千葉、後半戦……
色々な経験を既にしているが、ナンパされて一緒に行動するのは初だ。普通はホテルに連れ込まれるのが鉄板なのだが、別に隣りにいる鵤さんはそんな事もせず紳士的にただ単に観光を楽しんでいる。自分は眠りながらそんな事を思っているのだが、心の中でそう思ってるだけで――鵤さんが最終的にどうするのかは分からない。朝から長距離移動しすぎて食べすぎて疲れてるのだ。
自分もハッキリ言って油断している。知らないからな、こんなにダラーっとしてて最終的に着いた場所がホテルでした。ってオチでも。
「名柄川はん――名柄川はん」
「ん……」
自分は体を揺すられて起きる、鋸山に着いた?
「無料駐車場っつ―所で今停めてるんやけど、遠くなるん?」
「えーっと、山頂だけ見ればいいですか?」
「帰る時間もあるんやから、出来ればそれがええなぁ」
「じゃあ、この駐車場を出て左に行って右に行くと有料道路に着くんで、それを登ると山頂まで行けるんでお願いします」
「分かったで」
言うだけ言って自分はまた寝る。首が逝ってる気もするけどまたちょっと長くなるから出来るだけ寝ていたい。こういう時って運転手はムカつくだろうけど自分は構わないで自由にやるけどね。鵤さんは運転手なんだからしっかりと運転してもらわなきゃ。
※ ※ ※ ※
――気になるな、このヒンヤリした感じ。前にもこんな事あったような気がする。アレは――確か、数年前の……
「羽海?」
「……五年振りだな、自分の記憶に彷徨う親友よ」
「五年? ――お前、またあの館に?」
「いや、鋸山の日本寺に登ってるところだ」
今、自分の目の前に見えている人物は、阿賀町富子。高校時代の時に会った幽霊だ。因みに、十六歳で亡くなっているが西暦一九五五年、昭和の三〇年の七月十七日産まれで自分より年上だ。そして一九七一年の七月三日に亡くなった。未練により現世を彷徨っていたけど、あるキッカケであの世に還った。それで、こうして死の境界線と呼ばれてるこの場所で会うのは三度目だ。
「お前、仏様の近くで寝るとか――キツい事するねぇ」
「寝たかったんだからいいじゃねぇか」
「あの館の境界線が強かったとはいえ、天に近い所で寝るとアタイに会うぞ」
「悪かった――フフ、お前元気そうだな」
「お前もな」
「それで、どうしてお前は鋸山なんかにいるんだ?」
「ちょっと――デート中だ」
「デート? お前みたいな奴に彼氏が出来るわけ無いだろ、仮に出来ても――」
「おいおい、五年経ってもまだ出来てないし、自分は作る予定も無い」
「変わってないな。麻衣と由里は?」
「麻衣とは今でも会ってるけど由里様は今何してるのかな? ちっとも連絡取ってないや」
「そうか――」
富子は変わってなかった。自分が怪奇現象にあってから五年も経つんだがな。
「――お前、リストバンドはどうした?」
「あ、リストバンド。いや、引き出しの中だ。未だに持ってる」
「腕に付けるもんなんだぜそれ、お前アタイの物を付けてないってどういうことだよ」
「平仮名で「あがまち」なんて書かれたもん付けたくないよ、アルファベットならまだしも。それから自分の苗字は「ながらかわ」なのにどうしてお前の名前入りのリストバンド付けなきゃいけないんだよ」
「親友だったら付けろよ!」
「嫌だわ! お揃いだったらまだしもこれだぜ?」
幽霊と啀み合う名柄川羽海二十三歳と阿賀町富子(享年十六歳)との久々の喧嘩である。
「――おっと、話し過ぎた。ここは生者が来てはいけない場所だからな。それじゃ、叩くぜ?」
「えっ、おい――」
思いっきり富子にビンタをされた――と思ったら目が覚める……夢か、でもこんなにハッキリした夢なんてそうそうない。ほっぺたを擦るが別に痛みとか何も無かった。というか、夢から目覚めるキッカケって落ちたり、その後の展開が気になる夢とかたくさんあるが、個人的に不快なのは後者の方だ。最後まで夢を見させろよ、と思うときが何回もある。――今回の夢は富子が強制的に目覚めさせたようなもんだから、これも不快に思う夢の一つになった。お前とはまだ話したい事があったのに。
