神の理
「貴様の最後の言葉はそれでいいか?」
リマーナはルワンナのこめかみに指をめり込ませた。リマーナの指の先端部分がボコボコと波を打ち始め衝撃波を放つ準備をしている。
「小娘の命はこれで…」
リマーナが話している途中だった。まだ、リマーナは顔に笑みを残したまま、リマーナの片腕が飛んでいった。
リマーナは無くなった腕を確認するように腕の断面に視線をやった。その後、後方の飛んでいった腕を見た。
「ちっ! これが光の魔法か!」
レオンは瞬時にリマーナの後方へ移動していた。そして、振り向いてリマーナに言った。
「リマーナ!」
「なんだ!」
「不死の力を得ても幸福にはなれない」
リマーナはそれでも首を横に振る。
「いいや、死の恐怖を克服した先に本物の幸福は待っている」
リマーナは失った腕を見ながら笑う。
「見ろ! この腕ももうすぐ生えてくる。これが神の力だ」
しかし、腕は再生しない。
「リマーナ、不死の力は僕の前にではもう使えない。聖なる光の力の前にお前の能力は通じない」
「な、なんだと」
レオンは凛とした眼差しでリマーナを見る。
「天使から授かった聖なる光はお前の野望を打ち砕くためにある」
「そんなわけがあるか! クソ! クソ! クソ!」
リマーナは無くなった腕を何度も振って、腕が出てこないかどうか試すが断面からの血以外何も出てこない。
リマーナはうずくまり始めた。何か力を込めているように。
「舐めるなよ! クソガキがぁ!」
リマーナの左肩がボコッと盛り上がり始めた。次に右肩。何かがはち切れて飛び出してきそうなように盛り上がっている。それは、肩だけでなく、腹や胸、背中全ての部位がゴムのようにボコボコと盛り上がる。
リマーナが変形を始め、腕が緩んだ隙にルワンナはレオンの元へ走って行った。
盛り上がった箇所から針のような先の鋭い足が生えてきて関節のように折り畳まれて地面に着地した。それが八本リマーナの体から出てきた。
リマーナの体は中央部に胴体が存在し、その胴体から蜘蛛のように細長い足が八本生えている。手足は一本一本細いが高さはレオンたちが見上げるほどで三メートルはあった。
リマーナの黒目はなくなり白目を剥いた状態になっている。そして、よだれを垂らしている。もはや本人はよだれを垂らしていることに気がついてない様子だった。
リマーナは前足を持ち上げてレオンたちに突き刺そうとした。
レオンはルワンナを抱き抱えて横に飛んで交わした。
リマーナが攻撃した箇所は大穴が開いており、城の屋根を貫通して建物の内部が見えるまでの威力があった。
レオンは聖なる光を包んだ剣を構えて、リマーナの前足を切り落とした。リマーナはバランスを崩して倒れそうになる。しかし、
「貴様の光の魔法はもう通用しないよ」
リマーナはよだれを垂らしながらそう言うと、レオンが切ったはずの前足が再生し始めていた。
「くっ! なんでだ! 確かにさっきまで攻撃が通っていたはずなのに!」
またリマーナはよだれを垂らしながら口角を上げてケタケタと笑い始めた。そして、言った。
「私の研究は間違っていない。不死になることは人間の最も望む姿であり、幸福の究極系だ」
レオンはリマーナが仕掛ける前足の攻撃の嵐を掻い潜り、リマーナの顔のすぐそばまできた。そして、もう一度上から下へ剣を振り下ろし、顔に確実に攻撃を当てた。
リマーナの顔は真っ二つに割れた。斬撃は腰の辺りまで通っており割けていた。
しかし、リマーナは顔が真っ二つになりながら喋る。
「貴様の攻撃はもう通用しない。私は魔法の新の境地に至った」
攻撃してレオンが着地したところをリマーナは細長い前足で払うように蹴りを入れた。レオンの体が人形みたいに軽く飛ばされ、コンクリートでできた建物の壁に背中を打ちつけた。その間にリマーナの半分に割れた顔は修復していった。
「さあレオン、もう一度言う。私の術式に戻りなさい」
壁際に横たわるレオンにゆっくりと近づくリマーナ。レオンは剣を地面に刺して杖代わりにしてなんとか立ち上がる。
レオンは口から出ている血を手の甲で拭った。
ただレオンの意志は堅かった。
「それはできない」
「こうしてもか?」
リマーナはムフフと笑みを浮かべながら細い前足でルワンナを蹴り飛ばした。あまりの攻撃スピードの速さにレオンもルワンナも全く反応ができなかった。
リマーナに蹴られたルワンナは地面を滑り建物の壁に背中を打った。
レオンは飛ばされたルワンナの方へ走って行った。しかし、その横をリマーナは風のように一瞬で通り過ぎていった。もはや人のスピードではない。
「こうしても…」
リマーナはまたルワンナを細い足で蹴った。レオンはルワンナを前にして立ち止まる。
そして、ルワンナの軽い体は簡単に持ち上がり、ボールのように壁にまた背中を打ちつける。
「こうしてもか?」
また、リマーナはルワンナの腹を蹴りルワンナの口からは血が出ている。そして、また壁に背中を打ちつける。
「辛いか? 貴様が術式に戻るまで何度でもやってやる」
レオンが剣を持ってリマーナの前足を斬りかかろうとするが他の足がレオンの攻撃を防御する。その間にリマーナは前足でルワンナを何度も何度も蹴り続ける。
そして、ルワンナはレオンとリマーナに背を向けたまま動かなくなってしまった。
「ああ、死んじゃった。可哀想に…可哀想に」
リマーナは声色を高くしてそう呟いた。
「もう戻らない命、命。可哀想に…」
