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もう姉妹には戻れない  作者: キノハタ
第8章 わたしとあなた

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第96話 姉を悼む

 「愛していたの、あなたのことを」


 「私はずっと」


 「あなたに恋をしていたの」



 「――――ごめんね」



 告げると同時に、ああと一つ息が零れる。



 あなたは―――信じがたい事実を告げられたあなたは、ただ硬直している。



 瞳は見開かれて、表情は凍り付いて動かない。



 指先一つ、身じろぎ一つまで、まるで時を止めたみたいに。



 その眼に映るのは、困惑と動揺、不安と混乱。



 沢山の物が織り交ざって、その全てを抱えきれぬまま、ただ固まるあなたの姿。



 ………………わかってたはずだ。



 こうなることは、こんな想いを告げても、あなたが受け止めきれないことは。



 6歳の子どもに、16歳の愛欲と執着を、見せつけているだけ。



 人はそれを愛とは呼ばない、独り善がりの、ただの暴力。



 たとえ、あなたがそれを知ることを望んでも、決して言うべきではなかったこと。



 …………ああ、なんで言っちゃったんだろね。許されるはずもないのに。



 キィっと小さく鎖が軋む、ブランコは、どこかへ呻くように音を鳴らしてく。



 どうして、告げたか? そんなの、解りきっているでしょう。



 口にして、言葉にして、愛を伝えて。



 それでも尚、あなたは何も、想い出せないままで。



 わかってる。



 わかってる……………………わかってた!



 この期に…………この期に及んで!!



 私は、心の、どこかで…………。



 ()()()()()()



 もしかして。



 もしかして、あなたが想い出してくれないかと。



 こんな、ちんけな愛の言葉で。



 あなたの記憶が戻らないかと、もう一度、私を愛してくれたあなたに戻らないかと。



 縋って―――いたんだ。



 そうして、同時に、今まで躊躇ってきた意味も知る。



 そっか、そうだよね。



 告げなければ、明かさなければ、いつか想い出してくれると、期待が出来る。



 今はダメでも、いつか、いつかと。



 いつか、きっと、あなたはもう一度、私を愛してくれると。



 答えさえ知らなければ、淡い願いを抱いたままでいられる。



 でも。



 でも、もし、それでダメだったなら。



 もし、それで想い出してくれなかったら。



 もう、認めるしかなくなってしまう。



 ずっとわかっていたはずのこと。



 ずっと強がっていただけのこと。



 ずっと、ずっと――――。



 本当は、気付いていたはずのこと。



 あなたは、もう。



 私のことを、愛してくれたあなた(おねえちゃん)は、もう―――。






 死んで――――しまったんだ。







 もう帰ってこないんだ。




 抱きしめてなんてくれない。




 笑ってなんてくれない。




 『くろえ』って、呼んでもくれないの。




 私の、おねえちゃんは、もう。






 









 もう、帰ってこないの。














 そんな、解りきっていたはずの現実を。



 私は、この一か月。



 受け止められて、なかったの。



 「ごめんね」



 ごめんなさい。



 「ごめんね」



 ごめんなさい。



 零れる涙も、嗚咽も、どうにもならない。



 取り繕うことも、抑えることも、何もできない。



 子どものように、赤子のように、何も知らないあなたの前で、ただ泣きじゃくる。



 『…………でもね、はるの記憶が戻ったら、いっぱい泣いてやるつもりなの』



 『こんなに辛かったんだよ、こんなに頑張ったんだよって』



 『なんで忘れてたのっていっぱい、いっぱい、泣くの』



 『……だからね、その時まで、泣くのは取っておきたいの』



 わかってた。



 『その時』なんて、いつまでたっても来ないこと。



 涙を受け止めてくれるはずの『あなた』は、もう。



 はるの中から、永遠に失われてしまったこと。



 わかってたよ。



 わかっていたの。



 わかっていたけど。



 それを認めてしまったら。



 もう歩いていけなかったの。



 それを知ってしまったら。



 もう立ち上がれなかったの。



 ごめんなさい。



 「ごめんなさい」



 ごめんなさい。



 「ごめんなさい」 



 こんな想い、今のあなたに背負える、はずもないのに。



 その影(かつてのあなた)は、今のあなたには、ただの重荷でしかないのに。



 「ごめんなさい」



 それなのに、隠し通すこともできないで。



 自分に嘘を吐き続けることすら、ままならないで。



 そう、『あなたのために』なんて、口では言ってる癖に。



 私は、結局、ずっと――――。



 わがままな、独り善がりで。



 「ごめんなさい」



 もし、この世界に神様がいるというのなら。



 どうか、こんな夜の記憶は、今すぐはるから失くしてください。



 ただ、あなたに重荷を背負わせるだけの、こんな言葉は。



 今すぐ、なかったことにしてください。



 どうか、どうかと。



 ………………。



 ………………まあ、そんなこと、叶うはずもないけどね。



 雫が、零れ落ちていく。



 嗚咽は、風に呑まれてく。



 凍えるような夜が、ただ熱を奪ってく。



 何一つ、解決なんて見ないまま。



 わかってる、現実はいつだって。



 冷たく、重く、ただそこにある。



 …………ああ、そろそろ顔を上げようか。



 このままだと、はるに風邪を引かせちゃうしね。



 そうして、明日の朝、起きたら、笑って言うんだ。



 『昨日のことは、忘れてね』って。『ただの悪い夢だから』って。



 そういって、全てなかったことに出来たら。



 よかったのにな。




 ねえ、はる―――。












 冬の渇いた風に、熱を奪われながら。



 泣き跡だらけの顔を。



 静かに、静かに、そっと上げた。



 そうして。



 ああ―――。


 

 と、思わず、声が零れる。



 上げた視界の先のあなたは―――。



 ()()()()()()()()()()()



 動揺も。



 痛みも。



 不安も。



 まるで、全てを飲み込んだかのように。



 私が晒した、醜さも、弱さも、何一つ逃げずに受け止めて。



 ああ、そうだ、わかってた。



 あなたなら、例え記憶が永遠に消えたとしても、あなたなら。



 そういう顔を、することを。



 そんな眼差しを、することを。



 私は、ずっと知っていた。



 ああ――――。



 「…………ありがとう、黒江。聞かせてくれて」



 そうして、あなたは何処か涙が滲んだ瞳のまま、そっとその両手を広げて。



 項垂れる私の頭を、ぎゅっと、静かに抱きしめた。







 「ありがとう――――ごめんね」







 そうして、告げられる、優しい言葉は。








 あの頃と、何一つ、変わらない。










 どこまでも―――皮肉なほどに。

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