第5話 祈りは火力
お待たせしました。戦闘回です。
絶望の兵器を、祈りの力で、ひっくり返す。この物語のいちばん書きたかった爽快感を、めいっぱい、つめこみました。ナユタの決め台詞にも、注目してもらえたら。
白いのの放った破壊の光が、広場めがけてまっすぐに落ちてきた。
三年前にナユタが見た、あの街ひとつを乾かした一撃。あれと同じものだ。逃げ場はない。防ぎようもない。誰もがそう思った。
だがメモリアは、指先の光の珠をくるりと回しただけだった。
天から落ちた破壊の奔流が、少女の頭上でぴたりと受けとめられる。見えない手のひらが、空から降る滝をやんわりと抱きとめたようだった。
けれど――止まったのは、ほんの一拍。
奔流は少女の掌のなかで荒れ狂った。行き場をなくした力が青白い火花を散らし、ぎちぎちと軋みをあげて外へあふれようとする。メモリアの足もとの石畳に、ひびが放射状に走った。小さな体が、わずかに沈む。
「うそ、だろ……」
ナユタの喉から声がこぼれた。押しているのか。あの白いのが、まだ。息をするのも忘れて、ただ見ていた。あんなものを片手で受けて、それでも拮抗している。どちらに転ぶのか、その一瞬だけは、本当に分からなかった。
少女の眉が、ほんのすこし動いた。
それだけだった。
ぎしり、と軋んだ力が、ふいに勢いを失う。あれほど暴れていた破壊の奔流が、掌のなかで小さな光の玉へと縮んでいった。やがてぱちんと音を立てて、はじけて消えた。石畳のひびに、もう光は走らない。
呆気にとられたのはナユタだけではなかった。倒れていた人々も、兵士たちも、装甲車の陰のクオンも、みな口をあけてその光景に見入っていた。世界を乾かすはずの一撃が、少女の掌のうえでしゃぼん玉みたいに消えたのだ。信じられるわけがない。
「だめですよ。人に向けたものはちゃんと自分に返ってくるんです。そういうふうにできているんです、この世界は」
少女は静かに言った。叱るでもなく、あたりまえのことを口にするように。その穏やかさがかえって、見ている者の背すじを冷たくした。
そしてゆっくりと白いのを見あげた。
次の瞬間、メモリアの姿がかき消えた。
消えたのではない。速すぎて見えなかったのだ。気づいたときには少女は、四十メートルの巨人の目の前、その胸のあたりに浮かんでいた。小さな手をそっと装甲にあてる。
「さようなら」
どん、と腹の底まで響く衝撃が走った。
白いのの胸部装甲が内側から陥没した。鋼鉄が押しつぶされ、青白い光の亀裂が全身へ走る。巨人の体がぐらりとかしいだ。たったひと押しで。
四十メートルの巨人が、体勢を立てなおそうともがく。その足が大きく一歩を踏みだした。地面が割れ、衝撃波が放射状に広がって、残っていた廃墟の窓ガラスをいっせいに砕く。本来なら人間など、近づくことすらできない力だ。
だがメモリアは、その足もとをすいすいと泳ぐように舞っていた。巨人の攻撃はひとつとして彼女をかすめもしない。嵐のなかを舞う一枚の羽のようだった。
少女はくるりと身をひるがえすと、巨人の背後へまわりこんだ。細い腕を横に薙ぐ。見えない刃が空を裂き、白いのの右腕が肩のつけ根からすとんと落ちた。巨大な腕が地響きを立てて転がり、廃墟を何棟もなぎ倒す。
「ば、ばかな! あれは最新鋭の、軍の切り札だぞ! そんな、おもちゃみたいに……!」
クオンの悲鳴じみた声が広場に響いた。
白いのが残った左腕をめちゃくちゃにふりまわす。さっきまでの神のような威厳はどこにもない。追いつめられた獣の、ただの悪あがきだった。
その拳が廃墟を次々と砕き、瓦礫が雨のように降りそそぐ。何人かが逃げ遅れて、崩れる壁の下敷きになりかけた。
だがメモリアの光が、さきにそこへ届いていた。少女が指をひとふりすると、落ちてくるはずの瓦礫が宙で止まり、やわらかく地面へと置かれる。人ひとり傷つけることなく。壊しながら、そのてのひらは誰も取りこぼさない。
メモリアは白いのの一撃をひらりとかわした。髪ひとすじ乱れていない。くるりと宙返りをして、巨人の肩にちょこんと降りたつ。
「あなたはたくさんの人を乾かしてきました」
静かな声だった。
「だから、わたしはあなたを許しません。これはお説教ではなくて、ただのおしまいです」
少女は巨人の頭上高くへ舞いあがると、両手を胸の前でそっと合わせた。祈るように。
