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もう姉妹には戻れない  作者: キノハタ
第8章 わたしとあなた

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第92話 姉を―――

 独りになると、ふと考える。


 一か月、そう一か月。


 記憶を失ったはるの隣に、私は立ってた。


 姉のように、母のように、いつかあの人がしてくれた沢山のことに報いるために。


 耐える覚悟はしてたつもりだ。はるがしてくれたことに比べたら、きっとまだまだ10年くらいはお世話しないと釣り合わない。


 わかってる、まだまだ挫けるわけにも、諦めるわけにもいかない。


 そうならないように、親父に啖呵を切って、お義母さんに抱きしめてもらって、琥白に励まされて、白乃さんに諭されて、みんなに手伝ってもらってるんだから。



 わかってる―――はずなのだけれど。



 最近、ふと気を抜くと、身体中に細かい傷が走ったような痛みを感じる。



 誰かといるときは大丈夫、でも独りになった途端、ふと暗い海の中にいることを思い出すように。



 手や足に、ふと力が入らなくなる時がある。壊れたロボットがいくらレバーを倒しても、うんともすんとも言わないみたいに。



 時々、口にするべき言葉が見つからなくて。



 曖昧に、ただ笑うしか出来ない時がある。



 …………そういえば、はるもよくこんな風に笑ってたっけ。困ったように、言葉に詰まって、ただ曖昧に。



 おかしいなあ、今日、白乃さんに愚痴って、ちょっと落ち着いてたはずなのに。



 冬の夜道をぼんやりと独りで歩いてく。こつこつと、アスファルトの上を、どこかおぼつかない足取りのまま、ただ漠然と。



 琥白から連絡があった、はるが返ってくるはずの電車の時間を目安に、駅へと向かう。



 ただスマホを見ても、肝心のはるから連絡はない。かつてのはるなら、こういう時は絶対連絡があったはずだけど。



 ………………ダメだ。考えるな、そんなこと。



 今のはるに、責任は、落ち度は、何もないんだから。



 私がずっと、私だけがずっと、いつかの残像を追っているだけ。



 瞼の裏に焼き付いたあなたの面影を、もう失われたはずのそれを。



 ただ手放すことができていないだけ。



 …………それが普通だ、って白乃さんは言ってたけど。



 そうなのかな、そうだとして、どうしたらいいんだろう。



 この胸の内に抱えた、大きな、大きな、黒くて濁った大きな何かを。



 私は、何処に置いておけば、いいのだろう―――。



 足が段々とゆっくりになっていく。



 冷たい夜道の中で、徐々に、何かに足を取られるていくように。



 暗い水底を、独りで歩いているような。



 底の見えない、淀んだ何かが、ずっと私を掴んでいるような。



 ダメだ、行かなきゃ。はるを迎えに行かなくちゃ。



 なのに、足は段々と。



 ゆっくり、ゆっくり。



 進む力が弱くなって。



 ふと、気付いた頃には。



 どうしてか、動かなくなっていた。



 レバーを幾ら押しても、足が動かない。動け、動けと、頭からの指令は鳴りやんでいないはずなのに、身体が従うことを止めてしまったみたいだ。



 がこんがこんと、レバーを必死に傾ける音だけが、頭の中で響いてる。



 でも、現実は何一つも変わらなくって。



 暗くて寒い夜道の途中で、独りぼっち。



 何処にも行けず、何処にも帰れず。



 ただ、どうしたらいいのかも分からないまま。



 冬の風の冷たさが、じわりじわりと、私の体温を奪ってく。



 早く、迎えに行かなくちゃ。そうでなくても、こんなとこにいたら、風邪引いちゃう。



 そう、解っているはずなのに。



 私は、何もできなくて。



 眼元から、何かが零れそうになっているはずなのに。



 夜風が冷たくて渇いているせいかな。



 雫の一つも、零れてくれない。



 どうしたらいいんだろう。わからない。


 

 これから、どうしたらいいのか。



 どうやったら、この足が進むのか。



 今は、何も。



 何も――――。



 わからないよ。



 たすけて―――。



 「おねえちゃん」

















 そうやって、私が泣きついた、あの日のことを。



 あなたは、もう覚えてはいないのだけれど。



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