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もう姉妹には戻れない  作者: キノハタ
第6章 はるとくろえ

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第61話 私は悩む

 建物の側面についている、非常階段のような場所を登ってる。


 凍えるような冬の風に吹かれながら、知らない街の景色をふっと見下ろした。


 私がそこに立っていること、ここまで至っていること、そこ自体に疑問はない。


 羊宮 灰琉 17歳。


 漢字も読めるし、計算もできる、身体を動かすのに違和感もない。スマホだって、最初はちょっと戸惑ったけど、なんとなく指が操作を覚えてた。


 でも、それ以外、何もない。


 踊り場について、ふっと来た道を振り返ったら、そこに至るまでの階段がすっぽりと抜けているような。


 そんな、自分を支える土台を失っているような、不安定な感覚。


 ふらふらと、階段の踊り場で、片足で立ってみると、傷で痛んだ身体が風に煽られて揺れていく。


 私は何者なのだろう、私は何処に行くのだろう。


 記憶は思い出せるのだろうか、これからどうすればいいのだろう。


 そんな、言い知れない不安と、非現実的な浮遊感が混じって、曖昧に身体が揺れている。


 持ちひもを失った風船の様だねと、ふと想う。


 このまま、風に煽られてどこかに消えたら。


 今度こそ、私を見つけてくれる人は、いなくなるのだろうか。


 晴れ渡る空の下、凍えるような風の中、階段の踊り場の上。


 そんなことを、考えていたら、ふっと背後から足音がした。


 こんこんこんと、金属製の階段を、軽快に昇る足音。


 「あ、いた。はる、看護師さん探してたよ?」


 そうやって、声をかけてきたのは、未だに名前もあやふやな女の子。


 私の記憶の中にはない、凛とした顔立ちの。


 どこか寂しそうに笑う、私の義妹……らしい人。


 私はそんな彼女を見つめながら、少し困って笑みを浮かべる。


 私は一体、この人の前で、どんな顔をしていればいいのだろう。


 当然だけど、六年ぽっちしか残ってない私の記憶には、そんな答え、どこにもなかった。





 ※





 「く……黒江……だよね?」


 そんな私の問いに、凛とした彼女はすっと微笑んで頷いた。


 多分、相当付き合いが長いであろう相手に、名前の確認するのは、すごい気が引けるのだけど……。しかし、名前を覚えるのが苦手なのもまた事実。


 どうにか、正解していたみたいなので、私はほっと胸をなでおろす。


 「そーだよ、羊宮 黒江。あなたの一つ下の、義理の妹」


 そう言いながら、彼女―――黒江は、私と同じ踊り場までやってくると、私と一緒に手すりに体重をそっと預けた。


 「うう、ごめんね……。本当に覚えてないの……」


 必死に想い出そうとするけれど、頭痛が邪魔してさっぱりはっきりしない。そんな私に、黒江はゆっくり頷くと、軽く首を横に振った。


 「いーよ、事故なんだから仕方ないって。そのうち、想い出すかもしれないし、気長に待つよ」


 そうして、何でもないふうに、そんなことを言う。……うう、人間が出来ていらっしゃる。私が逆の立場だったら三日は取り乱す自信があるのに。


 あまりの寛容さに、頭が上がらなくて、そのままずるずるとへたりこんでしまう。気持ちが落ちると、物理的にも身体は落ちるもののようです……。


 「…………うう、でも正直申し訳なさでいっぱい。ていうか…………どれくらい一緒に居たの?」


 義理の妹、ということは、お母さんが再婚か何かをして、家族になったのだろうか。なけなし記憶を思い出そうとするけれど、お母さんの交友関係なんてさっぱりだ。


 「…………んー、10年かな。私が6歳、はるが7歳の頃から一緒」


 そうやって、黒江は軽い調子で、そんな重い年数を告げてくる。


 10年……ちょうど失われてる時間と一緒じゃないか。なんで、あと1年保ってないんだ私の脳みそ、そしたら、存在事忘れるなんて、失礼極まりないことはなかったはずなのに。


 「うごご…………、そ、それは、本当に心から申し訳ない……」


 思わず目も見れずに、そんな謝罪の言葉を漏らすけど、黒江はくすくすと笑って軽く首を横に振っていた。


 「別にいーよ、それこそ、忘れたくて忘れたわけじゃないしさ。それより、はる、身体大丈夫? 事故に遭ったばかりなのに、動き回ってるから、みんな心配してたよ?」


 そうやって黒江が口にする言葉は、優しいことには違いないけど、私は思わずうっと黙ってしまう。そう、わかってる。本当は動くべきじゃなかった、頭も打ったばっかりだし。安静が一番なのはわかってる。


 でも、なんとなく、歩きたくなった。…………って、言うわけにもいかないしなあ。


 「えーと……うーんっと……だよね」


 結局、上手く言葉が見つけられなくて、ただもじもじして終わってしまう。…………何というか、今更だけど、私ってずっとこんなんだったんだろうなあ。黒江が慣れてるのも、その証拠だろうし。


 10年経っても、自分が大して進歩していないというのは、容易に想像ができてしまう。


 「……まあ、でもわかるよ。はるって、なんか悩むと独りで、どっか行っちゃう癖があるから」


 案の定、推定10年来の付き合いがある義妹から、そんな言葉を貰ってしまった。やはりそうですか、大して進歩していませんか。10年のタイムスリップで、実は自分が凄い人に……! なんて、児童文学でお決まりのパターンはないらしい……。


