アーサー
「どうだぁ、お前もリマーナ様の血が欲しいんじゃないのか? もし、血があれば回復してるぞぉ」
アーサーはそれでも首を横に振った。左腕から滴り落ちる血が乾いた地面を黒く染めてゆく。
「確かに便利な力だ」
アーサーはそう呟くと、ジョーをまっすぐ睨みつけた。
「だが、それは武じゃねえ」
ジョーは笑みが消えて真剣な顔つきになる。
「何ぃ? 俺の武が間違ってると言いてぇのかぁ?」
「あーそうだよ。武とは、自分の命を懸けて磨き上げるものだ」
アーサーは残った右腕で地面に落ちる剣を拾い上げて静かに構え直した。
「死なない体に頼って手に入れた力は本当の強さじゃない」
ジョーは大きくため息をつく。
「兄ちゃんよぉ。結局お前も命が惜しいからそう言ってるだけだろぉ」
「違う」
アーサーは即座に否定した。
「じゃあお前さんで証明してみなぁ」
ジョーはアーサーへ走り出した。剣は炎の渦で包まれている。アーサーもジョーへ向かい撃つ。
アーサーは右腕一本でジョーの剣を止めた。
「脇が甘めぇ!」
アーサーはジョーの丸太のような左足の蹴りを脇腹にくらった。アーサーはよろけて地面に膝をついた。
ジョーは剣を地面に突き刺した。
「お前みたいなのはぁ、じっくりと分からせるのに限るぅ」
ゆっくりとアーサーの元へ歩を進めてやがてアーサーのすぐそばまでジョーは来ていた。
まず、顎に蹴りを入れた。
倒れ込んだアーサーの髪を鷲掴みして地面に叩きつける。
何度も何度も何度も何度も何度も。
アーサーの顔は傷で大きく腫れ上がる。
(なんだこれ…意識がだんだん遠のいていく。死ぬのか? 俺。ってか、何これ? 走馬灯?)
初めは魔法使いになりたかった。
手をかざしたら火がバーン! って出てなんかかっこいいと思ったから。理由はそれだけだ。
でも、俺にはその才能が全くなかった。
手をかざしても何も出てこないし、杖を振ってももちろん何も出てこない。
「アーサー君には魔法使いの才能はない」
魔法学校の先生にも言われた。
「師匠、俺、魔法の才能ないみたい。やっぱ剣士になるしかないのかな? 剣士の成績が一番高いんだけど…」
物心ついた時から両親はいなかった。だから、ずっと師匠と二人で暮らしていた。
「いいじゃない剣士でも」
そう師匠は言うけど、
「えー、魔法使いたいなあ」
師匠は俺の両肩に手を置いて言った。
「置かれた場所で能力を咲かせなさい」
「置かれた場所ねぇ」
その言葉の意味なんてその頃の俺には分からなかった。
ただ、毎日剣は振っていた。朝も昼も夜も、魔法が使えない悔しさを剣にぶつけるように。
ある日、学校の帰り道だった。
「や、やめてください!」
男の子の悲鳴が聞こえた。
見ると三人の不良が一人の少年を囲み、金品を奪おうとしていた。
「おい、お前ら」
気づけば俺は声をかけていた。
小さい頃から喧嘩は強かった。負けたことは一度もない。
「なんだ、お前!」
不良のうちの一人が俺にそう言った。
三人まとめてかかってきたが、剣術を得意としていた俺には相手にならなかった。
木剣で全員を叩き伏せると、不良たちは情けない悲鳴を上げながら逃げていった。
「大丈夫か?」
少年は震えながら何度も頭を下げた。
「ありがとうございます。本当にありがとうございます!」
その笑顔を見た瞬間、胸の奥がぐっと熱くなった。
魔法を使えない悔しさも剣士しかできない劣等感もその一瞬でどうでもよくなった。
誰かを助けるって、こんなに嬉しいことなんだ。
その日の帰りだった。師匠と住んでいる家に帰ると盗賊が家に入り込んでいた。
師匠一人に対して盗賊は三十人ほど。
「アーサー危険だから下がってなさい」
「嫌だ! 俺も戦う!」
「ダメです!」
普段冷静な師匠はこの時は感情を露わにしていた。
それでも師匠の剣術は確かだった。
三十人いた盗賊たちはあっという間に十人まで減った。
盗賊の一人が言った。
「ええい! 子供をやっちまえ」
俺は剣術に自信がある。一人くらい簡単にやっつけちまえるだろう。
考えが甘かった。
大人は想像以上に強かった。力の強さも半端なかった。
剣を弾き飛ばされて丸腰になった俺は盗賊の男が剣を振りかぶった時だった。
師匠は俺を突き飛ばして俺の代わりに致命傷を負ってしまった。師匠は残り少ない体力でそいつを殺したが、
「師匠、腹から血が…」
「気にしなくていい。それより…」
その後、盗賊どもは致命傷を負ってもまだ戦おうとする師匠にビビって逃げていってしまった。
「それより、アーサーが無事でよかった」
師匠は俺の頭を撫でた。手には血がついていたけど師匠の手はとても温かった。
俺は本物の強さを目の前で見た。これが強さだと、剣士の生き様だと確信した。心に刻んでもいいぐらい鮮明に覚えてる。
あの日から散らかった二人の家を掃除している時だった。
ある本を見つけた。それは師匠が俺に今まで教えてくれた剣術の全てが記されていた本だった。俺はそれを思い出のアルバムを捲るみたいに夢中になって読んでいた。すると、一つの項目だけ身に覚えのない項目があった。それが「雷の操り方」という項目。
それは魔力の弱い俺でも剣技と合わせて使えるようにアレンジして書かれていた。
師匠からまだ教わってないこと。
俺はその項目を必死で読んで習得しようとした。
それが師匠が唯一教えてくれた魔法だった。俺が置かれた場所で咲くための特別な魔法。
魔法と呼べるかは些か疑問だが、俺と師匠の間ではこれを魔法と呼んでいる。いや、呼ぶことにしている。
ああ、思い出した。
強さとは、
強さとは、
誰かのためにある。
今まで磨いてきた剣技全ては。
誰かを守るためにある。
師匠が命を賭して紡いでくれた想いは俺が受け継ぐ、そうやって意思は受け継がれていくから本物の武が誕生するんだ。




