第4話 光の名はメモリア
ヒロイン、メモリアの登場回です。
失われた記憶から生まれた、光の少女。やさしくて、でも、大切な人を傷つける者には、容赦がない。そんな彼女を、どうか、好きになってやってください。
光がゆっくりと凪いでいった。
まばゆさに慣れた目が、ようやく、その姿をとらえる。
少女が立っていた。
銀色の髪が風もないのにふわりと揺れている。肌は透きとおるように白く、体のところどころが、まるで内側から灯るように淡く光っていた。伏せたまつげの下に、淡い金色の瞳がある。
朝焼けを溶かしたような、やわらかく、まっすぐな色だ。人のようで、人ではない。けれど、人形のように冷たくもない。そこにいるだけで、まわりの空気がやわらかくほどけていくような、そんな不思議な気配をまとっていた。
まわりでは乾きかけていた人々が、少しずつ身を起こしはじめていた。少女の光が届くところでは、吸われた生気が、ほんのわずかずつ、戻ってくるらしい。うめき声があちこちで上がる。だがそれは苦痛の声ではなかった。生きている、という、ただの確認のような声だった。
少女はそんな人々をいちど静かに見わたしてから、ナユタの前に膝をつき、そっと彼の顔をのぞきこんだ。
「やっと会えました」
澄んだ声だった。どこか懐かしい。けれど、誰の声だったか、やはり思いだせない。
「あなたは……誰、なんだ」
声は自分でも驚くほど、かすれていた。恐ろしいという気持ちは、不思議となかった。ただ、目の前の少女から、目をそらすことが、どうしてもできなかった。
ナユタがたずねると、少女はほんの少しだけ、さみしそうに笑った。
「わたしはあなたの想いから生まれました。こんなときでも、だれかを守りたいと願う、あなたのいちばん熱い心。それを種にして、受肉した者です」
少女は自分の胸にそっと手をあてた。その手のひらの下で、光がやわらかく脈打っている。まるで小さな心臓がそこにあるみたいに。
「名前は……そうですね。わたしのなかには、あなたの『守りたい』という想いがつまっています。憶う、という古い言葉。そこから、メモリア、と」
メモリア、と彼女はもう一度、自分で自分の名を確かめるようにくりかえした。
「へんな名前だと、思いますか」
「いや」
ナユタは首を横にふった。
「きれいな名前だと、思う。よく、わからないけど。胸のあたりがあったかくなるみたいな」
その言葉に、メモリアは、きょとんと目をまるくした。それから、くすぐったそうに、ほんのわずか頬を染めた。人形のように整った顔に、はじめて、年相応の少女らしい表情がよぎる。
「……そう、ですか。ありがとう、ございます」
メモリア。
その名を聞いた瞬間、ナユタの胸の奥が、ずきりと痛んだ。古い鍵が、ひとつ、奥でまわったような。ただ、目の前の少女が、自分のいちばん熱い場所から生まれたのだということだけは、理屈ではなく、わかった。
「おれ……あんたを呼んだとき、頭の奥で、なにかの鍵がかちりと鳴った気がした。……でも、その奥にあるはずのもんが、まだ、ちゃんと思いだせねえんだ」
ナユタの声が震えた。守れたはずなのに。みんなを助けられたはずなのに。なぜか、涙がこぼれた。
メモリアはそっと手をのばして、その涙をぬぐった。細い指先が頬にふれる。あたたかかった。光でできているはずなのに、その手は、たしかに人のぬくもりを持っていた。
「いいんです、今は思いだせなくても。その鍵は、これから、ひとつずつ外れていきます。……あなたが、前へ進むたびに」
少女はふわりと微笑んだ。
「あなたは、これから力を取り戻していきます。わたしは、そのとなりにいます。だから、泣かないでください。わたしはあなたと戦うために、生まれてきたんです」
その言葉が不思議なほど、すとんと胸に落ちた。
失ったものは消えたわけじゃない。かたちを変えて、今、ここにいる。そう思えたとき、胸の穴に、ほんのりと熱い何かが、ともった気がした。
少女のまとう淡い光が、泥と埃にまみれたナユタの頬をほのかに照らしていた。
ふと頭の片隅で、機械の声がささやいた。アーク・ドライブの、あの澄んだ女の声だ。
『彼女はバーチャドール。正の感情を力に変える、受肉兵器です。白いの──リアルドールの、対になる存在。はるか昔、争いを知らなかった人たちが遺した、祈りのかたちです』
「祈りの、かたち……」