レオンに聞こえるように。レオンに向けて。わざとらしくそう言った。
「リマーナ! お前!」
レオンは再び剣を構える。リマーナは細長い足で雨のように降り注ぐ連撃を繰り出す。レオンはそれをかわしそして、斬撃でリマーナの足を切断していく。そして、ルワンナがいるところへ滑り込んだ。
再びレオンはリマーナに向けて剣を構える。今度は背後にルワンナがいて、レオンの前方にリマーナがいる格好になる。
レオンはルワンナの元へ駆け寄る。そして、体をゆすった。
「ルワンナ! ルワンナ!」
ルワンナの反応がない。
(お母さん、お父さんなんでここに? 私は一体どうしたのかしら。これは…昔の記憶だわ)
父は生物研究者、母は王都で治癒魔法師。その間に生まれたのが私、ルワンナ。
ある日、私は家の庭で羽を折った小鳥を見つけた。
幼い頃の私はその小鳥を見てふと思った。
「お父さん、この子もう飛べないのかな? このままずっと苦しいままなの? 助からないならこの子かわいそう」
父は首を横に振った。そして、私の頭に手を添えて言った。
「ルワンナ、たとえ小鳥でも一生懸命に生きようとしている。そのこと自体が尊いんだよ」
父は庭にいる小鳥を両手で優しくすくって、母親の元へ持って行った。
小鳥は傷ついた羽を何度もバタバタと動かして今すぐにでも飛ぼうとしているけど、飛べないでいる。きっと、気持ちだけはもう空を飛んでいるけど体がついてこないような感じだった。
すると、治癒魔法師の母はその小鳥に両手をかざした。両手からは緑色の光が出て羽を折った小鳥はみるみるうちに回復していった。
母は指先に小鳥を乗せて空へ向かって放った。そうすると小鳥は飛ぶ瞬間を待っていたかのように大きな羽を広げて空高く羽ばたいて行った。
この瞬間が今も忘れられない。私の母が小鳥の命を救った救世主みたいでかっこよかった。
だから、この時私は誓った。
私も母のような治癒魔法師になって多くの命を救いたい。あの時の小鳥のように生きようとする命を救いたい。
ある日、私は母が働く場所を見学しに行ったことがある。
母は何台もベットが並ぶ部屋でひっきりなしに患者さんからの助けを求められるような部屋で働いていた。母と一緒に働く治癒魔法師の人たちも皆忙しそうにしていた。
私は母と一緒にある老人のベットの前にいた。
この老人は病に侵されていて余命いくばくもない命だった。母はこの老人のために最善の手段を尽くしたが病状が改善することはできなかった。
その老人は母の手をそっと握って一言言った。
「ありがとう。あなたが私に尽くしてくれたことはあの世に行っても決して忘れないよ」
母はその手をそっと握り返した。そして、その老人は気持ちよさそうに息を引き取った。
そして、私は母に聞いた。
「お母さんでも助けられない命はあるの?」
母は老人の手を握りながら微笑む。
「助けられない命はあるわ。命には必ず終わりがあるの。でもね…」
そして、母はしゃがんで私と同じ目線になる。
「最期まで一人じゃないように寄り添うことも、治癒魔法師の勤めなのよ」
私はこの時、命を伸ばすことだけが治癒魔法師の仕事じゃないんだってわかった。命自体を尊び敬うことが治癒魔法師の勤めなんだって知った。
私は治癒魔法師になりたいと母に言ってから母からたくさん魔法の使い方を教わった。時には、分厚くて難しい魔法書を読むこともあったけど母みたいになれるならと読むことも全く苦にはならなかった。
ある日、あの時と同じように私は羽を折った小鳥を家の庭で見つけた。今度は私がその小鳥に自分で学んだ治癒魔法をかけてみた。すると、小鳥の羽は治って空を飛べるようになった。小鳥は私の頭の上に乗って元気にチュンチュンと鳴いた。
あの時助けた小鳥のことは今でも鮮明に記憶に残っている。
そして、私は初めて命を救ったような気持ちになった。
それ以来、私は猪やウサギ、小鳥に犬や猫など怪我を負った多くの動物に治癒魔法を使った。色々な動物を治していると、うちに何匹か遊びに来たりもした。あの時は、うさぎが木の実を持って私のところに訪ねてきて置いて行ったのを覚えてる。きっとお礼をしにきたのね。あの時は嬉しかったな。
ある時、母が私に言った。
「ルワンナは小鳥のような小さい命にも人間のような大きな命にも寄り添い得るような優しい子になったわね」
「どうしたの急に?」
「ルワンナに教えてる治癒魔法だけど、この魔法は傷を癒すためだけの魔法じゃないの」
「どういうこと?」
「命を本来あるべき姿へ還す魔法なのよ」
「命の本来の姿。猫は猫にウサギはウサギに人は人に。神様がくれた本来の姿に直してあげるのが治癒魔法の本質なの」
「お母さんおかしなことを言うのね。皆、そうやって生まれてきてるはずよ」
私は自分が着ている服の襟を持ち上げて言った。
「私は人間として生まれて、そして生きてるじゃない」
母はしゃがんで私と同じ目線に立った。そして、両肩を掴んで言った。
「魔法はね神様が私たちにくれた力なの。神の理を超えてはいけないのよ」
「変ねお母さんったら急にそんなこと言うなんて」
あの時はそう思っていた。人は生まれながらにして人であり神の理のもと生死を決める。
でも、今は母の言ったことがわかる。魔法が悪用されて今、神の理を崩そうとしている魔女がいる。
「もし、ルワンナがそんな悪い人を見つけた時、どうしても戦わなきゃいけない時、神様から特別な力を授かる方法を教えてあげるわ」




