7
第七章「ロマンの化身、星を駆ける」
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1
プロミネンス基地、最終防衛ライン。
赤い警報が鳴り響く中、格納庫は異様な熱気に包まれていた。
「おい、見ろよあの数値……!」
オペレーターの一人が、モニターを指さして叫んだ。画面には、出撃中の全機体の魂動力データが表示されている。その最下段、スサノオの数値が点滅していた。
「魂動力、限界値の八パーセント……! 生命維持ギリギリじゃねえか!」
「バイタルも真っ赤っ赤! 心拍数も血圧も限界突破してる!」
「なんであいつ、まだ動いてんだ……!?」
誰もが同じ疑問を抱いていた。データ上、コウタはとっくに気絶しているはずだった。いや、死んでいてもおかしくない。それなのに――スサノオは、戦場を駆け続けている。
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2
宇宙空間。無数のドリフターが、虹色の触手を揺らめかせて押し寄せる。
スサノオのコックピットは、警告表示で真っ赤に染まっていた。
【警告:魂動力残量八パーセント】
【警告:生命維持装置機能低下】
【警告:機体各部損傷率六七パーセント】
【警告:パイロットバイタル限界値超過】
「ふっ……警告など飾りです」
コウタは気取った微笑を浮かべた。視界はぼやけ、手足の感覚はとうにない。汗が目に入り、血の味が口の中に広がっている。それでも彼は、操縦桿を握る手を離さなかった。
「私は……星野コウタ。歴史に名を刻む孤高の戦士……この程度で倒れるわけには……!」
スサノオが、三体のドリフターに包囲される。虹色の触手が四方から伸びてくる。
「くっ……!」
機体を捻り、一体目の触手をかわす。しかし二体目の触手が左肩をかすめた。装甲が剥がれ、火花が散る。
【警告:左肩装甲損壊】
【警告:魂動力残量六パーセント】
「ふっ……まだです」
コウタは歯を食いしばり、スサノオを急旋回させた。背部の流星駆動が唸りを上げ、機体を加速させる。そのまま二体目のドリフターの頭頂部へ突っ込んだ。
「斬魂刀!」
右腕にマウントされた巨大な斬魂刀が、青白い光を刃に宿す。必要魂動力は常人の五倍以上。歴代最強のパイロットですら起動できなかった伝説のガラクタ。
コウタはそれを、魂動力六パーセントで振り抜いた。
「はあああああっ!」
斬魂刀がドリフターの頭頂部を切り裂く。虹色の体液が宇宙空間に飛び散り、ドリフターが絶叫を上げて後退する。
「一体……!」
しかし、残り二体が同時に襲いかかってきた。左右から触手が迫る。回避は間に合わない。
「バリア!」
左腕のバリア発生装置が起動する。本来ならパイロットの魂が尽きると言われた、実用レベルのガラクタ。薄い防御フィールドが機体を包み、触手を弾いた。
瞬間、コウタの意識が飛びかけた。
「ぐっ……!」
視界がホワイトアウトする。頭の中にノイズが走り、手足の感覚が完全に消えた。でも、彼は倒れなかった。
(……私は……私は……)
心の中で、自分に言い聞かせる。
(私は星野コウタ……孤高の戦士……)
その言葉が、まるで呪文のように、彼の魂を繋ぎ止める。
【魂動力残量三パーセント】
【警告:バイタル危険域】
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3
プロミネンス司令室。
「……信じられん」
グラハムはモニターを見つめ、呆然と呟いた。彼の周りでは、オペレーターたちが一様に言葉を失っている。
「司令……スサノオのパイロット、まだ戦闘を継続しています」
「ああ、見ればわかる。だが……どうなっている?」
「わかりません。データ上、彼は三十分前に限界を超えています。それなのに……」
「魂動力が、切れていない。むしろ」
グラハムはモニターの数値を凝視した。
「戦闘中に、微増している……?」
「そんなはずは! 魂動力は消耗すればするほど低下するものです! 回復など……!」
「理論上はな。だが、現実に起きている」
グラハムは静かに笑った。
「あの若者、ただのイキリではないな。自分の魂すら騙している。『俺はまだ倒れない』と、自分自身を信じ切っているんだ」
「そ、そんなことが……」
「ロマンだよ。理屈では説明できない、ただのロマンだ」
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4
戦場。
コウタは残り二体のドリフターと対峙していた。
【魂動力残量二パーセント】
機体はボロボロだ。左肩の装甲は完全に失われ、右脚からは煙が上がっている。流星駆動は半分以上が焼き切れ、斬魂刀の刃にはヒビが入っていた。それでも、スサノオは戦い続ける。
「ふっ……この程度……私のロマンは……こんなものじゃない……!」
彼は流星駆動を再起動させた。焼き切れた装置が、無理やりに火を噴く。スサノオが加速し、二体のドリフターの間をすり抜ける。
「はあああっ!」
