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もう姉妹には戻れない  作者: キノハタ
第6章 はるとくろえ

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第67話 私は尋ねる

 私に残された、たった6年の記憶の中に、黒江みたいな人はいなかった。


 私のことをずっと見てくれて、私が口に出来なかった言葉を拾ってくれて。


 私が何か失敗しても、嫌な顔一つもせずに、笑ってそばに居てくれる。


 身体を拭かれるときも、最初はドキドキしたけれど、段々とそうじゃないのだと解ってしまう。


 触れるタオルの感触が、指先までそっと優しくなぞられていく。


 傷の一つまで労わるように、そこにある痛みすら慈しむように。


 まるで、大切な宝物に、そうするように。


 それと同時に、この感覚が初めてじゃないことも、どこかで感じてた。


 誰かにこうやって、優しく触れられる。そうすると、段々と身体が安心していく。


 息が解けて、胸が軽くなって、身体全体が少しふわふわする。


 そんな感覚を、私は―――私の身体は覚えてる。


 私の頭は黒江のことを、何一つも覚えていないけど。


 まるで、身体だけは、それを知っているような。


 そんなちぐはぐな現状が、少しだけ私の胸を詰まらせていた。


 怖いと、想った。


 この歪が、この欠落が。


 なんでと、想った。


 こんなにしてもらえる理由を、大事にされる価値を私は知らない。


 だって、私の記憶の中にいる私は、いつもいつも、誰かの邪魔になってばかりだったのに。


 どうして、と想った。


 少し疲れた様子で、黒江は微かに息を吐いていた。それを私に隠そうとしてるのが、咄嗟にわかってしまって。


 わからない、どうしてここまでしてもらえるの。


 それが不安で、つい言葉を口に出してしまった。


 疑いを、不安を。


 まるであてつけみたいに。


 でも、そんな私に黒江はそっと手を伸ばして、静かに、優しく微笑んでいた。


 「私ね―――はるのことが好きだったの」


 そうして、告げられたあなたの言葉が、起きたばかりの、あの階段でのキスと重なって。


 私は咄嗟に、何も言えないでいた。





 ※





 「好きって――――えっと、ど、どういうこと?」


 しばらく呆けた後、私がそう尋ねると、あなたは少し視線を下げて、寂しそうに微笑んでいた。


 「…………言葉通りだよ、『大切な人』だったってこと」


 そう告げる黒江の真意はうまく読み取れない。まるで、そうやって言葉の大事な部分を隠そうとしてるようにも、そもそも説明できないようにも見えた。


 「大切な……人……?」


 口にして、繰り返してみるけれど、現実感はさっぱりない。それは、物語の中でしか、聞いたことのない気がする言葉だったから。


 「…………話すと長く……いや、ホントに長いんだけど。まあ、10年も一緒に居たからね。だから、無理に一言で説明するなら、そんな感じかな」


 そう言いながら、黒江は、流れるような黒髪を揺らしながら、どこか可笑しそうに笑った。


 「そ、……そっか、そうだよね」


 そりゃあ、10年もかけた時間を、一言で説明するなんて簡単にはできないんだろう。たった、6年ぽっちしかない今の私の記憶でさえ、一言ではきっと説明できない。


 そうして言葉に詰まる私の手を、黒江は微笑んだまま、きゅっと握っていた。その感触が、暖かくて、どことなく心地がいい。


 「…………まあ、出会ったばかりの頃は、私、はるのこと嫌いだったけど」


 と、思っていたら、頭に急に冷水をぶっかけられたような気分になった。


 「う?! うぇぇぇ?!」


 そんな、御無体な。さっきの、さっきでこんなに不安になっているのに……。


 ただ、そんな私に黒江はどこか、可笑しそうに言葉を続ける。まるでいつかの頃を、懐かしむみたいに、少し遠い目をして。


 「…………ふふ、でも、そんな私を構わず抱きしめてきたのが、昔のはるだったの」


 そうして、零されたくろえの言葉は、まるで感情が溶けだしたみたいに。暖かくて、優しくて……私の知らない何かがじわっと滲んでいた。


 「…………私が?」


 そう尋ねる声が、どことなく遠い。そんなこと、私にできっこない気がしたから。


 「そう、大して心も開いてなかった私を、はるが構わず、ずっと抱きしめてくれてたの。自分だって、新しい家族が出来たばかりで、不安だったはずなのに、ずっと、ずっと―――大事にしてくれてた」


 黒江の口から語られる私が、今の記憶の中の私と、上手く繋がらない。まるで児童書の、主人公の話でも聞いているみたい。こんな、何をさせてもダメな私が、そんな立派なこと出来るのだろうか。まして、誰かの『大切な人』になるなんて……。


