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もう姉妹には戻れない  作者: キノハタ
第8章 わたしとあなた

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第93話 私はあなたと―①

 あなたに大切な人はいますか?



 わかりません。



 誰かを大切にしたことはありますか?



 わかりません。



 そもそも大切ってどういうことですか?



 ごめんなさい、わかりません。



 6歳までの記憶しかない私には、そんな問いに出せる答えは、きっとないのだと想ってた。



 だって、誰かを大切にしたことなんてないし。



 大切にしてもらったことも、ないような気がしたから。



 だから、こんな私を、皆が大事にしてくれる理由が分からなかった。



 私のどこにそんな価値があるの?



 それとも、今の私(6歳の私)にはないけれど、いつかの私(17歳の私)には価値があったの?



 わからない。10年という途方もない時間をかけても、私なんかじゃそんな価値は得られない気がするけれど。



 お母さんの個展で見た、あの鮮烈な蒼い空の写真のような。



 そんな『特別』にはどうあがいても、私なんかじゃ届かないものだと想ってた。



 なのに、10年後の私は、どうやら沢山の人に大切にされていたみたい。



 それをこの一か月で、否が応でも理解する。



 お母さんと仲直りして、文芸部の部長になって、生徒会の人と知り合いで。



 そして―――。



 『そもそも―――()()()()()()()()



 誰かの人生を変えて。



 ………………本当に、そんなこと出来てたのかな?



 考えれば、考えるほど、その私は、今の私から遠ざかっていくような気がしてた。



 だから、知るのが怖かった。



 ずっと、ずっと。



 自分じゃない知らない誰かが、進む道の先にいるみたいで。



 それを知ってしまったら、それに気づいてしまったら。



 私は、今の『特別』じゃない私は、ここにいる権利を失くしてしまうような気がしてたから。



 ずっとずっと、怖かったんだ。



 幼いフリをして、無力なフリをして。



 この一か月、私は、いつかの私からずっと逃げていたような気がする。



 知らなければ、気付かなければ。



 ずっと、弱い私のままで、いられるような気がしてたから。



 でも、そんな私の隣で、泣いている人がいた。



 弱い私を、無力な私を、必死に守って、そばに居て。



 私は、その人のことを、何一つも覚えていないのに。



 その人が、どうして私を大事にしているのかさえ、何も知らないのに。



 涙を隠して、言葉を隠して、姉みたいに、親友みたいに。



 血の繋がりもないはずなのに。



 ずっと、私の傍にいてくれた。



 誰かを大切にしたことはありません。



 大切が何なのかすら、よく分かっていません。


 

 どうしてそうするのかすら、解りません。



 でも、それでも。



 そんな私でも。



 このたった一か月の時間の間。



 大切にしてもらったことだけはわかります。



 その手がかりを、私は目覚めてからずっと、実は手にしていたような気がします。



 だって、記憶は、失くしてしまったけれど。



 想い出も、もう何処にも残ってはいないけど。



 でも、それでも、この身体には17年の月日の残滓が、確かに宿っていました。



 包丁を持つ手先が、チョコレートを切る些細な指の動きが、私にそれを教えてくれます。



 この失くした10年の間、お前は確かに生きてきたんだと、何かを為していたんだと。



 お前は確かに、頑張っていたんだと。



 きっと私、不器用なんで、大したことは、出来ていないと思うけど。



 でも、どうやら、どうにも。



 何もしていなかった、というわけでもないようです。



 きっと頑張って、ご飯を作って、きっとたくさん失敗しながら、誰かのために悪戦苦闘していたのでしょう。



 そんな少しおちょっこちょいな姿なら、どうしてか、ちょっと想像できます。



 それが沢山の人に大切にして貰える程、価値があったことかはわからないけど。



 ずっと、遠く向こうの、知らない誰かのように見えた、かつての私が。



 そうして、初めて、少しだけ近くに見えました。



 10年という長い月日の先で、ほんの少しは頑張っていた私。



 きっと不器用なまま、きっと沢山失敗を重ねながら。



 それでも何かを為していた、そんな、いつかの私への微かな糸を。



 今日、初めて、掴むことができたような気がします。



 そうして、ようやく、私はその糸がもう一本、既に手の中にあったことに気が付きました。



 こんな私を、ずっとずっと大切にしてくれた人。



 何も覚えていない私の、何もできなかった私の、それでも傍に居てくれた人。



 その人の隣に居ると、胸が安らぎます。



 不安や痛みが、その人の腕の中にいると、嘘のように消えていきます。



 触って、照れて。



 撫でて、安心して。



 握って、ドキドキして。



 6歳の私にとっては、知らない感情ばかりだったけど。



 それを受け取る資格があるのかすら、ずっとわかっていなかったけど。



 でも、想い出を全てを忘れても、この身体はきっと覚えていたのです。



 積み重ねた10年が、傍に居てくれた記憶の残滓が。



 ずっと、あの人のことを、求めていたのです。



 今の私は、それを何も知らないけれど。



 もう―――何も知らないままには、したくありませんでした。



 だって、あの人が泣きそうな顔をすると。



 私も、泣きそうになってしまうから。



 どうしてかは、わからなくても。



 その想いだけは、わかってしまうから。



 走ります、走ります。



 夜道を独り、白い息を荒げながら、それでも今は、あの人のところへ。



 寒くて、震えて、息は絶え絶えになってるけれど。



 胸に抱きかかえた、小さな包みを手放さぬよう。



 早く、早く。



 零れそうな何かすら、今は、ただ置き去りにして。



 私のことを、大切にしてくれた。



 あなたのもとへ。















 ※





 「………………はる?」



 「黒江!!」



 そうして、暗い冬の夜道の真ん中で。


 

 ぽつんと浮かんだ、小さな街灯の下。



 やっと見つけたあなたの元へ。



 私は精一杯、駆けていきました。



 そうして勢いのまま、手に持った小さな袋を、あなたの胸に押し付けて。



 「あのね、これ、私が、作ったの」



 「――――だから、受けとって、欲しいな」



 泣きそうになりながら、そうやって精一杯に笑う私を。



 あなたは、じっと見つめていました。



 どうしてか、言葉を失くしたように。



 どこか、泣きそうな顔をして。



 暗い夜道の真ん中で、まるで迷子の子どもみたいに。

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