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命拾い

 ハッと目が覚めると視界に広がっているのはどこまでも広い青空だった。


 右に視線をやるとパチパチ弾ける音がして火に薪木を焚べる老人がいた。

「タブ爺!」


 レオンがタブ爺と呼んだ人物は白髪で頭頂部が禿げており顎髭は胸元まで伸び放題でユルユルになったタンクトップのシャツを着ている、色黒の背の低い老人だった。


 タブ爺は真剣な顔つきになって言った。

「レオン王子、ワシの治癒魔法を使ってなかったら死んでいたかもしれなかったぞ」


 しかし、レオンは飛び起きてタブ爺の胸ぐらを掴んで叫んだ。

「なんで助けたんだ!」

 レオンはタブ爺の胸に額を当てながら涙ぐんで言った。


「ようやく死ねると思ったのに。苦しみから解放されると思ったのに!」

 タブ爺はレオン王子の頭にそっと手を置いた。そしてに三十メートルほど真上にある橋を見上げる。


「王子、人はのう、あのぐらいの高さから飛び降りたぐらいでは簡単に死なないのじゃよ」

 タブ爺はふうっと息を吐き、自分にも言い聞かせるように言った。


「人はそう出来ている。そう出来ているんじゃ。それに、レオン王子が亡くなったら民が悲しむ」

 タブ爺は焚き火で煮込んでいる鍋の蓋を開け、カバンから茶碗を取り出しスープを茶碗に注いでレオンへ渡した。


「ほれ、温まるぞい」

 レオンは両手でその茶碗を受け取り一口口にした。


「タブ爺はなんでここにいるの?」

「山菜取りに来ていただけじゃよ。老人の数少ない楽しみの一つなんじゃ」

 タブ爺もスープを一口飲みレオンに言った。

「レオン王子の楽しみは何かあるのかい?」

「……」


 レオンは必死に考えたが何も思いつかなかった。

「ホホホ、王子は魔法の勉学に剣の修行やら忙しくて余暇を楽しむ時間もあまりないかのう」

 タブ爺は立ち上がり「そうだ!」と手を叩いて言った。

「谷の上にワシの古くからの友人がやっているバーがあるんじゃ行ってみんかね? レオン王子」


 レオンは小さく頷いて「それでは行こう」とタブ爺が言って鍋に残っている残りのスープを二人で飲み干して焚き火を消した。


 タブ爺は鍋や茶碗を片付けて自分の体ぐらい大きなリュックを背負って立ち上がった。

 谷の向かい側に行くには斜面をジグザクに造られた階段を何段も登る必要があり、タブ爺とレオンはその階段を二人で登っていった。やがて、頂上に到着すると森の中に丸太を積み上げて作ったであろう建物が見えた。


 その建物の扉があり、レオンにとっては胸の辺りに、タブ爺にとっては顔の辺りの高さの扉を二人は開けると、

「あらぁ、いらっしゃい」

 そう言った黒いベストを着た人物は、扉正面のカウンターで飲み物をいやらしい腰つきでシェイクしている。メイクが濃いから女性? いや、声は男性だった。その細身の男性? は顎がケツのように割れていて髭の剃り残しが青々としていたから男性で間違いないだろう。


 時刻はまだ早朝でタブ爺とレオン以外客は来ておらず、店も開店して間もない時間だとその男性は説明した。

「今日は可愛いお客さんねぇ。こういう純白そうな少年も私のタイプだわぁ」


 その男性は「うふん」といやらしそうな目でレオンを見るとレオンは少し怯えたような様子だった。

 タブ爺は「よっこいしょ」とバーカウンターの背の高い椅子に登るようにして座り、レオンも椅子に腰掛けた。


「サリヴァン、いつものをくれ。レオン王子には何か温まるものを」

「はいよ」

 タブ爺から注文を受けたサリヴァンは飲みものを入れたシェイカーをいつのも調子のようにいやらしく腰を振ってシェイクしている。


「タブ爺、朝から酒を飲むの?」とレオンが驚いた様子で言った。

「そうじゃよ」とタブ爺は当然のことのように言うとサリヴァンは呆れたように言った。

「レオンちゃんはタブ爺って呼んでるのね。このジジイ毎日ここに来ては酒ばっかり飲んでいくから私の中では酒ジジイって呼んでるわよ」


 どすの聞いた声で言うサリヴァンにタブ爺はふんっと鼻を鳴らして、レオン王子の方へ向いた。そして、いつも閉じているような目を見開いてレオンに言った。

「酒はいいぞレオン王子。嫌なことや辛いことを全て忘れさせてくれる万能の薬じゃ」

「嫌なことを忘れさせてくれる万能の薬…」


 レオンは何か考え事をしているような表情だったが、すぐさまサリヴァンが言った。

「ダメよレオンちゃんはまだお酒飲んじゃいけない年齢なんだから」


 サリヴァンはレオンにコーヒーを淹れてタブ爺には、タブ爺の顔の大きさくらいあるグラスに並々と特製のウィスキーが注がれていた。


「これが老人の楽しみなんじゃ文句言うな。ほれ今日の成果じゃ」

 タブ爺はレオンを助けた谷で採れた山菜をサリヴァンに渡した。サリヴァンは受け取った山菜をよく洗って天ぷらにして二人に提供した。


 これで準備は整ったとでも言うようにサリヴァンはバーカウンターに両手をつき顎を乗せて言った。

「さて、聞かせてちょうだい。フォンツ王国の王子がこのジジイとこんな場所でこんな時間に来たってことは何かあったんでしょ?」

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