その指のあいだから、まばゆい光があふれだす。空が昼のように白く輝いた。スラムの空を何年も覆っていた灰色の雲さえ、その光に押しのけられて裂けていく。
倒れていた人々が空を見あげた。久しく忘れていた青。その青が光の向こうに、ちらりとのぞいた。
「これはわたしからのお返しです。あなたが乾かした、すべての人のぶん」
メモリアの声が澄んで、広場じゅうに響きわたった。怒鳴り声よりもずっと重く、ずっと静かに、巨人へと突き刺さる。
そして彼女はナユタのほうをちらりと見た。目が合う。少女は小さくうなずいた。見ていて、と言うように。
ナユタの胸が熱くなった。わけもなく立ちあがっていた。恐怖も絶望も、今はどこかへ消えている。
ずっとおびえてきた。頭を下げ、声を殺し、乾かされないように縮こまって生きてきた。――でも、もう、ちがう。
膝に力が入る。立った。腹の底から言葉が、自然とあふれだした。
「よく聞けよ。お前らの絶望の兵器より――」
ナユタはまっすぐにクオンを見すえて言いはなった。
「おれの騎士のほうが、ずっと強い」
「いけ、メモリア!」
気づけば叫んでいた。その声が合図になった。
メモリアの合わせた掌から、一条の光の柱がまっすぐに白いのへ降りそそぐ。巨人の体が頭から爪先まで、まばゆい光に呑みこまれた。悲鳴も断末魔もない。装甲が溶け、骨組みがほどけ、四十メートルの殺戮兵器が、さらさらと、まるで乾いた砂が風にさらわれるように、無数の光の粒となってほどけていく。その一粒ずつが陽を受けてまたたき、ゆっくりと天へのぼり、やがて青のなかへ溶けて、消えた。
あとには、何も残らなかった。
あれほど人々をおびえさせた「白いの」が、たった数十秒で跡形もなく消えてなくなった。
光がおさまると、空にはひさしぶりの青が広がっていた。灰色の雲が裂けて、やわらかな陽がスラムの通りに差しこんでくる。乾いた抜け殻ばかりだった街に、今は生きた人の影がいくつも立ちあがっていた。
ナユタは空を見あげた。こんなに青かったのか。ずっとこの街には灰色の空しかないと思いこんでいた。でも雲の向こうには、ちゃんと青があったのだ。だれかがそれを見せてくれるのを待っていたみたいに。
そのとき、視界のすみで黒いものが動いた。
クオンだった。白いのを失い腰を抜かしていた若い将校が、這うようにして装甲車に乗りこもうとしている。整っていた軍服は泥まみれで、顔は恐怖にひきつっていた。
「ま、待て! まだだ! こんなの何かのまちがいだ! 僕がこんな、虫けらに……!」
わめきながらクオンは装甲車のドアに手をかけた。逃げるつもりだ。この期におよんで、自分だけ。
広場に、長い沈黙が落ちた。
やがて誰かが小さくつぶやいた。「消えた」と。つづいてもうひとり。「あの白いのが」と。その声がさざ波のように広がりはじめる。助かったのだと、みながようやく気づきはじめていた。
エンジンのうなりが響いた。装甲車が砂ぼこりをあげて走りだそうとしている。
ナユタははっと我にかえった。クオンだ。あいつが逃げる。ガンツを子どもらをこの街のみんなを乾かした張本人が、何の裁きも受けずに。
「メモリア!」
呼ぶより早く、少女はもう動いていた。地を蹴ることもなく宙を滑って、走りだした装甲車のゆくてに回りこむ。小さな手をすっと前にかざした。
全速力で突っこんできたはずの装甲車が、見えない壁に当たったように宙に浮いて止まる。タイヤが空回りし、黒煙を吐いた。重い鉄のかたまりが、少女のてのひらひとつで玩具のように宙づりにされている。
「どこへ行くんですか」
メモリアの声はやはり、どこまでも澄んでいた。車内から、クオンのひきつった悲鳴が聞こえる。
ナユタはゆっくりとそちらへ歩きだした。足どりは不思議としっかりしていた。ついさっきまで膝ががくがくと震えて、立つことすらできなかったのに。今は一歩ずつ地面を踏みしめて進める。
この光はもう、誰にも乾かせない。ならば、せめて言ってやらなければならないことがある。顔を見て、はっきりと。逃がしはしない。まだ終わっていない。
放たれた光の余熱が、まだ頬にのこっていた。ナユタは短く息を吐いた。
遠くで、だれかの安堵の声が、かすかに上がった。
お読みいただき、ありがとうございます。
「おれの騎士のほうが、ずっと強い」。このセリフを書きたくて、ここまで書いてきたようなものです。言えて、すっきりしました。次回、逃げようとするクオンに、決着をつけます。




