MCダルマとDJカゲ
ガルディは拳を振りかざし、簡単にMCダルマのバリアを破壊した。
MCダルマは喉を抑えて、ゆっくりと近づいてくるガルディを睨め付ける。
「君は本当に達磨そっくりだ。まん丸の黒い瞳、扇状に生えた勇ましい髭。残念だよ、その顔も今日で見納めだ」
ガルディが頭を低い位置にして両腕を持ち上げて上腕二頭筋に力をこめて力こぶを作るポーズをしてから、今度はゆっくりと胸を張り、腕を組むように力を込める。胸板は鎧のように張り出して、上腕二頭筋は岩の塊のように膨れ上がる。一通りのポージングを終えた後、手をパーに開いて、大きく腕を引いた。
「形だけでも残るといいな」
ガルディは片手をぐっと引いた。そして、そのままビンタするようにMCダルマめがけて大きな手のひらが接近している。MCダルマは避けられそうになかった。攻撃が当たるのを覚悟して、手で自分の顔を守る姿勢をとった。
バチン!
攻撃はMCダルマには当たらなかった。MCダルマは誰かに押し出されて攻撃をかわしていた。そして、爪楊枝のような細長い人影が飛んでいくのをMCダルマは見た。
「…カゲ」
DJカゲがMCダルマを庇って攻撃を受けたのである。
「……」
壁にめり込んだDJカゲは、なおも、めり込んだまままだ機材を用いてスクラッチするような動作をして演奏を続けている。仮面の下からは赤い血が滴り落ちている。
トントンタン、トントンタン、トントンタン。
「そっか、まだ諦めきれねえよな。カゲ」
ガルディは肩をすくめて首を横に振る。
「理解できないね。もう諦めて降参するべきだ喉も限界だろう」
MCダルマが何か言葉を口にしようとした時だった。棍棒のような足がMCダルマの左頬を襲った。
MCダルマは人形みたいに吹き飛ばされ、廃ビルの柱に体を打ちつける。
「ハハハ、なんだかイライラしてきたぞお」
ガルディは綺麗なスキンヘッドを一度手で拭った。それから巨体を瞬時に移動させ横たわるMCダルマの元へ移動した。そして、MCダルマが背中を預けている柱に向かって力強く壁ドンをする。柱は手のひらの形に大きく凹んだ。そして、ガルディはMCダルマの腹を蹴った。
「諦めないこととしつこいことは同義ではないぞ。貴様は後者だ」
もう一度、蹴る。またもう一度、蹴る。
(イテェ、声を出したいのに喉がやられて声がでねぇ。…意識が遠のいてく)
音の国メロディア王国ではラップで魔法を使う奴は異質だった。ましてや他人をディスって攻撃するなんて、本物の芸術じゃないとまで言われた。
一人でぶつぶつとラップを言ってると変人扱いされた。当然、俺の周りから人が消えていった。ひとりぼっちになった。それでもよかった。
構わない、俺はラップが好きだ。言葉に気持ちを乗せてそれが魔法になるなら最高の気分だ。
暇さえあればリリックを作成して自分の音楽性を研鑽していった。
俺にとってラップは魂だ。命の叫びがラップだ。
不死身? 冗談じゃない。死ぬことも含めて人生という芸術だ。
芸術には必ず終わりが存在する。そして、新たな芸術が誕生する。
永遠に同じことを繰り返すことを芸術とは呼ばない。
ある日、いつも通り人目のつかない路地裏で一人でラップをしてる時だった。
「…」
一人の人物が俺のラップを聞いていた。
「なんだよ。お前も俺を変人扱いするつもりかい?」
「…」
そいつは何も喋らなかった。そいつは棒人間みたく細いやつで仮面をしてる。黒いタイツみたいなのを履いてて、仮面は三日月型に目の部分と口の部分がくり抜かれた白い面だ。
そいつは俺がラップをしてると毎日来ては何も喋らねえ。
ある日そいつは大きなリュックを背負って俺のところに来た。
「おい、お前なんのつもりだ。毎日来てはなんも喋らねえで」
俺はそう言ったがそいつは徐にリュックから機材を取り出し、音楽を奏で始めた。その音楽は俺が毎日ラップをしている時と同じリズム、テンポの曲だった。そいつは、俺のために曲を作ってきたんだ。こいつは毎日俺のラップを聞いて学んでやがったんだ。
こいつのメロディに乗せて放つラップは控え目に言って脳汁が出るほど俺の音楽的感受性を強烈に刺激した。
生きてるって感じがした。一人で悶々と創作している時には辿り着けないような境地だ。俺は新しい音楽の形を手に入れた。
こいつの音楽が良い。
こいつのメロディじゃなきゃ俺はラップしねえ。決めた。
後に、そいつの名前は俺が「カゲ」と命名した。影でこそこそ行動するのがこいつの特徴だからだ。
ある日俺はそいつと路上ライブをしているとき、毎日一人だけ最前列で聴いてくれる少女がいた。その少女は俺たちのことを笑ったり蔑んだりせずただ静かに聴いている。
そして、その次の日少女は初めて笑って俺たちへ拍手した。
「ありがとう。今日が一番楽しかった」
そう言い残して去っていった。
その少女は翌日俺たちのライブには来なかった。代わりに来たのは少女の母だった。
母は一冊のノートを持っていた。そのノートは少女が毎日つけていた日記だという。
そこに書かれていた一行。
「あのお兄さんたちの音楽を聴くと、生きててよかったと思える」
そう書かれていた。
俺は初めて知った。自分の音楽が他人の生き様に影響を及ぼしていたことを。
その母親は言った。少女の最期の顔はとても美しかったと。
俺は確信した。人の命は短い。だから今日歌う意味がある。
音楽ってのは魂の叫びだ。魂は有限だからこそ価値がある。無限に存在するものの魂の叫びは軽い。無限と有限じゃ重みが違え。
俺は人のために音楽をやる。いや、やり続ける義務がある。
そうさ、俺はそうやって音楽で人の心を動かし続けてきた。それで集めたのがソウルメイトたちだ。
終われるかよ。俺はまだ死んでいいほど音楽やってねえだろうが。




