予言と望み
宿を出ると、外は真っ暗だった。
遠く、町の出入り口の門には明りがともっているのが見えるが、それ以外の明かりはない。
世界は死んだように静まり返っている。
まるで人気のない不気味な夜なはずなのに、何故だかそれが心地よかった。
「機嫌がよさそうだな」
「……分かりますか?」
「そりゃな。うっすら笑ってるぞ、お前」
言われて口元に手を当てる。頬が緩んでいた。
「……どうにも、自分が変わってしまったことを自覚させられますね」
「ああ……元人間、なんだっけか?自称」
「自称じゃなくて事実ですけど。……少し複雑です」
「分からんでもないな、その感覚」
「クロウさんも種族が変わったことあります?」
「さすがにそこまではねえよ。ただ……自身の立場や状態の変化、って点では、少しだけ共感できる」
そういうクロウさんの横顔は、何かを懐かしんでいるようだった。
「二人とも、少しいいですか?」
何と無しに話しながら歩いていたら、アンナさんが導石を取り出して話しかけてきた。
「はい、何でしょう?」
「導をたどって歩いているわけなんですが、……町の外の一つの場所で止まっています。恐らく、待ち伏せされていますね」
クロウさんが嫌そうな顔をする。
「これ、あれだろ。例のあいつだろ」
「まぁ、たぶんそうですねぇ」
何やら通じ合っている。何度かあったことのある人の様だ。
「待ち伏せしている方、お知り合いです?」
「まぁなぁ。もうすっかり顔なじみだ」
「腐れ縁ってやつですね。異端審問官のパルデルです」
「お二人を追っている異端審問官の方……ってことですか?」
「はい。その通りです」
「堅物の面倒な奴だよ」
二人はそう言うが、一つ気になることもある。
「異端審問官の方に、導が反応するって、おかしくないですか?追手の方なんでしょう?」
「いえ、パルデルと接触し、追われたり撃退していくうちにメリアさんに会えたのです。恐らく会えば、また一つ何かが進むはずです」
「つーか、多分ヴァルナハトについて何か知ってんだろうな。敵は敵だが、そのせいで導が反応してんだろ」
「そうなんですか……ところで」
私は言葉を切って言った。
「お二人は結局、なんで追われているんですか?」
二人は顔を見合わせて、それから言う。
「「まぁまぁまぁ」」
〇
メリアたち三人は、町の周囲の外壁まで行くと、それぞれの方法で壁を乗り越えていった。
メリアは元々の身体能力で、アンナは無数のコウモリに化け、クロウはメリアに抱えてもらいながら。
「悪いな」とクロウが謝辞の言葉を言うと、メリアは「いえいえ」と謙遜した。
「普段は鍵縄使うんだが、こっちのが早いしな」
「まぁ、この程度なら遠慮なく言ってください」
そう言いながら移動する。
導の反応する方向へ進むと、川辺に佇む一本の木と、人影が見えてきた。
「来たか」
燃えるような赤い髪、理知を感じさせる青い瞳。
そして翼を模した紋章を身につけた、鎧の男が立っていた。
「やっぱりあなたでしたかパルデル」
「またかよ……。いい加減見飽きたぜその面」
アンナは知り合いに対して言うように言い、クロウはうんざりした様子で話す。
メリアは一歩下がってその様子を見ていた。
どうにもすぐさま戦闘というわけではなさそうだったからだ。
「もはや何度目かもわからないが、一応言っておこう。私と共にトリアント教会へ来い。それがお前たちの……世界のためだ」
「お断りします。私の望みは、ヴァルナハトにしかありません」
「そうか、では力尽くだ」
「あ、ストップ。ちょっとまってください」
と思っていたら戦闘が始まりそうだったので、メリアは待ったをかけた。
散々誤魔化され聞けなかったことを聞くために。
「……お前は、報告に合ったもう一人か。何だ?」
「メリアさん?何を」
「私、二人と共に行動することになったんですが、二人が追われている理由を知らないんです。教えていただけませんか?」
「あー、ちょ、それは……」
焦る二人を尻目に、パルデルは口を開く。
「駆け落ちだ」
「は?」
「二度言わせるな。そこのアンナ・セレールは今は亡きセレール王国の血を継ぐ姫で、そっちの黒ずくめのクロウという男と共に駆け落ちしたがゆえに追っている」
「はいい?」
思わずメリアが二人の方を見ると、やっちまったというか、だから言いたくなかったんだよ、みたいな顔をしていた。
「あ、あー。誤解ですメリアさん。状況的にそう見えただけで、実際は……」
「わざわざ婚約者との結婚式当日に、花婿の目の前から駆け落ちしたと聞いている」
「違うんだよ、いや客観的に見たらそうなんだけど、実際はクソ面倒くさい事情があってだな……」
何やら家庭の事情でぐだぐだしている時みたいな空気が漂ってきた。
メリアはとりあえず、一番気になる点を聞いた。
「それじゃあ、アンナさんがダンピールだから追っているってわけじゃないんですか……?」
「違う。純血のヴァンパイアは討伐対象だが、ダンピールともなれば、トリアント教会にて洗礼を受ければ、少なくとも討伐対象にはならん」
「あ、アンナさーん?」
メリアは振り返ってアンナの方を見る。