「名柄川はん、そろそろ着くで――ほっぺたどないしたんや!? 鏡見てみ!?」
「――?」
自分はドアミラーでほっぺたを確認してみる。――うわっ!? 叩かれた跡が残ってる!? 阿賀町富子てめぇー夢の中で思いっきり叩いたな? なんて迷惑千万な。今頃は笑ってるに違いない。
「肘杖着いて寝てたから多分手の跡付いちゃったかな? 鵤さんすみません、別に体に外傷は無いんで」
「そ、そか――随分真っ赤になっとるから不安になってもうた。頂上、着くで」
もう自分はこの道を行くだけでいっぱいなんだけど――致し方ない、これは着いていかなきゃいけない? 寝ぼけてて判断がちょっとし辛いですネー。今回は有料道路を使ってここ、山頂まで着いたけど本当は無料駐車場に車を置いて表参道を歩いて頂上まで登るといい運動になりますよ。因みに、無料駐車場から表参道は四十分位で、表参道から頂上は一時間半は掛かるかな。麻衣の様な体力無しには大仏エリア迄で良いと思います。――ハッキリ言って、かなり時間掛かるんで。
関西から来るのだったらアクアラインを通ると鋸山まで近いかも、千葉は移動だけで時間が掛かる県なんで――ごめんなさい。
頂上エリアの百尺観音はいつ見ても綺麗に彫刻されてる。航海、航空、陸上交通の安全を守る本尊として今日も見守っている。――もしかして、富子も事故にあった身だからこそ夢として出てきたのかね? 大丈夫だ、自分は絶対の自信は無いけど、事故にあうつもりは無いから。そういえば、名物スポットとして「地獄のぞき」がここだったな。ちょっと案内しよう。
「鵤さん、ここから一人で――奥まで行ってみて下さい」
「一人で――もうここからの景色でこの崖やから何を見に行くんかは分かるんやけど、腰が抜けるの」
「手すりはあるんで、落ちませんよ。地獄まで」
「はは――ええ冗談や」
鵤さんはすり足で崖の手すりを掴みながら奥まで行く。自分は高い所は好きでもなく苦手でも無いけど――鵤さん、あなた京都出身で、京都タワーとか。大阪育ちで通天閣に登ってる筈なのに、何をビビってるのやら。
「鵤さん! 男でしょうよ! そんなの頼らずに真ん中をズシズシ歩いて男気を見せてくださいよ!」
「――アカン、高い所はアカンのやて」
「はぁーー、今そっち行きますからね」
自分は仕方なく鵤さんの所まで近づく。さっきの魚見塚展望台の時は大丈夫だったのにここの地獄のぞきは駄目なのかよ。下ばっかり見てるから腰が抜けちゃうんでしょうよ。
「ほら――手、握ってください」
「情けないの」
自分は鵤さんの手を握る。「キャー怖い」って言って女の子が握りに来るのが――鉄板なんじゃないの? それなのに男が腰を抜かして、女が真ん中を通って手を握りに来るとか情けない。自分は握ったまま崖の先まで行く。
「アアァ」
「マジの声出さないで下さいよ、笑っちゃうじゃないですか。手離しますよ」
「アカンわ――戻ってええ?」
実際は、下の景色までしっかりと見えて、東京タワーの床ガラスよりも見どころあると思うんだけど――流石に634mもあるスカイツリーには劣るかも知れないけど(鋸山山頂は329mの為)空気も感じれてスーッと出来るぞ。
――鵤さんの背中を叩く。
「アアッー!? やめぇや!」
「アッーハッハッハッハッハ! もっと押して良いですか?」
もう関西人の精神は限界だ。自分はこの関西人をいじるのを楽しくて仕方が無い。――おっと、いけない。イカルガさんでしたね? 鶏さん? ――これ以上、人の気持ちを弄ぶのはそれはイジメに繋がるので自分は鵤さんの手をまた握って崖から離れる。もう二度とここには来ないだろう。晴れてれば富士山も東京湾も一望出来るんだぜ?
