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もう姉妹には戻れない  作者: キノハタ
第8章 わたしとあなた

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第101話 私と黒江—②

 「どうして―――?」


 そうあなたは、言葉を零す。


 視線を凍り付いたように固まって、唇は微かに震え続けてる。


 これがきっと、この一か月、彼女が隠してきた秘密の最奥。


 「えっとね、黒江がくれた指輪……あれに刻まれてた文字が、日記のパスワードだったの」


 『My Dear』と、刻んだ文字を、黒江は日和った言葉と言っていたけれど。


 きっと、いつかの私にとっては、代えがたい程の、宝物のような言葉だったのだと思う。


 姉妹で、恋人で、きっと誰に明かすこともできない関係。


 それでも、あなたが懸命に考えて、名付けてくれたその名前が。


 いつかの私にとっては、何よりも大切だったんだ。


 だから、あれが私の心の……きっと、黒江にすら見せていなかった、最後の鍵になっていた。


 黒江の瞳は、まだ揺れている。きっと私が告げた言葉の一つ一つが、彼女にとって信じられないほどの波紋となって、心を揺らし続けてる。


 さて……どうしよっかなあ。


 私はそっと腰を上げると、ふらふらと少し歩いて、くるんと黒江の方を振り返る。


 幼い子どもがそうするように、両の手を広げて、境界の上で踊るみたいに。


 落ち着いて話してあげたい気もする。もう少し待ってもいいのかもしれない。


 きっと、昨日から、私は黒江のことを、慌てさせてばかりなのだから。


 そう想いはするのだけれど…………。


 胸の奥で、言葉たちは、今か今かと口にされることを待っている。


 伝えたいの。言いたいの。この人に、私の想いを。


 受け流してほしくないの。子どもの言い分だって、思われたくないの。


 本当の私の想いを、聞いて欲しいの。



 だから―――。



 「日記にはね……昔の私の想いが、たくさん書いてあったの」



 それでも、尚、言葉にしよう。



 「初めてキスされた時のこと、不安だったこと、ドキドキしたこと、悩んだこと―――嬉しかったこと」



 あなたへ、こんな私の想いを。



 「それでも、最後にはあなたを、好きだって気付いたこと」



 くるくると回りながら、笑いながら口にする。



 「読んでた私が、ドキドキするくらい、17歳の私は、本当に黒江のことが大好きだったみたい。姉妹だからどうしようって、一杯悩んで、でもやっぱり、好きだってことをなかったことにはできなくて」



 まだ動揺と困惑に揺れる、あなたへ目一杯の笑顔を向けて。



 「やっと、黒江と結ばれて」



 それが、どれほど残酷なことなのかを、理解したまま。



 「そうやって、好き合ってたんだよね……私達」



 この一か月、黒江はどんな気持ちで、今の私を見ていたのだろう。



 「なんだか、ちょっと妬けちゃった……」



 記憶を失くして、愛し合ったことすら忘れて、何も知らないままあなたの隣で。



 「でも、最初はやっぱりびっくりしたけど、ちょっと納得感もあったの」



 それがどれほど、この人の心を傷つけたのか、思えば想うほど泣きそうなってしまうけど。



 「隣に居たらね」



 でも。



 「ドキドキするの」



 それでも。



 「手を繋いだらね」



 笑え。



 「安心するの」



 精一杯。



 「抱きしめてくれるとね」



 目一杯。



 「泣きそうになっちゃうの」



 たとえ、声が震えても。



 「何にも覚えてないんだよ? 出会った頃の記憶すらないんだよ?」



 たとえ喉が熱くなっても。



 「なのに、なのにね―――」



 笑わなくっちゃ。



 「初めて、キスされた時。出会って、ほとんど時間も経ってなかったのに」



 だって、これは―――。



 「嫌じゃ―――なかったの」



 私からの、6歳までしか記憶のない、今の私からの。



 「きっと―――ずっと憶えていたの」



 あなたへの。



 「この身体はずっと、憶えていたの」



 精一杯の。



 「たとえ、記憶を失くしても、たとえ、想い出を失くしても」



 私なりの。



 「あなたに―――恋をしていたの」



 愛の告白なのだから。














 告げた言葉は、零れた雫は。

 

 上手く拭うこともできない。


 おっかしいなあ、本当はもっと、カッコよくやりたかったのに。


 まあ、でも、そんなのが、私らしいと言えば、らしいかな。


 黒江は、何も言わないで、私のことをじっと見ている。


 ただ表情は固まったままだけど、雫だけはずっと頬から零れ落ちていて。


 私は、そんな彼女に、目一杯に笑いかけた。


 黒江は、時々、何か言おうとしてるけど、上手く言葉にならないみたい。


 まあ、こんなに、衝撃的な事実を、色々言ってるからね、仕方ないとは想うけど。


 しばらく、そうやって待っていたら、やがてようやくぽつりと小さな言葉が、彼女の口から漏れた。



 「でも―――それは、私と…………『前のはる』の話だよ?」



 掠れたような、今にも消えてしまいそうな、そんな声。


 なのに、私の胸に、針を刺すようにちくっと微かな痛みが走る。


 「うん…………そうだね」


 だって、それはどうしようもほどに、事実だから。


 この感情も、この感覚も。


 結局は、いつかの私の残滓。


 今の私が、自分から手にしたものじゃない。


 「今のはるが…………無理に、なぞらなくてもいいんだよ?」


 その言葉が、どうしようもない程の、優しさだということも。


 「そうだね…………」


 わかってる。


 でも…………。


 言いながら、黒江は余計に泣きそうになっている。自分で言ったことなのに、自分で傷ついちゃったのかなあ。


 そーいうところ、黒江はあるよね。なんて、知った風にほくそ笑んでみたりして。


 「本当はね―――」


 そうして、口を開いた私に、黒江ははっとなって顔を上げた。


 「ちょっと怖かったんだ」


 「この一か月」


 「本当は、私は、愛してもらう価値なんてない子どもだったから」


 でも、わかってもらわなくっちゃ。


 これは『今の私』の話だということを。


 誰より『今の私』を大切にしてくれた、そんなあなたに。


 ちゃんと、わかってもらわなくっちゃ。



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