羽海折れる……
――竹原市まで暫く走っていく。大した会話をした訳でもなく、自分がただ単に喋りたくなかっただけだ。仁宮は被っていたハンチング帽をギュッと深く被って。何かを話そうとしていた。別に話をされても自分は深く答える様子も見せないからな。
「あのね……羽海ちゃん……」
「あ?」
「う、うん……あの時の懺悔……してもいい……?」
「一応、聞いとく」
「ありがと……」
話題に出るまで気にもならなかったが、今そう言われると気になるので聞いてみる。懺悔も聞いてみるか、一応だけど。
「私、羽海ちゃんの事は……嫌いじゃないの……本当は……仲良くしてほしかった……」
「おう、で」
「それで……あの時仲良くしてた麻衣ちゃんと……バイクの話で盛り上がってて……」
「……」
「……仲良くしてくれなかったじゃない……」
「それはお前の理屈であって、誰も悪い訳じゃないよな?」
「うん……でも、悪気はあった訳じゃない……もっと仲良くしようと思ってたのにあの行動しちゃって……」
「はぁ――」
ため息ばかり吐く、自分と仲良くしようと思ってあの行動? 百歩譲ってバイクの話で盛り上がってて相手しなかったのは悪かったと思うが、それ以上にバイクを炎上させて自分の髪を引きちぎったのは明らかな犯行。この話をされたって好感度は上にへと上がらない。だって事実だし。
「それで、懺悔は終わり? といっても当事者ここにいるしな」
「……殴って」
「は?」
「殴ってほしいの……気が済むまで」
ついに泣いちゃったけど、急に殴ってだなんてM発言されても――困る。でも本気で泣いちゃってるし、これはどうしたものか。殴られるのが怖いのか、また嫌われるのが怖いのか。全く心情が分からない。
「……ギッ」
「そんな目で見るなよ! そのたまに見せる「にらみつける」攻撃だけは本当に止めろ!」
「あっ……その……」
ヤンデレ付属はこれがあるからビビる。「殴って……?」って改めて言うけどその殴った後の仕返しがめっちゃ怖い、恐るべき裏の姿というべきなのか。
「はぁ――分かった、折れた、折れたよ。目潰れよ」
「んっ…………」
握りこぶしを作ってそれを見つめる。自分が殴ればどうなるのだろう? もっと仲が悪くなるんじゃないのか、本当にこの手で殴っていいのだろうか。思いっきり殴ろうか、それとも意外性を狙って平手で殴っていいのか。そんなことを考えて、考え抜いた結果は
握りこぶしを――軽く仁宮のおでこに触れる。どんな事よりも優しく、少し暖かいおでこに触れた。
大きく殴られる事を仁宮はかなり覚悟していたが、その期待に応えられなくて悪かったな。これがお前に対しての評価であり、自分が折れた証拠だ。
「どうして……?」
「――折れたのはどっちだと思う?」
「え……?」
「『嫌い』という事に折れたのか、『事件』という事に折れたのか――どっちだと思う?」
「……分かるよ……『全部』に折れた……でしょ?」
「全く、そうだな。もう止めだ、諦めた。お前はいつまでも付いてくるんだろ? そういう感情の壁があったら自分もやりづらくなってきちまった」
自分が絶対に仁宮に対してやらなかったこと。頭を撫でてあげた、ハンチング帽が邪魔だったけど、その帽子の隙間に手を入れて髪に触れる、滑らかな肌触りだった。今まで触れた事が無かったからこんな感触とは思わなかった、これも自分にとっての新しい一歩なのだろう。――こう言ってみると自分は何人もの髪を触れてきたのやらか。別に好きでやっている訳じゃないのだが、自分がもっともやるスキンシップの一つになるな。この撫でる行為は癖になってるのだろう。
「きゃっ……前見てないと……危ない……」
「大丈夫だ、オートマで片手運転でも行けるから」
「もう……いいの? 嫌いじゃないの……」
「好感度はゼロまで戻してあげるから、好感度を上げるなり下げるなり勝手にしてくれ仁宮」
「……蘭って呼んで……」
「え?」
「友達じゃないみたい……蘭って……」
「蘭……ちゃん」
「ありがとう……」