 「うう……ごめんね」


 そうやって、謝る言葉があまりにあっさり出てくるから、なんとなく、自分の失われた10年が容易く輪郭を浮かべてくる。


 きっと、こんなふうに、何もできずに10年間過ごしたのだろう。


 対するこの義妹は、どう見てもしっかり者で、私が記憶喪失を起こしても、動揺なんてさっぱり見えなくて、おまけに死ぬほど美人だ。


 自分がそんな彼女と、どう並んですごすのかは、まあ、お察しってとこだろう。


 ふぅと零れるため息が、どことなく重い。


 記憶を失ったから、だけじゃない。


 この10年で、自分という人間が大して変わっていないことがわかってしまったから。


 幼稚園の頃はまだ、どことなく未来に淡い期待を抱いていたはずなのに。


 将来、ヒーローになるんだと憧れる子供に、満員電車で疲れた大人になってしまった自分を見せるような。そんな言い知れない感覚が、胸を空っぽにしていく。


 「………………………………」


 「…………はる?」


 そうやって、独り落ち込んでいたら、隣の義妹はどこか心配そうに首を傾げてた。


 そんな彼女の表情をみて、慌てて私は笑顔を取り繕う。


 これだけは、記憶があるころから得意だ。お母さんが仕事に行くとき、『寂しい?』って聞かれて、『大丈夫だよ』って笑って返すみたいに。


 胸の奥に浮かびかけた何かへ、そっと蓋をする。


 「ううん、大丈夫、心配しないで。…………元気満々だから」


 これだけが、出来損ないの私の、唯一の取柄なのだから。


 そうやって、ちょっと震える頬で、笑みを浮かべる。大丈夫、大丈夫。そうやって自分に言い聞かせる。


 誰かに心配をかけてはいけない。


 誰かの迷惑になってはいけない。


 こんな私は…………。


 「………………」


 「…………えと」


 そうやって、無理に笑顔を浮かべていると、黒江は少し何か考え込むように私をじっと見た。


 …………あれ、もしかして笑顔が変だっただろうか。心配かけてるかな? 10年一緒に居たら、そういうのも気付かれるのだろうか。


 そうしていると、冷や汗が冬の風と一緒に、私の体温をどんどん奪っていく。


 うう……、どうしよう、この空気。


 なんて悩んでいたら、黒江はふっと頷くと、少し目を細めて私を見た。


 「ねえ、はる」


 「な、なにかな、黒江さん」


 「本当は私ね、もうちょっと段階踏むつもりだったの」


 「…………段……階?」


 「そう、はるは目覚めたばっかりだし、色々困惑することもあるだろうし、落ち着くまでは、まあ我慢が必要かなって」


 「う、うん…………何について?」


 淡々と言葉を漏らしながら、黒江はふぅっと息を吐く。それから、私にむけて一歩踏み寄ってくる。


 整った顔立ちの白い肌が、眼前に迫って、思わずたじろぐ。うう……美人が視界に一杯。よく、こんなのと10年一緒に居て耐えられたな、私。




 「そんな落ち込んだ顔しないでよ―――」



 

 そう言って、彼女はふっと目を細めると。




 「――――()()()()()()()()














 ?


 ??


 ???


 何が起こったのかわからなかった。


 なんか、とりあえず、黒江の顔が近い。


 鼻がくっつきそうなくらい、目が閉じられて、端正なお顔で視界全面が奪われて。


 あと、なんかあったかくて、やわらかくって。


 その感覚を僅か六年の記憶から想い起こそうとするけれど、さっぱり検索にヒットしない。


 何も言えず、何もできず、呼吸すら封じられ。


 その間に、私の口元をすっと濡れる何かが、撫ぜるような感覚がする。


 ?


 ??


 ????????????


 これをなんと呼ぶのでしょうか。


 なんて理解が及ぶその前に。


 口元の感触がぴちゃっと離れた。


 あれ、口元? 唇?


 ふっと、唇をなぞったら、微かに濡れている感触がして。


 そこまでして、ようやくさっきのあったかさと柔らかさの正体を知る。


 あ、なるほどー、そっかー。


 これが、キスかー。なるほどー。


 「………………は?」


 え、あれ。


 義姉妹ですよね?


 私達。


 それとも、この10年の間に、義妹はこういうこものという常識の変更が行われたのでしょうか。


 気づいたら、心臓は痛いくらいに脈動を打っていて、息は信じられないくらい絶え絶えになっていて。


 え? ええ? えええ?


 そんな私を、黒江は、義妹は、どこか仕方のない物でも見るように見つめてた。


 「…………どゆことですか?」


 どうにか絞り出した、そんな私の疑問に、くろえはふっと息を吐いて目を閉じると。


 「……これくらいじゃ戻んないか。……まあ、ゆくゆく想い出してくれたらいいよ」


 そんなことを、何でもないふうにおっしゃいました。


 そうして、「じゃ、身体冷える前に戻っていおいでよ」と言い残す彼女の背中を。


 私はただ、呆然と濡れた唇を抱えたまま、見送ることしか出来ないのでした。


 あの、この10年間で、私は一体、何をやらかしたのでしょう?


 踊りの場の上で独り、凍えるような風に吹かれながら、私はただ立ち尽くすだけ。


 ある冬の日、義妹にキスをされました。


 突然に、脈絡もなく。


 まるでそれが『普通』だとでもいうみたいに。


 …………わけがわかりません。


 わからないのに、胸の鼓動は痛いくらいに跳ねていて。


 凍えるような冬風の中、顔は信じれないくらい熱くなっていて。


 気付けば、足はへなへなとへたりこんでいました。


 なんか、こう、大丈夫かなあ!?


 

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