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もう姉妹には戻れない  作者: キノハタ
第8章 わたしとあなた

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第100話 私と黒江—①

 目が覚める前、夢を見ていた気がする。


 手を伸ばした先にいるのは、少し大きな背中。


 どこかで見たことのある、少し頼りないけれど、今の(6歳の)私より確かに大きな背中。


 追いつこうと必死に手を伸ばすけれど、届かない、ねえ待ってって叫んでも、何時までたっても立ち止まってはくれない。


 やがて、転がっていた石に躓いて、私の視界は傾いた。


 ふと下を見れば、擦りむいた膝が赤く滲んでる。


 泣いた気がする、痛いようって。


 どうして、追いつけないんだろう、どうして、この足はこんなに短くて、この身体はこんなに小さいの。


 そう涙を零していた頃に、ふっと視界に影が差す。


 顔を上げると、さっきまでちっとも追いつけなかった女の人が、そっと私を見下ろしていた。


 影になって、顔はうまく見えない。雰囲気は黒江に似ているけれど、なんだか少し違うようにも見えた。


 大丈夫? って、何気ない調子で尋ねられる。


 私は、うっと言葉に詰まって、何か言おうとするけれど、結局上手く言えないで。


 そうやって、あうあうと言葉にならない音を零す私に、その人は少し首を傾げた。


 そうして、やがて何を想ったか、ぽんぽんと私の頭を撫でだした。


 あやすように、慰めるように、でもどことなく、おっかなびっくり。


 訳も分からず、気付けば涙も引っ込んで、ただ唖然としていたら。



 ごめんね―――。



 って、そう突然謝られた。



 え?



 と、思わず声が零れると。



 ずっと―――寂しかったんだよね。



 そう、女の人は優しく告げた。



 わからない、なんでそんなことを言っているのか。



 でも、その言葉を聞いていると、また溢れるように涙が零れだす。



 そうして、気付けば泣き声は大きく、どこまでも響くようになっていて。



 わからない、わからないけど。



 そうなの、私は、寂しかったの。



 ずっとね、ずっとね。



 誰も私のことを見てくれなくて。



 誰も私のことを愛してくれなくて。



 それが、ただ寂しくて。



 そんな、ともすれば、当たり前のそんな事実を。



 私はずっと、忘れていたの。



 そうして、赤子のように泣き続ける私のことを、その人はぎゅっと抱きしめて。



 大丈夫―――もう、大丈夫だよ。



 そう言って、笑ってた。



 もう、独りにしないから、あなたのことを、なかったことにはしないから。



 大丈夫―――って。



 その言葉の意味を、私は知らない。



 その女の人が、本当は誰なのかすら、私は知らない。



 でも、どうしてだろう。私は産まれてきてから、ずっと、この瞬間を待ち望んでいたような気さえする。



 きっと、私はこの人に、抱きしめてもらうことを。



 ずっと、待っていたのだと。



 そう理解して、あらん限り泣いていた。



 6年間、零すことの出来なかったはずの涙を。



 その瞬間に、すべて出し切るかのように。



 そうして、そんな時間がいくら続いたのかすら、わからないけど。



 零れる雫の数は、段々と少なくなっていく。



 雨が静かに上がっていくように。



 夜闇にそっと朝日が差していくように。



 息は荒れて、顔は濡れて、身体は震えたままだけど。



 そんな私の傍に、しゃがみこんだその人は、袖で私の顔をそっと拭った。



 そして、私の正面で、にんまりと笑みを浮かべると。



 もう大丈夫―――だから。



 そう言って、私の瞳をじっと見ていた。



 そうして、初めて、私はそれが()()()気が付いた。



 だから―――頑張ってね。



 呼吸が止まる。



 私の妹を―――お願いね。



 そうして、私は目が覚めた。



 朝焼けの中、はっとして。



 眼元には、ただ、渇いた雫の跡だけが残ってた。















 ※




 ルンルンと手を振りながら、冬の住宅街を歩いてく。


 昨日は、夜の道を歩いてたから、曖昧だけど多分こっちであってるはず。


 ぬぬぬと唸りながら、脳内のあやふやなナビを必死で動かす。次は……右……多分、メイビー。


 背後の黒江は、そんな私をぼんやりとした瞳で、どこか不思議そうに眺めてた。


 ふっと、振り返ると、目に映る彼女の瞳は、どこか無機質で透明だ。


 この一か月、ずっと見てきた優しい、姉のような眼をしてない。でも、それでいいと思う。彼女がそれだけ、少し肩の荷を下ろしたということでもあるから。


 「ねえ、はる、もしかしてだけど……」


 背後から、そんな声がして、私はうーんと頭を捻る。もちろん、着くまでのお楽しみといきたかったわけだけど……。生憎、私は昨日連れて行ってもらったばかり。結局、諦めて、両の手をひらひらあげた。


 「…………ごめん、迷ったかも」


 だけど、黒江は静かに首を横に振ると、すっと隣の道を指さした。


 「あってるよ、そのまま右行ってから、階段上るの」


 そんな彼女の言葉に、おお、と反応を示しつつ、小走りで道の先へと駆けてみる。……あ、本当だ。なんか見たことある階段。


 そのまま、黒江が追いつくのを待ってから、そそくさと階段を上がっていく。なんとなく、先に到着したかったから。


 「というわけで、今日のデート会場です!」


 そういって、ばーんと効果音が付きそうな感じで、両手を広げる。


 まあ…………、昨日来た、丘の上の公園なわけですけど。


 別にさして目新しい場所ではないし、なんなら黒江の方が詳しいけどね。


 そうやって、胸を張る私の方へ、黒江はゆっくりと階段を上がりながら、そっと辺りを見回していた。


 当たり前だけど、別に昨日と何も変化はない。ブランコがあって、滑り台があって、少し街を見下ろせる。まあ、夜じゃないから、景色は違うのと、ちょっと寒さがマシくらいだろうか。


