戦う
小さい頃の記憶だった。
父上に何度か連れていってもらった場所がある。
僕たちが住んでいる城の地下は大切な儀式を行うときだけにしか使わないから入ってはいけない部屋があると父上からよく言われた。
ある日、その儀式を行うから地下に行くと父上から言われて二人で行ったことがある。
僕は父上の大きな手を握りながら城にある地下へ続く扉の前まで来ていた。
父上は言った。
「ここから先は王家のみが入ることを許された聖域だ」
父上は扉を開けた。
すると、さらに下へ続く階段が並んでいた。父上が松明で辺りを照らしてくれているが、一番下は暗くて見えない。
僕は暗闇の中を進んでいくことに怖さを感じていたが、父上は当然のことのように地下へ続く階段へ進んで行った。
階段を下りきるとさらに扉があり、鎖で施錠されていた。父上は鍵を取り出し、施錠を解いた。
扉を開くとそこには泉があった。泉の手前は大理石が地面に敷かれており、奥には白い大理石が段々に積み重ねられており、奥の泉から段々を伝って手前の泉に透き通る水か流れていた。
地下なのに空気は驚くほど澄み渡っていて、耳を澄ませば水のせせらぎだけが静かに響く。その神々しい景色は天界の一部をそのまま持ってきたかのようだった。
父上は泉の前で正座した。僕も父上を真似して正座して座った。
次に父上は何か言葉を呟きは決めた。呪文のような言葉で僕はあまり聞き取れず、そのまま手を合わせていた。
しばらくすると、正面にある泉がぼこぼこと泡だち始めた。
「レオン、よく覚えておきなさい。フォンツ王国王家の血は特別だ」
そう言うと、父上はナイフを取り出して手のひらを少し切った。父上の手からは血が滴り落ちる。父上は手を握ったまま、自分の血を一滴泉に垂らした。
すると、水面から二人の人物が浮き出てくるようにして姿を見せた。
二人はそれぞれ男性と女性で二人とも頭の上に光の輪っかがあり、白い翼が背中から生やしていて神々しく輝いている。その姿は、天使だった。
天使の存在は王城にある図書室で読んだ本によると架空の存在とされていたが、僕は初めて天使の存在を知った。
女性の天使が言った。
「久しいな、レオニス」
父上は深々と頭を下げた。僕も横目で見ながら真似して頭を下げる。
「レオニカのことは残念であったな」
レオニカ…母上の名前だ。僕が生まれてすぐに亡くなってしまったと聞いたけど。この天使は母上が亡くなったことを知っていた。
次に男性の天使が言った。
「その子が呪いの子か」
「はい。どうかこのレオンの呪いを解くことはできないでしょうか?」
男性の天使は言った。
「強力な呪いだ。王家の血を利用し、感情を蝕んでいる。私たちには解くことはできないだろう」
「…そうですか」
父上は項垂れたように肩を落とした。
「しかし…」
女性の天使が話を続けた。
「しかし、この子に魔女と戦える力を授けることはできます。己の力でこの呪いを解くことになるでしょう」
父上は僕に立ち上がるように指示をして、僕は立ち上がり一歩前へ出た。天使の二人に近づいたとき清らかな光が体を包んだ。二人の天使は見上げるほど大きかった。
女性の天使が僕の頭に手を添えた。天使の手は光を放ち、そしてとても暖かかった。脳天から何かが体の中へ流れていくのを感じた。実際に何かが流れていたわけじゃないかもしれないけどそんな気がした。
女性の天使は言った。
「あなたに力を授けます。しかし、まだ私たちの力を使うことはできません」
「どうしてですか? 僕は王子なのに」
「あなたの心はまだ答えを見つけていないからです」
男性の天使が次は口を開いた。
「その光はあなたが本当に生きる意味を見出したとき、目を覚ますでしょう」
「生きる意味?」
その日以来、僕は生きる意味をずっと考えてた。
でもわからなかった。なんのために生きるのか?
その代わり、茫漠とした心の不安だけが日に日に大きくなり自分が生きている意味も価値すらもわからなくなるだけだった。
不安の波はどんどん大きく押し寄せてきて僕の心を飲み込んでいく。
だから、一人で自死しようとした。不安から逃れるために魔女の手によってイドニラで一時的な快楽に逃げようとして薬漬けになった、自分の心の闇と向き合わず何度も逃げようとした。
でも、最近少しだけど生きる意味のようなものを見つけ始めた。
命の価値を教えてくれる人に出会ったからだ。
人はいつか死ぬ。だからこそ命は尊い。有限であることの貴重さを知った。
だからこそ、僕は今を生きる。今という瞬間を大事にしたい。ルワンナと一緒にいたい。
リマーナに引きずられるレオンは剣を握る力を再び強めて地面に突き刺した。
リマーナは地面に引きずっていたレオンが動かなくなり前のめりで躓きそうになった。
リマーナはレオンに視線を移す。
血だらけになりながらレオンは剣を杖の代わりにして立ち上がる。
あの時、男性の天使は僕に力を授けたあと言った。
「あなたが生きる意味を本当に見つけたのならこう唱えなさい。これは王家のみが使える特別な魔法です」
男性の天使はある呪文を僕に教えてくれた。
レオンは剣を天高く掲げる。
レオンが持っている剣は青く青く広がる空を写し出す。
そして、レオンは唱える。
「エルピス!」
すると、天から注がれるように光が落ちてきて剣を包み込み始めた。そして、鋭く輝く。剣は聖なる光を纏った。
「貴様、闇を克服したな!」
リマーナは眩しそうにして片方の手で顔を隠して、指の隙間からレオンを睨みつけた。
「リマーナ! 諦めて降参するんだ」
「黙れ! クソガキ!」
レオンは切先をリマーナの方へ向ける。剣は聖なる光に包まれている。
「ルワンナを解放しろ」
「解放するものか! せっかく取った人質だ」
リマーナは人差し指と親指を立てた。そして、人差し指をルワンナのこめかみに突きつけた。
「レオン、私の術式に戻りな。そしたらこの小娘は離してやる」
すると、ルワンナはレオンに向かって叫んだ。
「私のことは気にしないで! レオン王子! 魔女を倒して」
レオンは首を横に振る。
「全部救う! ルワンナの命はここで失っていいのもじゃないだろ。命は有限だからこそ美しいって、そう教えてくれただろ?」
「…レオン王子」
「僕は生きたい。ルワンナと共に生きたい! だから、絶対死なせはしない!」
ルワンナはハッとした表情になった。ここは城の屋上、強い風が吹いている。ルワンナの髪を靡かせた。
「戦いましょ! レオン王子」




