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名柄川羽海という女の日常  作者: TASH/空野輝
関西、脱出と復縁編
46/51

本当の始まり……

 手を借りて保存地区から出る。他とは違う空気で案外歩いているだけでも楽しかった。――途中で事故があったけどなんとか持ち直して背筋を伸ばして歩く状態まで。

 何個かここでしか買えないお土産を持って車を止めてある道の駅まで来たんだけど……あれ? おかしいな。自分は確かにここに止めていたはずなのだが、見当たらない。国道の左右を見てみると――


「羽海ちゃんアレ……」

「どれ? あっ⁉ おい!」


 レッカー車で持って行かれるレンタカー。

 マズい、道の駅に車を止めて保存地区を見に行き食べに行ってたのは許されない行為ではあるんだけど、何もそこまでやる事じゃないでしょ。自分は走ってレッカー車を追いかけるが残念。さっきまで横になってぐったりとしてた身、三歩でコケた。


「岡田自動車(株)――クソッ、電話番号まで見えなかった」


 足が奪われた。ここ周辺でコンビニは見えなかったし、道の駅しか無い。なんで不幸が続くんだよぉ。


「羽海ちゃん……羽海ちゃん宛にあの車に挟まってた……」


 蘭が持ってきた手紙を自分は開いて読む。


「お久しゅうございます、羽海様。前日のクラス集会には来れなくて申し訳ありませんでした。麻衣様にお話を聞かせてもらい関東から速達でお車の方をお届けさせて頂きました。そのお車を再び関東まで持っていって、私の家までお届けしてください。それからレンタカーの方は私らが回収して戻して起きますのでご安心を、それでは健闘をお祈りします。 かしこ 岡田由里」


 由里様⁉

 麻衣から一体何の話を聞いて車を速達で……。なんだこの仕組まれた様な計画は。そして置かれた車はレクサスのLS600hってこれ確か一千万円レベルの車じゃなかった……? そして蘭からワイパーの下に挟まってたという四角いライターみたいな機器を貰った。これが鍵っていうのか? 本当にこの車を使えっていうのかよ、百合様?

 はは――夕方位に新幹線で帰ろうとしてたのに、なんだよこれ。もう自分の世界観がおかしくなってしまった。その鍵を握ったまま自分は女の子座りに移行してぐったり……。

 幾らなんでもこれはやりすぎだ。数ヶ月前にこういう企画をやるならともかく、前日に疲れてぐったりした所で何故か広島まで来て、一日広島回って帰ろうっていう日帰りを企画してたのに事が大きくなってこのレクサスを関東まで届けろって? ……嫌だな。この練馬ナンバーを? はっ、馬鹿馬鹿しい。


「蘭、歩くぞ」

「えっ、でも……」

「こればかりは自分だって怒るよ。とっとと由里様の所へ行って……あれ?」


 由里様の住所って何処だっけ? 自分は由里様の家まで行ったことが無い。……自分は青ざめた。多分、住所までの行き方はこの車に保存メモリーされてるんだ。と言うことは一度はこの車に搭乗しなくてはならないという事実。証拠をあまり残したくない自分は一度もこの車に触れずに鍵も一回は拭いてまた元の位置に戻したのだが……。

 もうしょうがない、自分は鍵を持ってアンロックする。


「こんな高級車に乗るなんて初めてだよ、クソッ」


 楽しみというよりプレッシャーの方が凄い。一千万はする車を今から運転するんだぞ。

 自分と蘭はシートに腰を下ろす。


「フカフカ……」


 そういえば、蘭はこういう高級車に乗ったことが無いのだろう、自分は一度ベンツを搭乗済みだけど、シートが凄い柔らかいんだよね。

 さて……車の基本となる鍵を回してエンジンを付けたい所なんだけど……この鍵の形状からあのギザギザの鍵になる訳がないよな。こんな車を運転したことが無いんだからわかったもんじゃない。ハンドルにもボタンが付いてるし、シフトレバーの下にもボタンが付いてる、一部カタカナや漢字では書かれてるけど、よく分からない。


「羽海ちゃんのハンドルの左……」


 指摘された所を見てみると「POWER」と書かれたえらくデカいボタンを見つけた。それを奥まで押すと車のあらゆる繊細な部分まで生きるかのようにこの車は起動した。ここまで来たら変態の領域だ。全部デジタル表記されているとはビックリだな。エアコンの排出口に挟まれている時計だけはアナログだとはこれも拘り?

 自分はオドオドしながらもこの道の駅を出て、カーナビを次の目的地へと示すように入力した。さっきの車とは違ってこっちは様々な検索を掛けてくれるんだな、最新技術恐るべし。




 最初はオドオドしていたが、やっぱり一度走ってしまうと同じ車の感覚でハンドルを切ったり加速したりする。でもコイツの加速は軽自動車と違って尋常じゃない。まぁ排気量の違いなんだろうけど。


「テレビも見れる……お金持ちとお友達なの……?」

「ん、まぁな。岡田由里っていう人なんだけど――」


 岡田由里と出会ったのは三学期の二月だったかな――。あの時は一年生の時のショックでベランダで思いにふけった時に由里様が紅茶を出してくれたんだっけ? 由里様はよく隣のクラスの友人の所に行ってたみたいで昼休み中とかは自分達のクラスには居なかったかな……もう高校生の時の記憶もだんだんと薄れてきている、話してからは意外と積極的な百合様は結構記憶として打ち込まれてる。