蘭は照れた顔をハンチング帽で隠す、これだけ聞くと恋人同士の会話。ちょっと自分も懐かしさを感じてしまった。約七年振りに感じる空気を今この車内で実感した。初めて会った時もこんな感じだったかなぁ。でも、蘭が勇気を振り絞って一言自分に話しかけなかったらこの関係も無かっただろう。今まで気にも止めなかったこと、正月の時には鷹見とか麻衣が居たから行動出来たものの、今だから自分の気持ちも開放出来たのだろう。自分の中でもどこか「仲良く」という心情があったから折れたのであろう。
「にみ……蘭、今から竹原市に行くけど、他に行きたい所あったらこれで調べておいて」
「分かった……」
滅多に無い組み合わせに、滅多に行かない場所。夢のカード(身内)な訳だが、ここは本当に知らない場所だし、観光誌を熟読していないから竹原市以外のページをまだ見てない。バラ読みしただけじゃ流石に自分でも頭に入ってない。運転中で申し訳ないけど、まだ二日酔いが残ってるから細かい文字が見えない。自分は老眼か。
蘭はジーッと見るが、元々喋らない子だからじっくりと見ていた。そして何を思ったかバックからタバコを取り出して吸おうとしていた。
「えっ! 蘭!? タバコ吸うのか!? 感じ悪いぞ! 元からだけど!」
「うん……私だって……人間……」
「悪いけど禁煙車だ! 次外出た時にしてくれ!」
自分はタバコを吸う吸わないに関しては気分を削ぐような事は言わないけど、流石にマナーどうこうに関しては言う。禁煙車を取ってるんだからそれは駄目でしょー蘭。それから本当に感じ悪いって。今回リクエスト貰って仁宮蘭を出したのにー、小さなファンだってあなたに付いてるのよー。
「羽海ちゃん……これ」
「うわっ、吸うなって――あれ?」
ライターで着火をしていないのに先が光っている? もしかして今流行りの電子タバコってヤツ? ――初めてみたけど、本当にタバコの形をしてるんだな。
「私のは……出始めの頃だから……似てる形してるの……」
「そうなの――あの、奇怪な形をしたヤツをよく見るけど」
「アレ……流行ってる……」
「流行ってんな――ちょっと吸わして」
「いいよ……」
自分は蘭から電子タバコを貰って吸ってみるが――これが初めてでついむせてしまった。
「ガハッ、ゴホッ――イチゴアジ」
「ふふっ……」
「初めてでな、悪いっぃエッホ――」
吸い方が分からなかった、急に口の中に広がって無理矢理喉の奥まで入ろうとするんだな。自分はこれからもタバコを吸う事はないだろう。蘭に電子タバコを返す、よく吸えるなお前は。
「羽海ちゃん慣れてると思った……」
「お酒には慣れたけど流石にタバコはな……んっ!?」
タバコのフィルターにあたる部分を少し下を出して舐めてニヤッとしたのを自分は見たぞ。恐ろしい子――! 幾らなんでも人の唾液をペロッと舐めるのは背筋がゾッと来る、いやぁ~ここまで危機を感じるのは事故起こしそうだなーと思った時以外に来ないぞ。
そう考えたら、自分達はなんでラブホテルなんて入ったんだ。自分の考えなのか蘭の考えなのか。もし蘭に意識があったとしてホテルに連れ込んで何かをしたら――ああ、考えるだけでちょっと嫌になった。しかも女性同士で入れるラブホテルっていうのはやっぱり狙ってるんだろうな。い~やぁ~だ~なぁ~。
「それで、自分が一番気になってんのが、お前が退学処分した後、何してた? 少女院に行ったのは分かるけど」
「うん……その後は夜間学校に入って……」
※ ※ ※ ※
二年の懲役が下った後は東京の少女院で過ごす、六人部屋の狭い所で過ごすも誰とも話もせずにひたすら外に出るのを待ったとかなんという精神力を持ってるんだコイツは。それで二年過ごした後は、埼玉の方に引っ越して夜間学校で三年、そして親の下を離れて東京で働きながら暮らす。東京でやれるってことは実際に蘭の実力は結構あるということだな、ただ単に時給が高いとか月給が高いとかなんだろうけど、結構貰ってはいるんだろうな。――自分は純の千葉っ子なんで、別に魅力は持ってないです。
「お前も大変なんだなー」
「大変だった……」
他人事。大変ではあるだろうけど――どういう反応を取ればいいのかも分からなかった。んー自業自得という言葉がピッタリ?
