながら、おかしくなっちゃった…………。願望が分かりやすすぎるよね、はるに知られたら、きっと笑われちゃう……」


 親父は、何も言わない。


 「でもね……じゃあやめるかって……はるの手を離すかって言われたら。ああ、それだけは絶対ダメって、そう想っちゃうの……」


 零した雫を、そっと袖で拭きとる。


 「まあね、恩人が自分のことを忘れたからって、すぐ見限るような恩知らずじゃないし……。もしはるの記憶が戻った時に、そんなことしてたら、喧嘩になっちゃうしね……」


 そうして、ふっと笑みを浮かべる。


 どうだろ、もしかしすると、はるのことだから、それでも許してくれるような気はするけど……。


 ああ……喉が痛い。目も熱いし、声は震えてる。頭も、お腹も、胸の奥も……なんなら全身ちょっと痛い。そのまま蹲ってしまいそう。


 でも、今はまだ、膝をつく時ではないから。


 「あんなに愛してもらったのに」


 「私はまだ、はるに全然返せてない」


 「だって、これからね、一生かけて返すつもりだったの。私に費やした悩みと苦しみの時間を、全部返してもお釣りがくるくらい、一杯一杯、貰った分を何倍にもして―――たくさん」


 「それでね、おばあちゃんになった時に、聞いてやるつもりだったの。私と一緒でよかったでしょ――って。私と過ごして幸せだったでしょ―――って」


 「子どもの頃、はるが、手を握ってくれた、たったそれだけの恩返しを」


 「私―――まだ、できてない」


 きっと、はるは、そんなの返さなくていいよって、言う気がするけど。


 でも、それじゃあ、私の気が収まらないから。


 「うん、わかってるよ。合理的な理由じゃないよ」


 でも、それでいいのだと、そう想う。


 「先の保証なんて、何もない。全部、親父が言う通りの結末かもしれない」


 それが怖くないと言えば、嘘になるけど。


 「でも、もう決めちゃった。『そうする』―――って決めちゃったから」


 だから、答えはもう、とっくに出ていた。


 悩むことも、苦しむことも、迷うこともあるけれど。


 どうしてだろうね、私の心は、もう、何をするかだけは明確に決めていた。


 きっと、はるが記憶を失くした、あの時から。


 …………ううん、もしかしたら、あの告白の夜から、もうとっくの昔に。


 はるの傍にいることを、決して離れないことだけを―――。


 きっと、ずっと前から決めていたんだ。



 「たとえ、もう愛されていなくても」



 「たとえ、あの人が自分にそんな価値なんてないって思っても」



 「たとえ、もう何もかも想い出せなくても」



 「これから全部作ってやるの」



 「あの人が、私に与えた分だけ」



 「あの人が、私にくれたぶんだけ」



 「愛も、価値も、想い出も」



 「全部、全部―――全部! 創ってやるの!!」



 「理由がなくても、意味がなくても、見返りなんてどこにもなくても!」



 「私の手で、あの人を幸せにしてやるの!!」



 「10年失くしたから何!? そしたら20年かけて創ってやる!! それを失したら、今度は一生かけて思い知らせてやる!!」



 「私のことを忘れたなら、またわからせるの!! そんでまた惚れさせてやる!! そうして、また恋をするの。何度も、何度も、何度だって!!」



 「どれだけ―――壊れたって」



 「どれだけ―――失くしたって」



 「あの人は、私の……大切な人なの」



 「そう……決めちゃったの」



 「だから、だからね……」















 「理由なんて―――もう、いらないの」










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