 「………………」


 思わず頭を抱えて、うー……っと唸る。必死に脳細胞をフル稼働させようとするけれど、記憶の映像はさっぱり浮かんでこない。ぐぐぐ、本当なのかなあ……。


 そんな私を、黒江はどこか慈しむように、見つめ続ける。


 「…………だからね、今の、私はその時を恩返しをしてるだけだよ。はるが、邪魔なんてこと絶対ない。だから、気にしないで……、っていっても、気にするか。はるは、そういうとこあるもんね?」


 そうして、どことなくしたり顔で見つめられるけれど、私は何の反論も出来なかった。むしろ、ぐっと胸を刺されたような、図星を針で点かれたような感じさえする。


 ……当たり前と言えば、当たり前なんだけど、この人、本当に私とずっと一緒に居た人なんだなあって改めて思い知らされる。別に疑ってたわけではないけど、知ってる人が誰もいないから、どうにも信じ切れないでいたのだろうか。


 しばらく、うごごと唸る私の手の甲を、黒江の細くて長い指が、さわさわと撫で続ける。どうしてか、その撫でるような柔らかさが、ぞくっと私の背筋を震わせる。


 でも、その感覚が不思議と嫌ではないというか……、んー、なんとも言えない感じがする……。


 「うー…………」


 思わずその感覚にもじもじしていたら、黒江は少し不思議そうに首を傾げた。私はそんな彼女を横目で見ながら、なんとも居心地の悪さを感じる。………………多分だけど、これは恥ずかしいという感情では?


 「どうしたの、まだ、気になることあった?」


 そんな黒江の問いに、私は少し押し黙る。気になることは……まあ、山ほどある気がする。どうして、そんなに私が頑張れたのかとか。この身体の感覚の正体とか。それでも残る自信の無さとか。


 何とも言えないことは、山ほどあって、でもそれを質問攻めしてしまうと、また黒江に無理をさせてしまうような気がする。


 今日は沢山、その……色々とお世話になってるし。


 これ以上、あれこれ聞くのもなあ。黒江もさすがに、ちょっと疲れてるようにも見える。


 まあ、そりゃそうか。記憶がなくなって、生理に付き添ってもらって。身体も拭いてもらって、その後もあれこれ、世話をしてもらってるんだし……。


 そんな記憶がぶり返したら、ぼんって顔が沸騰したみたいに熱くなってきた。それをどうにか悟られないよう、顔を伏せるけど、黒江はじーっとこっちを見ていたから、なんだかバレている気もする。


 ああ、それにしても、今日は本当に色々あった。そもそもスタートから大変だった。



 だって、いきなり階段でさあ―――――。



 …………そこまで考えて、はたと思考が止まる。


 気になること、気になること。


 なんか特大の奴が、未解決のままじゃないです?


 思わずばっと顔を上げて、黒江を見る。黒江はそんな私に、どこか面食らったような表情を浮かべてた。


 そのまま、私はしばらく口をわたわたと開くけど、言葉をうまく出てこない。


 そうだ、そうだ。一番大事なこと聞いてない。


 なんで、なんで。



 「なんで―――キ、キスしたの?!」



 そうだ。一番、大事で、一番、不可解なこと。


 ある意味で、私の落ち込みなんて、比べ物にならないくらい、とんでもないこと。


 あれから、スマホでこっそり、『姉妹・キス・普通』とかで検索したけど、全然当たり前じゃなかった!! 一杯、そういう作品は出てきたけど!!


 顔が熱くなって、言葉もしどろもどろだけれど、必死になってそんな疑問を黒江にぶつけてみる。


 対して黒江は、少し困ったように笑いながら、天井をそっと見上げていた。……違うこれは眼を逸らしてる。


 それから、頬を掻きながら、あーって言葉を漏らしてて……。


 「それは……ほら、話すと長くなるから…………」


 「どれくらい!?」


 「んー…………半年弱?」


 「本当に長いよ!? 一言で説明してよ!!」


 「はは…………それは、ちょっとむずかしーかな……」


 あまり情緒が乱れすぎて、思わず半泣きになりながら、声を張り上げる私を、黒江は苦笑いのまま見つめてた。


 結局、しばらく問い詰めてみたけど、答えはなんでか教えてはくれなかった。


 なに、なに、なんなの?! 言えない理由があるの?!


 そうして、ひんひん言いながら、しばらく取り乱し続ける私の声だけが、夜中の病棟に響き渡っていたのでしたとさ。


 あまりに暴れすぎて、事故に遭ったばかりの身体が、翌日えらく傷んだのは、また別のお話。


 結局! 大事な! ところが!! 何も!! わかってないよ!!

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はる は こんらん している!
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