第99話 姉と泣く
あなたと抱き合う夢を見た。
お互いに服も着ないで、何もない部屋でただ二人で。
あなたは泣いていたような気がする。私はどうしていただろう、上手く覚えていないけれど。
でも、ふと気づくと、あなたは腕の中で、出会ったばかりの―――幼いあなたの姿をしていた。
私の身体も、気付いたら、小さな身体になっていて。
そうして、また二人で抱き合って、そのままお互い身体に顔をうずめてた。
泣き声が聞こえてる、子どもの頃のあなたの声と、そこに交じるような17歳のあなたの声。
そして、それに交じるように響いていたのは。
……私の声なのだろうか。
それにしては、いやに幼い気がするけれど。
そもそも、小さいの頃の私は、ほんとど泣いた記憶がないから。
どんな風に泣いていたかも、忘れてしまったけれど。
真っ暗で何もない部屋の中、そんな泣き声だけが響いてる。
どうして、泣いているのかすら、あやふやなまま。
きっと、そんな意味すら、忘れたまま。
私達は、ただ、泣いていた。
※
…………。
眼が開いた。
しばらく、ぼやけた頭と、痛む喉の感覚だけが、私の意識を揺らしてく。
誰かの手を握っていた気がする。でも、今私の手は、ベッドの外で当てもなく垂れさがっているだけだ。
けほっと喉から漏れた声が、少し枯れている。眼元には何かがかすむような跡。血が回ると同時に、段々と痛みを訴え始める頭。
…………まあ、そりゃそうだけど。全部、なかったことになんて、なってないよね。
そもそも私、神様なんて、信じてないんだから。そんな奴の、都合のいい祈りを叶えてくれるほど、神様も暇じゃないんだろう。
身体を起こしながら、ふらふらと覚束ない思考のまま、足を動かす。
ちゃんと目が覚めて、色々頭が回るようになったら、逆に動けない気がしたから。
曖昧な意識のまま、麻痺した感覚のまま、ふらふらとリビングを目指す。
ぱちぱち、こんこんと音がする。
そんな音を聞いて、ふっと思考に魔が差した。
もしかして、はるが、想い出して―――。
ただ、同時にそんな妄想がどこまでも都合がいいか、どれだけ今のはるを傷つけるかも想い出す。
そう自覚しているはずなのに、胸の内では何かが暴れるように、私の身体を叩き続けてた。
バカ、期待するな。そんなことより、やることがあるでしょ。
昨日のこと、謝らないと。
それから―――。
ふぅって、息を吐いてから、意を決してドアノブを回した。
そうして、開いた先で、朝陽に包まれたリビングの中。
「あ、おはよう、黒江」
はるは、エプロンを着て、笑ってた。
「えっとね…………ホットケーキ作ったの。なんとなく、こう……作れる気がして」
そんな姿を、この10年間、ずっと見ていた。でも、違う、わかってる。
「まあ、ちょっと一枚目はアレだったけど。二枚目は……イケてるはず」
そう言って、はるは両手にお皿を持って、私のほうにとことこと歩いてくる。
「あ、卵と牛乳は勝手に使いました! あと、えと、ホットケーキミックスも! …………いや、作ってるの見たらわかるね、それくらい、…………うう」
片方は、少し焦げてて、もう片方はまだいい感じ、でもちょっと焼きが甘いから、もしかしたら中は生焼けかも。
「だから、えっと、そのね……」
わかるよ、そんな失敗を、何度も、何度も見てきたんだから。
「食べてくれると……うれしいな?」
そうして困ったように笑う表情も。
何度も、何度も。
ああ、だめだね…………。
一度、泣いてしまったからかな。
涙の栓が壊れてしまったみたい。
「くろえ……?」
ああ。
温かいはずの、その場所で、優しいはずのその気遣いで。
私の心は、こんなにも簡単に、ぐずぐずになってしまう。
「………………」
そうやって、何も言えずに、ただ雫を零す私を、あなたは最初少し驚いたように見ていたけれど。
やがて、そっとホットケーキを机に置くと。
何も言わずに、その手を私の身体に回してきた。
ぎゅっと、そうして、私をそこに繋ぎ止めているかのように。
温かくて、優しくて。
なのに、どうしてか、泣きそうになってしまう。
そんな、感触と一緒のまま。
本当は、謝らないといけないのに、昨日は、はるに沢山負担をかけてしまったのに。
そんな謝罪の一つも、出来ない私を。
あなたは、ただじっと抱きしめていた。
言葉の一つもないままに。
何一つ、理由も聞かずに。
そうして、何も聞かないまま、少し落ち着いてから、私はそっと食卓に座らされた。
そんな私の隣に、はるは静かに腰を下ろすと、優しく笑って。
「ねえ、黒江」
「これを、食べ終わったらね」
「ちょっと、二人でその、お出かけというか…………デートしない?」
「ほら、折角のお休みだしさ」
「ね?」
そう言って、笑う表情が、いつかのあなたと重なって。
私はまた何も言えないで。
結局、ちゃんと返事が出来たのは、ホットケーキを食べ終えてしばらくしたころだった。
その間、甘くて少し生焼けなホットケーキを。
あなたの隣で、ぽそぽそと食べていた。
「うう、にがい…………」
そうして、はるは、真っ黒になったホットケーキを、どうにか頑張って頬張っていた。