『あなたの血に眠る力が、彼女を支えます。そしてあなたの幸福が、彼女の糧になります。あなたが笑えば、彼女は強くなる。あなたが悲しめば、彼女は弱くなる。おぼえておいてください。彼女の力の源は兵器でも、憎しみでもありません。あなたの、今の幸福です』
ナユタはメモリアを見た。
この少女を強くするのが、怒りでも憎しみでもなく、自分の幸福だというなら。それはずいぶんと、やさしい兵器だと思った。
「──おい」
頭の上から、苛立った声が降ってきた。
クオンだった。装甲車の屋根の上で、若い将校が、いまいましげにこちらを見おろしている。さっきまでの余裕はすっかり消えていた。
「感動の再会ごっこは済んだか? まったく、不愉快だ。虫けらがわけのわからん光の玩具を出したくらいで、ずいぶんと調子に乗る」
クオンは装甲車から飛びおりると、つかつかとこちらへ歩いてきた。整った顔が不快そうにゆがんでいる。自分の理解のおよばないものを前にした者の、苛立ちと、かすかな恐れ。
「言っておくが僕はね、イレギュラーが大嫌いなんだ。世界はきちんと、上と下に分かれていなきゃいけない。狩る者と、狩られる者。支配する側と、される側。それが秩序というものだ。なのに、お前みたいな下の虫けらが、妙な力を持つと、こう、ぞわぞわするんだよ。気持ちが悪い」
クオンは吐き捨てるように言うと、指を鳴らした。白いのが三たび腕を掲げる。先ほどより、さらに大きな光が、手のひらに渦巻いていく。広場をまるごと消し飛ばすつもりだ。
ナユタはとっさにメモリアをかばおうとした。
「メモリア、逃げ──」
だが少女は、静かに立ちあがっていた。
その横顔を見て、ナユタは、言葉を失った。
さっきまで、あんなにやわらかく微笑んでいた少女の顔から、いっさいの甘さが消えていた。氷のように冴えた、研ぎすまされた表情。その瞳にはクオンと白いのだけが、まっすぐに映っている。
「ナユタさん。ひとつだけ、聞かせてください」
「え……?」
「あの人たちはあなたの大切なものを傷つけましたか」
ナユタは倒れたガンツの姿を思いうかべた。隻腕で、拳銃をかまえて、最後まで立っていた老人。生きろ、と言い残して逝った、死にぞこないの背中。路地の子どもらの、小さな手も思いうかべた。水をわけあって生きてきた、この街のみんなの顔を。
両親の顔は、まだ封じの向こうで思いだせない。けれど、今まさに目の前で踏みにじられたものたちの痛みは、はっきりと胸に残っている。
「……ああ。たくさん、傷つけた。おれの、大事なものをめちゃくちゃにした。あいつは笑いながら、人を乾かした。遊びみたいに、命を」
メモリアの髪がふわりと逆立った。体の輝きがいちだんと強くなる。彼女のまとう空気がやわらかなぬくもりから、張りつめた圧力へと、音もなく変わっていった。地面の砂が彼女を中心に、くるくると渦を巻いて浮きあがる。
少女は白いのを見あげて、静かに告げた。
「わかりました。ではわたしが、お返しします」
その声はどこまでも澄んでいて、だからこそ、ぞっとするほど、冷たかった。やさしい少女の声のまま、そこには、いっさいの迷いがなかった。
ナユタはふと思った。彼女は自分のために怒ってくれている。おれの熱い想いから生まれた少女が、今、自分の痛みを自分のことのように背負ってくれている。それがたまらなく、ありがたくて──そして、少しだけ、こわかった。
クオンの顔から、血の気が引いていくのがわかった。装甲の巨人の陰で、はじめて、若い将校が、一歩、あとずさる。
「な……なんだ、その圧は。おい、やれ! さっさとそいつを消せ!」
白いのの手のひらで、破壊の光が、臨界に達する。空気がきしみ、耳が痛くなるほどの高い音が、広場に満ちていく。あと一瞬で、すべてが白く塗りつぶされる。
だがメモリアは、動じなかった。
少女はナユタのほうをちらりとふり返った。そして、いたずらっぽく、ほんの少しだけ、笑った。
「ナユタさん。よく、見ていてくださいね」
そして、すっと右手を天にかかげた。
その指先に、小さな、けれど、太陽のように眩い光の珠が、生まれた。
ナユタは思わず息を呑んだ。こわいとは思わなかった。ただ、きれいだと、思った。あんなに恐ろしかった世界のまんなかで、たったひとつ、迷いのない光が、灯っている。
その光がこれから何をするのか、ナユタにはまだわからない。ただ、もう、この街は、昨日までの街ではなかった。
読んでくださって、ありがとうございます。
メモリアという名前は、ずいぶん悩んで決めました。思い出から生まれた子なので。次回は、いよいよ、彼女の本気。派手に、いきます。




