欲望
レオンは目を覚ました。レオンの視界にはまず岩のようなものに術式が書かれたものが目に映った。
次に手や足を動かそうとした。しかし、体は自分の思う通りに動かない。何か粘着した物体が自分の背中や腕を張り付けている。体勢からして自分は寝かされた状態であることがわかった。
あたりは薄暗い。松明の光がなければ天井の術式さえ見えないほどだった。
そして、自分は人の形を模った穴のようものに大の字に体をはめられていることにレオンは気がついた。レオンは視線を横に移した、自分を形を模った穴のようもの表面は岩のようなものだった。
すると、レオンは自分の体がはめられた岩が地面と垂直に起こされたことに気がついた。そして、前方の景色が明らかになった。
体を起こすとそこは円形の部屋だった。下方に視線を移してみると地面にも術式のようなのもが書かれている。レオンの視界の両脇では松明の光がゆらゆらと揺れている。
そして、前方には二人の人物がいた。
一人は黒ローブを身にまとい年齢はレオンと同じ十代後半の女性。透き通るような白い肌にしなやかな指先。艶やかな黒髪を背中まで流している。もう一人は、
「タブ爺!」
「…」
なぜかタブ爺はにがむしを噛み潰したような表情をする。
「ルワンナはどこに行ったの? 連れ去られてしまったんだ!」
「…」
タブ爺が黙る代わりに隣の女性が答えた。
「きっと生きてるはずだよ。殺しはしないさ」
静謐な声だった。透明感があり品がある。どこかの女王様だろうかと思うほどだった。その女性は続けて言った。
「自己紹介が遅れたね。私はリマーナ。君に呪いをかけた魔女だよ」
レオンは大の字の穴からなんとか出れないか腕や足に力を入れるが背中や手足が壁と吸着しており穴から出られない。しかし、レオンは期待を込めてタブ爺に言った。
「タブ爺! リマーナだよ、早く倒そう!」
タブ爺はしばらく黙ってぼそっと呟いた。
「うるさいわ。ボケカスが…」
「え?」
「ささ、リマーナ様。準備は整いました。早く不死身の力を手にいれるための儀式を行いましょう」
媚びるような声音だった。
タブ爺は魔女リマーナに手をこねながらそして、にこやかにそう言っていた。
「…どういうこと? タブ爺」
タブ爺は呆れたように「あーもー」とついに痺れを切らして口を開いた。
「術式が移動できるか! ボケカスがぁ!」
タブ爺は勢い余って大量に唾を飛ばしてレオンに言った。普段目を瞑ったような目をしているタブ爺は珍しく目を見開いていた。
「術式?」
レオンは理解した。自分が今、術式の真ん中で拘束されていることを。
そして、レオンはもはや半笑いである。何が起こったのかわけがわからないため、
「術式は…動かないね…」
ただタブ爺が言った事実をなぞった。
何かおかしな冗談でも言うようにぽつりぽつりとレオンはそう言った。
「おまえさんをここまで連れてくるのにどれだけ苦労したと思っておる! もう、大変じゃったんじゃぞ」
タブ爺は身振り手振りがどんどん激しくなってくる。体全体を使って今の怒りをレオンにぶつけようとしている。
「お前は希死念慮に駆られ勝手に自分で自分の命を経とうとするし、体を治すのにどれだけの魔力を使ったと思ってるのじゃ!」
「待って、あの時助けてくれたのって純粋にタブ爺が助けてくれたんじゃないの?」
「んなわけあるか! アホ! ここにお前を連れてくるために死なれては困るからじゃ!」
「そんな…信じてたのにタブ爺にならなんだって相談できると思ってたのに…。なんでそんなことするの? アーサーやダルマさんだって命をかけて戦ってくれたんだよ?」
「知るか! 他人の命より自分の命じゃ。ああ、この際だからついでに言っておくがジョーとガルディを呼んだのもワシじゃ。今、リマーナ様は弱体化されておる。故に、リマーナ様お一人でアーサーとダルマを相手することはできんからのう。奴らにはあそこで消えてもらった」
タブ爺は肩にかけている小さなカバンから伝書鳩を一羽取り出して、その場へ放った。伝書鳩は、円形の部屋の出口から出て行きどこかへ飛んでいった。
「ほれ、この通り。伝書鳩でやり取りしておった」
「迂回ルートで行くことを伝書鳩を使ってばらしたのもタブ爺なの? そのせいで何人もの兵士が死んじゃったんだよ」
「ああそうじゃ。言ったはずじゃ、多少の犠牲はつきものじゃと。お前さんは誰かがきっと助けてくれると思っておるんじゃろ? 考えが緩いわ」
タブ爺は「ああそうだ」と前置きしてさらに続けた。
「魔女討伐隊なんてものを作らせようとけしかけたのもワシの作戦じゃ。そうすれば魔女討伐を理由にお前さんをこの場に連れてこれるからのう。全てワシの予定通りことが運んでおる。あとは、お前が犠牲になってワシらに永遠の命を…」
タブ爺が途中まで言いかけた時だった。
「なんでよ…なんでよタブ爺。なんでこんなことをするんだよ!」
レオンの目には涙を浮かべている。今にも大の字に体を埋め込まれたところから飛び出しそうだが、吸着してレオンは身動きが取れない。その分、拳を強く握った。
「レオン王子。最後じゃ、教えてやろう。ワシは言ったのう、これまで長い間旅をしてきたと」
レオンは頷く。
「ワシが長い旅の中でなぜ不死身に興味を持ったかそれは…」
大事なことを言うようにタブ爺は一度、言葉を遮ってから続けて言った。タブ爺はとても真剣な顔つきになった。
「歳をとってくれば健康にも問題が出てくる。そうすれば酒がたらふく飲めなくなるじゃろう? それに、いい女ともセックスができなくなるじゃろ? な? それは残念なことじゃろ?」
タブ爺はまるで共感するだろ? とでも言わんばかりに語尾を強めてそう言った。
タブ爺はよだれを垂らして、もうすでに願いが実現したかのように自らが妄想していることに酔っているようだった。
「このまま老いていくのは嫌じゃ! 嫌じゃ! もっと酒飲みたい、もっと女とセックスがしたい。もっともっと快楽の海に溺れていたいのじゃあああああ!」
タブ爺は期待に鼻の穴を大きく膨らまして大きく息を吸った。そして、また真剣な顔つきに戻って淡々と話し始める。
「そして、魔女がいるヴェルヘルム王国を旅していた時じゃ、リマーナ様に出会ったのは。不死身の肉体を他に入れるための実験をされておった。ワシは、これが神のお導きだと思った。出会うべくしてワシはリマーナ様と出会い、手に入れるべくしてワシは不死身の力を手にいれ…」
「タブ爺」
「なんでしょう? リマーナ様」
リマーナはタブ爺に向けて右手を左から右へスライドする動作をした。すると、タブ爺の首を空気のカッターのようなものが瞬時に通過した。
「え? リマーナ様」
タブ爺の胴体から首がずり落ちながら、
「ワシの不死身の夢は?」
小さなタブ爺の首はコロンと地面に落ちて少し転がった。
「少ししゃべりすぎだ、タブ爺」
静かな声でリマーナは言う。
そして、タブ爺はやがて胴体も崩れ落ちるようにして地面に着く。