「……あ、ごめんなさい……私はあまり知らないから……」

「まぁこれも話してもつまらないだろうな」

「そういうつもりは……」

「はいはい」


 ちょっと涙目の蘭の頭を撫でる。これまた嬉しそうなのだけど直ぐにハンドルに手を戻した。この車に傷を付けたら自分は百合様に何を言われるか分からないからそれを考慮して運転しなくてはならない。



          ※  ※  ※  ※



「よーし、着いた。ここだ」


 次に着いたのは呉市の大和ミュージアム。広島県といえば呉市、呉市といえば戦艦、戦艦といえば大和――って言いたい所だけど、我ら千葉県民でいったら海防艦『志賀』かな――この志賀だって昭和二〇年の大和を旗艦とした沖縄出撃で先立ってるんだぞ。といっても同年十一月に除籍されている艦だけどね。今は稲毛記念館に部品が納められている。因みに川で言うと重巡洋艦『利根』と練習巡洋艦『香取』が一応千葉の戦艦になるのかな。

 こう案外某ゲームをそんなにやってないけど第二次世界大戦を知ってるから自然に知識が付いてしまった。作者の名前が"タイショウ"なだけあって第一次世界大戦にも詳しいぞ。


「羽海ちゃん……あっちの潜水艦? ……みたいな博物館はいいの?」

「あっちは後で入ってみようか、まだ時間が余裕みたいだし」


 ということで手を繋いで大和ミュージアムの中に入っていった。




「四〇〇〇分の一の戦艦大和の模型か……これで四〇〇〇分の一……」


 チケットを切ってもらって早速見えたのがこの戦艦大和の模型、携帯もようやく復活してカメラで色々な角度から取る。


 飛行機の全弾を撃ち尽くしても沈まず、砲弾を一発喰らっても沈まずの戦艦はやっぱりデカかった。そして主砲四六センチを三基九門を備えて当時の最高技術を全部ここに取り入れたというのだから日本の戦艦の取組みはデカかった。


 水の上では最強だった。最強だったのだがそこが戦艦大和の弱点になった……最強であるためにこの戦艦大和を動かすのに大量の重油が必要になったし、その出撃時期の遅さから坊ノ岬沖海戦での沈む理由にもなった。常にトラック島や国内でただ停泊してるからかいつの間にか『大和ホテル』なんて名前が付いた。そして沈んだ坊ノ岬沖海戦ではアメリカにとって大和は敵ではなくてきになっていた。

 レイテ沖での戦いで大和型戦艦の『武蔵』が出撃していてその教訓からアメリカも大量の魚雷と爆弾も持ち合わせて出撃していたこと、そして『海』の戦いはもう時代遅れで既に『空』の戦いになっていたこと。もっと仇になったのは戦艦大和の『空』に対する攻撃が薄かった事。これにて左舷に戦闘機からの魚雷が何度も打ち込まれ最終的に左に舵が取れない状態で大和の謎の右Uターンが出来た訳だ。そして午後二時に沈んだ。


 沈没地点にはまだ大和が眠っていて引き上げ計画をやろうとしているが、自分はこのまま引き上げずに魚の住処として――墓標としてそっとしておいて欲しいと思う。というより引き上げの技術的にも難しい、鉛の塊をそのまま上に引っ張ろうとしたら引っ張ろうとした船の方が沈んでしまうかと……それと真っ二つに折れて沈んだから余計に引き上げは困難だ。諦めるしか無い。


 自分の知っている限りを長々と語ってみたが、それほど大和は凄い戦艦だ。もし海の時代が続いていたなら――いや、日本は勝っていないだろう。第一次はともかく第二次の日本は貧しく後半になるにつれ物資も無くなってたし、戦艦大和が勝った後も結局停泊の連続だっただろう――戦艦大和の模型の前でボーッとしてしまった。結局、結局なんだ。


 戦争じゃ何も変わらないと――。

 第一次も第二次も……何をするための戦争だったのかと。

 兵器自慢? 国の為? 実験? 戦車も戦艦も戦闘機も今見ればカッコいいと思う。

 でも、これらの兵器で何人の血を流させて来たかと思うと心情深くなってしまう。

 第一次の死者九〇〇万人、第二次の死者六二〇〇万人に黙祷を――。



「羽海ちゃん……大丈夫?」


 大和の模型を一周回ってきた蘭が帰ってきた。


「大丈夫……歴史を知れば、どんなに凄いのかが分かるな」


 「うん」と小さく言葉にする蘭、第三次世界大戦なんて絶対に起こしてはならない。武器を取る事が無い時代になってほしい。自分は戦艦大和の模型を背に向けて次の場所へと行った。




 大和ミュージアムのその他には、みんな大好きな科学実験ルームとおみやげコーナーだった。大和ラムネって実在してたんだ――ってこっちの話ね。後は大和ラムネ飴とかTシャツとか……こっちもあまり大した買い物は出来ないので、Tシャツだけ買って出て行った。蘭がこの『童貞を殺す服』だと皆が見てきて恥ずかしいからと言ってカバンに入れていたのであろう薄いブラウンのパンツとTシャツで呉市の仲間入りしていた。その藍色のTシャツとブラウンのパンツが似合う。後ろには大和のスペック表が書いてあった。


「次は……何処行くの……?」

「そうだな……夕方にもなるし、そろそろ広島出て移動だな」

「うん――」


 名残惜しそうに寂しい声を出す蘭だったが、ここからまた千葉に帰らないと行けないからな……長々と居られなかった。このレクサスと共に走り抜かなくてはならないのだから。

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