夜逃げに脱出
「で、どの程度信用できるんだよ、あいつの話は」
「少なくとも、相当長寿の吸血鬼であることは確かでしょう。私に流れる吸血鬼の血が、彼女の血の古さと尊さを訴えかけてきますから」
「しかし……五百年前の最終戦争を生き残った吸血鬼、なんているのか?」
「います。私は一度それを見たことがある。赤子の時、一度だけでしたが」
「赤子のときぃ?誰を見たんだよ」
「───吸血鬼の女王、アシェレト」
〇
深夜。
光差さぬ新月の夜、蠢く影がある。
「対象は?」
「宿に泊まっています」
一人は、トリアント教会の鎧を見にまとう異端審問官。
もう一人は、何処にでもいる町娘風の少女。
「それと、もう一つ。護衛に雇った冒険者達は残らず帰還せず、代わりに一人、認識阻害の掛かったフードを被ったものが」
「なに?同行者が増えたという事か」
「はい」
異端審問官の男は少し考えた様子だったが、直ぐに思考を切り替えて少女に言った。
「情報提供、感謝する。ここより先はトリアント教会が受け持つ」
「はい。ですが、あの……」
少女は少し言い難そうに言う。
「念のため言っておきますが、宿へ危害を及ぼすのは、当ギルドとしては……」
「分かっている。安心しろ、必ず出てきたところを狙う。それに奴らは、必ず夜に出て来る」
確信を持って、異端審問官は答えた。
それに安心したのか、少女は去る。
残された異端審問官は、剣呑な瞳で宿を見ていた。
〇
大分眠った。と思ったら、深夜に目が覚めてしまった。
どうにもばっちり目が冴えている。どころか、日中よりも大分体の調子がいいことに気が付いた。
これも吸血鬼になった影響だろうか?
「メリアさん、起きてますか?」
こんこん、とノックがなり、「はーい」と言って扉を開けると、そこにはアンナさんとクロウさんがいた。
「やっぱり、起きてますよね。吸血鬼にとっては夜の方が本領ですから」
そう言うアンナさんは、荷物を背中に背負い、今にも出かけるような姿だった。
「あれ?何処か出かけるんですか?」
「はい。あれから導石の反応が強まりまして。恐らく次のヴァルナハトへの導が近くに移動してきています。それを探す次いでに、これからすぐに出発しようかと」
随分急な話だ。
体は動きだしたくてうずうずしているし、その提案自体は私にとって良いのがだが、気になることもある。
「どうして急に出発を?それにアンナさんは吸血鬼の血が流れているから、夜に調子が上がるのは分かるんですが、クロウさんは大丈夫なんですか?」
「色々あってな。俺も少しの休息で回復するし、本来は夜型の人間だ。問題ない」
「何故急に出発するかに関しては……このまま朝まで宿にいると、少々面倒なことが起こりそうでして。具体的に言うと、冒険者ギルドから指名手配を受けかねません」
「はい?どういうことです?」
「メリアさんに会うまでに、冒険者を護衛に雇って遺跡に向かっていたのですが、その道中、冒険者達が裏切り、襲撃してきましたので、始末しました。その後どうにもギルドにそれを嗅ぎつけられたようで。弁明はしておきましたが、疑いを持たれています」
「ええ……」
私は思わず困惑する。
「それなら猶更逃げた方が、疑いをもたれて指名手配を受けるんじゃないですか?」
「いえ、今はあくまで疑惑なので。本格的な取り調べが起きる前にいなくなれば、その辺はうやむやにできます。そういう風にしておきましたから」
そう言ってアンナさんは、フードをとって片目を見せる。
赤い紅い、真紅の瞳。それに流れている魔力を見て、何をしたか理解した。
「忘却魔法を使ったんですか?」
「ええ。本来なら対魔術師戦で相手の呪文を一時的に封じるために使う魔法ですが、こういう使い方もできます」
ほへー、と感心する。
ゲーム時代では魔法やスキルを一部封じ込める状態異常だったが、現実だとこういう使い方もできるのか。
「それで、大丈夫でしょうか?」
「もちろん、大丈夫です。荷物なんてないし、直ぐに行けます」
話には納得したので、私は頷いて二人について行った。
〇
いやな気配を纏った生温い空気が、夜の中に流れている。
時折吹く風は脈動する血流染みていて、まるで生き物の体内にいる様。
異端審問官たるパルデルには、その感覚に覚えがある。
高位の魔族……特に吸血鬼たちが纏う、他者を圧倒するプレッシャー。己以下の弱者の足を挫く、存在強度による威圧だ。
その気配を、無意識に感じ取ってか、町は静まり帰っている。
普段は明りをともして夜遅くまで営業している酒場などの店も、今はない。
こんな気配を放つものは、尋常な相手ではない。捕縛対象の二人では、ここまでの気配を出さないだろう。
となると、例の連れ帰った残りの一人。
「全ては予言の通りに、か……」
宿を夜遅くに抜け出す、フードを被った三人組を確認しながら、パルデルは自身の剣を確かめるように握った。