 とはいっても、二月の冬の丘の上。吹きすさぶ木枯らしは、容赦なく私達の身体を熱を奪ってく。ぶるると、微かに身を震わせて、私はそそくさと近くのベンチに駆け出した。


 なんとなくだけど、座ってる方がマシな気がする。そうして、身を震わせる私の隣に、黒江はそっと腰を下ろした。


 「…………これがデート?」


 そんな彼女の言葉に、私はうっと言葉に詰まる。むむ、確かにデートスポットにしては、やることがない。あと、寒い。


 しばらく、いい感じの言い訳を探すけど、悲しいかな特に思い浮かばず。てへへと頭を掻くしか出来なかった。


 「ちょっと、寒すぎるかな……」


 そう言う問題ではない気がするけど。


 「まあ、ちょっと寒いね」


 黒江は、そういう問題だということにしてくれた。うん、気を遣われている。


 ただまあ、何も考えなしに、ここを選んだわけでもないのでして。


 「えーっとね、でも、やっぱり、『お話し』するならここがいいかなって思ってさ」


 そう口にすると、黒江の方から、微かに緊張したような雰囲気が漂ってくる。息を少し詰めたような、何とも言えない感覚。


 でも、私はあえて、意図的に軽く、明るく言葉を続ける。


 「私もね、正直、昨日はすごくビックリしたの。その……思ってもみないことだったし、すぐに整理も出来なかったの。……今、ちゃんと整理できてるかも、微妙だけれど」


 どちらかというと、少し勢いで行動している節はある。これが正しいのかも、別に自信はない。


 「でもね、やっぱり、ちゃんと伝えるべきだと想ったの」


 だって。


 「黒江は、きっとたくさんの勇気を振り絞って言ってくれたんだから。私だって、その想いにちゃんと応えたい。何より、私が聞きだしたんだし。その分の、責任は……ちゃんと、取りたいの」


 これは、私が始めたお話だ。


 結末は、きっと、私の手で書き記さなきゃいけない。


 口にしながら、そっと黒江の様子を窺うと、どこか重く痛むように視線を伏せていた。まるで、怒られる前の子どもみたい。こっちは、そんなつもり一つもないのにね。


 なんとなく、可愛くなって、そのままその頭をそっと撫でてみる。黒江は最初

少し驚いたように肩を揺らしたけれど、やがて上目遣いでじっと私を見上げてた。


 「別に、はるが無理に責任とる必要ないよ。私が抑えておくべき話だったし」 


 そうやって、返される言葉は、なんだか少しつんけんしている……怒ってるかな…………ううん、少し違う気もする。


 「うーん……そーだとしてもね、なにより、私が言いたいからってとこもおっきいし」


 そう、きっと、この言葉を、私は言わなければ気が済まないのだ。


 色々と理屈をこねてみたりしたけれど、結局のところは、ただそれだけ。


 「それでね、どこから話したらいいかな……」


 黒江の頭を撫でたまま、虚空を仰ぎながら、ぼんやりと考える。


 よくよく考えたら、昨日今日で色々起こりすぎなんだよな。まだ、頭の中でちゃんと整理しきれてない。


 そのまま、うーんとしばらく悩んで、結局、直感に後押しされるまま、口を開いた。




 「私―――()()()()()()()()?」




 ひゅ―――っと。


 隣の黒江が、息を呑む音がした。


 「え――――?」


 私はそっと、ベンチに膝を載せて、抱きかかえるように身体を丸める。そうやって、少し寒さを誤魔化す振りをしながら、自分の頬を隠した。


 「えっとね、実はあの日記…………開けられたんだ」


 黒江が昨日、教えてくれたのは、『黒江が私を好きだった』ということまで。私も黒江を好きだったというのは、教えてはくれなかった。


 多分、あえて言わなかったんだろう。そうしてしまえば、私がそれを無理になぞろうとしてしまう恐れがあるから。


 その優しさを、理解して、見つめたうえで、あえて―――踏み越える。


 あなたの心の境界線を、土足で越えるような感覚に、心臓が微かに跳ねる。


 黒江の瞳は動揺と疑問で、ぐらぐらと揺れている。お口も少し開いて、ちょっと可愛い。


 「そこにね、黒江とのこと書いてあったの。昔の私がどう想っていたか、どんな風に二人で想い合ってたか」


 口にしながら、少しだけ罪悪感が胸を刺してくる。きっと世界で一番大事な秘密を、誰かに知られるようなものだから。


 きっと、それは(かつての私)とあなたの、誰にも触れられてはいけない聖域のはずだから。



 でも、それを、解かったうえで――――。



 「好き……だったんだよね」



 踏み越える。



 今度こそ、私はあなたの心に。



 その閉ざした胸の奥の秘密に。



 「好き―――あってたんだよね、私達」



 手を掛ける。



 息は、微かに震えてる。



 熱は、身体の奥でじっと溜まってる。



 少しだけ、黒江の表情を見るのが怖かった。



 でも、あえて、震える息をぐっとこらえて、前を向く。



 そうして、そこにあったのは。



 「―――――――」



 どこか、泣きそうな顔をしている、あなたの表情。



 …………今の私には、そんなあなたに、頼りない笑みを浮かべることしか出来ないけれど。



 それでも、どうかと、祈りながら。



 私は、そっと息を吸い込んだ。



 さあ、続けよっか。



 私と、(いつかの私)と、あなたの話を。



 もう、引き返すことはできないのだから。





 ※

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