「でも、同じ獄に入った仲間とどうして会話をしなかったんだ?」
「皆不真面目で……話が合わなかったのと……直ぐに抜ける人が多くて……」
「そんなに入れ替わりが激しいのか少女院って」
「激しかったかも……」
「かもって、二年も入っててそれはないだろ」
「二年が長く感じたし……外出ても何も分からなかった……」
二〇〇九年から二〇一一年からか、この年はかなり時代が動いた時期でもあるからな。携帯の発達、食べ物ブーム。携帯ゲーム機に至っては3D化まで進んだしヴィータが発売したりとかしてたな、どちらかと言うと機器革命と言った感じかもしれない。勿論忘れてはならないのは東北大地震だろう。二〇一一年のインパクトはそれがデカかった。自分達も焦って色々な所を回ったりとかしてしまった程だから。なんとか情報を掴もうにしても全部がモタついててコンビニにも物資が渡らなくて――自然災害はやっぱり恐ろしい。
他にも蘭が聞いてきたのは自分達が卒業した常日高校の事、一年の半分しか過ごしてない蘭に取って一番気になる事であろう。自分の歴史上で一番大変な時代だったから覚えてる事が多い。二年の時の時が一番記憶にある、あの時の一年後輩と、麻衣と新入生の絡みは一番ツッコミ役としての自分はド疲れだよ。その一年後輩と編入生の名前はインパクトはあったはずなのに……どうして忘れてしまったのだろう。――ぐぅ思い出せない、さ、さかはら……? は、はれん……? なんか惜しい気がするんだけどどうしてだ? 後の二年あんだけ遊んだハズなのにどうして覚えてない。
「羽海ちゃんに……お友達多いね……」
「そうだな、今でも増え続けるのは自分のジレンマかもしれない、はっきり言って一人や二人覚えてないのは――いや、悔しい」
「いつか会うでしょ……私みたいに……」
「会えるといいな……作者!」
「……!?」
蘭がビックリしてた。いきなり叫ぶなんて思わなかっただろうしね。不思議に思わないでほしい、急に起こる発作だと思って欲しいな。
「えっと……三年の時は……どうだったの?」
「三年の時は上泉って奴が暴走しきっててな、いきなり金閣寺の池を泳いだりとか……三年坂でマジで転んだりとかしてたな。アイツは昨日来てなかったから今頃死んでるんじゃないのかな」
「そうなんだ……元気なんだね……」
キョトンとした態度をとる蘭。
そうか、蘭は自分達しか絡みが無かったから上泉とか宮川の性格は知らないか。宮川は元気に大学に行ってるが、本当に上泉は何をしてるんだろう。連絡も取ってないし音信不通、昨日開いてくれた幹事も「駄目だった」としか言ってなかったから不安。
「地震があったから、行動自体制限されてて思い出深くは話せないな。重い事ばっかりだ」
「被害……酷かったみたいだね……」
今でも忘れられない悲しみの出来事。テレビの向こうでしか見れてなかったけど、自分も福島とかお世話になったから何度か先生から聞いたこともあるし、一人の先生は東北出身だから非常だから休みを取ってボランティア活動したりとかしてた。――ひまわりは無事に育ってまだその写真は残っている。ヒマワリのように力強く、また綺麗な姿を見せてほしい。今でもまだ癒えない場所もあるから――と思う自分。
「私は林間も修学も無かったから……楽しい事も一つも……」
「無いんだ。でも友達は出来ただろ?」
「いつもは羽海ちゃん一筋だから……友達はそんなに出来てない……」
「そ、そうか――何人くらい?」
「四人……」
「ヨニン!? クラスに三十人位は最低いるだろ!? どうしてそんなに少ないんだよ!」
「辞める人多くて……仲良くしてた人も居なくなって……」
「何人いて最終的に何人残ったんだよ?」
「四十人居て……十人位?」
「はーっ!? よよよ四十人居て……はーっ!?」
高校に入学してその居た三十人位は何しに来たんだよ! 夜間の学校はどういうこった!
「え、机凄い残らない? スッカスカじゃない? 違和感に感じないの?」
「全日制の人達と共有だから……」
「共有! それじゃ仕方ないけど、違和感は……」
「自然に少しずつ……減っていくから生き残り大作戦……」
「そんな懐かしいボードゲーム出されても――いやいや、なんでそんなヌルいのさ」
「授業中携帯触る人もいるし……コンビニの弁当食べてる人もいた……」
「ヌルいよ! えー、なんでどうして。いや、ヌルい!」
思わず笑いが出るほど、これが高校とは思えない。それで卒業した事になるんだから倍率は増えると思うんだが、そんな表に出るほど情報も公開されてないから意外な事実を知ってビックリ。どうしてそうなるんだ。
「えーと、さ……なんだ。もう言う事無くなっちゃった」
「ふふっ……面白い子達だったよ……私は年上だったから……慕ってくれた事もあるし……」
「お前は内気なのに、頑張ったな」
「うん……」
積極的に出ることがあまり無い蘭の行動だな。本当は可愛い子なんだから頑張れば誰よりも可愛いんだけどなぁ。
――今回、蘭に関しての話が多かったが、意外な面とかその後の事とかを聞くと、サイコパスな面だけを抜かすと普通の女の子なのだなって。過去に拘って硬派だったのは自分だったのかもしれない。――今だから言えることは「申し訳なかった」と謝れる。高校で過ごせなかった蘭との記憶をもう一度、この場「広島」を借りて作り出そうと思った。
今は何度でも頭を撫でてやろう、蘭。