アンナは怒りを滲ませた表情をしていた。
「討伐対象にはならない、ええ、そうでしょうね。わざわざ家畜や実験動物を減らす真似はしない。貴方たちトリアント教会においては、ヴァンパイアと人間との関係は丁度逆転します。だから……!」
「だから、こうしてありもしない夢の楽園へ逃げると?そろそろ現実を見るがいい。己の役割を果たせ、セレールの末裔」
もう何が何だかわからない。
言い合う二人を置いておいて、クロウさんに話を聞いてみた。
「結局、駆け落ちでなんで異端審問官に追われることになったんですか?」
「アンナはセレールっていう王国の、王族の血を引いてるんだがな。そいつがトリアント教会にとって、尊い血筋でもあるんだ。なんせ、救済神トリアントの血を引いている……っつー、まぁ嘘くせえ謳い文句を掲げてたからな。もう王国は色々あって滅んじまったんだが、今でもトリアント教会で確保したい奴はいるのさ。それで無理やり結婚もさせられそうになって、俺が妨害役としてアンナに雇われたんだが……、結局、こうしてあいつの言う駆け落ち染みた状況になっちまった訳だ」
「はぁ……」
何やら込み入った事情があるのだなぁ、とメリアはため息のような返事をした。
「吸血鬼の父と魔術師の母から生まれたという話は?」
「そこがまた、あいつの事情をややこしくしている。あいつの母親が魔術師だったていうのは本当だ。王国が崩壊してからは、王族の生活にこりごりで、隠れ住むように暮らしていた。そこで吸血鬼の男と出会い、一夜の過ちであいつが生まれたってわけだ」
そこまでくればメリアも、大体の事情は分かってきたように思う。
「迫害対象の魔族と、尊い神の血の混血を持つ人、ですか」
「ああ。だから、トリアント教会でもあいつの扱いは宙ぶらりんになってる。殺すべきか、生かすべきか。過激派と穏健派が色々政争しながら、どちらからも追手が放たれてるって感じだ」
「ちなみに、パルデルさんは?」
「どっちかわからん。だからついて行った途端に処刑場行きって可能性もある」
そこら辺でアンナとパルデルの罵りあいも終わった様で、パルデルが剣をとった。
「もはや、問答無用!」
「ックロウ!メリアさん!」
言うのが遅いか早いか。
メリアは瞬きの間にパルデルの振りかざした剣を握りつぶして、彼の首を締め上げた。
「ガッ……!?ぐぁっ……!?」
パルデルは一瞬もがき、首に手を伸ばそうとするが、それをやめて手首をスナップさせてメリアに何かを投げた。
「うぉっ、眩しっ」
「ぐぅ……おっ!」
夏の日差しに肌を焼かれるような感覚と、一瞬瞬いた閃光により、メリアは手の力を緩めてしまった。
その隙にパルデルは手から逃れ、鎧を身にまといながら軽快な動きで距離をとる。
「上位聖具の光でさえ肌をわずか焼くにとどまるか……。なるほど、貴様が……」
パルデルは何かを見定めるようにメリアを見る。
「あの、私力加減とか未だに不安なんですよ。怪我しないうちに撤退してくれませんか?」
「そうもいかん。貴様が現れたということは、彼の予言が進みつつあるということだからな」
「予言?」
「我が血を受け継ぎしもの、いずれ失われたものを求め、流浪の神と共に世界を破滅させるだろう……トリアント教会に伝わる予言だ」
「はぁ、なるほど」
言われてメリアはちらりと後ろにいるアンナとクロウを見る。
二人は今初めて聞いた、という顔をしていた。
「……聞いたことのない予言ですね。本当ですか?」
「500年前トリアント神が語ったという予言だ。枢機卿以上の高位聖職者か、セレール王国の王族ともなれば知っているはずだが……知らなかったのか?」
「知りませんでしたよ!そんな予言!」
そこで初めてパルデルはえっという顔をして、少しの沈黙の後、話を続ける。
「……まあ、ともかく。これで予言に当てはまる存在がここに揃った。ここまで言えばどうするのが賢明かはわかるだろう」
「え?私って流浪神ってやつなんですか?」
「それ以外にどう説明する。私は人類の中では十指に入る実力者と自負しているが、その私が手も足も出ないのだ。醸し出すプレッシャーといい、膂力といい、明らかに手加減していてそれだ。かつてのダシュド・ファツァルも魔王と名乗れる実力者だったが、貴様はその比ではないぞ」
「これでも無課金なんですがね……」
「……無課金?まぁいい。それで、再び問うぞ、セレールの末裔。これだけ言っても、未だヴァルナハトを目指すか?」
アンナさんはしばらく沈黙した後、顔を上げ、宣言した。
「例えそこに破滅が待っているのだとしても……、私は、私の夢見た世界を目指したい」
それに対してパルデルは握りつぶされた剣を捨て、懐から何かを取り出す。
「……ならば、いつもの通り力づくでいかせてもらおう。ただし、今回は……手加減できんがな」
メリアはパルデルが懐から取り出したそれを認識すると、直感で危機を感知した。
「……まずい!」
「もう、遅い」
パルデルが取り出した巻物を開くと、辺りは光に包まれた。
そして次の瞬間には……。
「ゴォオオオオオオオ!!!」
白き雄大な巨竜が、パルデルの上に現れていた。