もう鵤さんはぐったりしていた。さっきまでの勢いはどうしたのだろうか、銚子から鴨川迄は元気そうに車を走行させておいて、鴨川から鋸山は元気が無いじゃないか。――もしかして、崖の先に行くまで全精神持って行かれたか?
「あの、下まで降りたら次、千葉市のポートタワー行きましょ」
「いや、もう高い所は止めよか? ちょっとしんどい歳やねん、ワシも」
次に行くべき所がポートタワー以外ってなんかあったかなぁ?
「もっと落ち着ける所に――」
「えーっと……高速道路使ってもらっていいですか? 日本寺の次に成田山行きましょ」
「おう……」
ちょっと乗り気じゃない鵤さんだけど、よろよろ車の下へと帰っていく。――自分は千葉初観光の人にちょっと悪いことをしてしまったかもしれない。だって、気分悪そうだもん。後で千葉名物の"マッ缶"か、醤油サイダーでも買ってあげようかな。醤油サイダーは野田市まで行かないと売ってない可能性が高いからどうしようも出来ないかもしれないけど。
――地獄を一通り見てきた鵤さんは肉体だけになっていた、多分魂の方は阿賀町富子さんがどうにかして戻してくるから大丈夫。自分は天国と地獄に関しては全部阿賀町富子さんに任せてるけど自分しか知らない存在だからどうにもならない。――迷惑千万。昔の人でかつ知り合いの人とかだったら知ってるかも知れないけど、名柄川家の縁じゃ親戚にもならない――迷惑千万。
高速道路を車で走る、御もっとも車とバイクでしか走れないが、最近は人が歩いたりとか、原付が何故か入ってきたり、挙句の果てに逆走――これ全部さ、おじいちゃんおぼあちゃんの犯行が多い。自分は良いも悪いは分かって何も言えないけど、良いも悪いも分かってて全部「良い」で決めつけて走っちゃうのが一番駄目だと思うんだ。――高齢化社会だからこそ起きる問題だけど、裏と表ぐらいは分かって欲しい、と思うこの頃の羽海ちゃんです。
「そういや――大阪の道路事情ってどうなんですか?」
「あん? せやな、安全走行が多いんかなぁ? ワシには分からんな、そっちは?」
「千葉は――どうですかねぇ、案外飛ばしたり、黄色ギリギリまで走る人もいますかね、特に柏とか東京に近い市町村は危ないかも――」
「東京は複雑やね、京都も大概やけど」
ちょっと落ち着いてくれたかも? 鵤さんの口調が良くなる。走行してるも関わらず口がよく回るよく回る。自分は喋りながら走るっていうのはちょっと無理な方に入るから羨ましい。関東一周の時は殆ど喋らなかったから分かるだろう。埼玉から高速道路乗って栃木行ったときには尚更だし、特に雨の日の走行はピークだった。停まった時には暇だから喋るけど、いざ信号が青になって走ったらピタッと止まる。自分は「どうでしょう」みたいに喋れる自身が無い。
――高速道路と言えば、実は千葉県民で海ほたるパーキングエリアに行ったことがない。「OMG」と思うかもしれないけど、神奈川県なんて滅多に車で行くことも無いし、無職で通常料金で入ろうとすると「二四七〇円」と滅茶苦茶高い。一方ETCだと「六四〇円」――もう何も言うまい。観光の為に二四七〇円使う位だったら自分は歩いてご飯食べに行ったほうが良いと思う。でもこの海ほたるを使えば早いんだけどネ――木更津市民は。自分は習志野市民だから、東京からグルっと回って神奈川に行くかな。でも一生に一度は行きたい場所ではある。――千葉県民だけどディズニーで成人式とか無いからな!
そう、思いつつドンドンとサービスエリアを抜かしていく。普段から忙しい人だね、鵤さんは。「ETC」を使ってるからICもスムーズだし。
――これだったら成田山まで近い。