斬魂刀を横薙ぎに振る。一体目の触手を切り落とす。しかし二体目が背後から迫る。コウタは振り返らず、バリアを展開した。触手がバリアに弾かれる。同時に、コウタの鼻から血が流れた。
【警告:脳内出血の疑い】
【警告:即時帰還を推奨】
「……うるさい」
彼は警告を無視し、スサノオを反転させた。
「これで……終わりです!」
斬魂刀を、二体目の頭頂部に突き立てる。青白い光が炸裂し、ドリフターが断末魔の叫びを上げて消滅した。
残るは、最初に切り裂いた一体のみ。すでに弱っている。
「ふっ……私の辞書に、逃げ帰る文字はありません」
コウタは最後のドリフターに向かって、スサノオを突進させた。
【魂動力残量一パーセント】
斬魂刀が、ドリフターを貫く。虹色の光が爆発し、三体目も消滅した。
戦場が静寂に包まれる。
スサノオは、その場に立ち尽くしていた。機体から煙が上がり、あちこちから火花が散っている。もう、動く力すら残っていない。
「……ふっ。当然の結果です」
コウタは気取った微笑を浮かべ、そして――意識を手放した。
【魂動力残量ゼロ】
【生命維持装置停止】
【パイロットバイタル――】
警告表示は、そこで途切れた。
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5
「コウタさん! コウタさん!」
タクミの声が、遠くから聞こえる。
コウタが目を覚ましたのは、プロミネンスの医務室だった。天井は白く、無機質で、見慣れた景色。隣にはタクミが立っていて、泣きそうな顔でコウタを見下ろしている。
「……ふっ。おはようございます」
「『おはよう』じゃねえっすよ! あんた、マジで死にかけたんすからね!?」
「ふっ……私は不死身です。ご心配なく」
「どの口が言うんすか! バイタルゼロになって、心臓も一時停止したんすよ!? 医者が『奇跡だ』って真っ青だったんすから!」
コウタはゆっくりと起き上がった。体中が痛む。包帯だらけだ。でも、不思議と気分は悪くなかった。
「スサノオは」
「……ボロボロっす。でも、核は無事だった。直せます」
「ふっ……よかった」
コウタは心から安堵した。自分の命よりも、スサノオの無事が嬉しかった。
「……あんた、本当にどうなってんすか」
タクミが真剣な顔で尋ねた。
「魂動力ゼロなのに、なんで動けたんすか。データ上、あんたは三十分前に倒れてるはずだった。みんな、もうダメだと思った。なのに、あんたは三体も倒して……いったい、どういうカラクリなんすか」
「ふっ……」
コウタは少し考え、そして答えた。
「ロマンです」
「……は?」
「ロマンです。理屈ではありません。私が『倒れない』と信じたから、倒れなかった。ただ、それだけです」
「…………」
タクミは絶句した。でも、しばらくして、彼は小さく笑った。
「……意味わかんねえっすよ」
「ふっ……それでいいんです」
「でも、まあ……あんたらしいっすね」
「そうでしょう」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
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6
一週間後。
コウタが医務室から解放された日、彼は真っ先に格納庫へ向かった。
そこには、修理を終えたスサノオが鎮座していた。相変わらず黄ばんだ装甲。相変わらずの継ぎ接ぎだらけ。でも、その姿は以前よりも力強く見えた。
「ふっ……我が愛機。待たせましたな」
コウタがスサノオを見上げていると、タクミがニヤニヤしながら近づいてきた。
「コウタさん、いいもの見せますよ」
「……いいもの?」
「ええ。あんたが寝てる間に、俺たち整備班で仕入れてきたんすよ。これ」
タクミが指さした先には、巨大なコンテナがいくつも積まれていた。
「中身は?」
「ロマンの追加っすよ」
「……ロマンの追加?」
コウタの目が輝いた。タクミはコンテナを開け、中から様々なパーツを取り出す。
「まずはこれ。『龍撃砲』っす。肩にマウントする荷電粒子砲なんすけど、一発撃つだけでパイロットが三日寝込むって代物っす。当然、誰も使えずにお蔵入り」
「ふっ……素晴らしい」
「次。『幻影発生装置』。機体の残像を作り出すんすけど、必要魂動力が常人の十倍。テストパイロットが全員幻覚見て入院した曰く付きっす」
「ふっ……浪漫ですな」
「最後。これが本命っす。『星砕き』」
タクミが最後に取り出したのは、スサノオの身長よりも巨大な大槌だった。表面には無数の傷があり、使い込まれたような風合いがある。でも、どこか神々しい雰囲気を纏っていた。
「伝説の武器っす。かつて一撃で小惑星を砕いたっていう。でも、それを使ったパイロットは二度と目を覚まさなかった。以降、誰も触ろうとしない」
「ふっ……ふふ……」
コウタは震える手で『星砕き』に触れた。ひんやりとした金属の感触。それだけで、彼の心は踊った。
「いいでしょう。全て、スサノオに取り付けてください」
「マジっすか」
「当然です。私ですから」
「……もう慣れたっすよ、その台詞」
タクミは呆れ顔で笑いながら、整備クルーに指示を出した。
「お前ら! 追加のロマン装着だ! どうせ死なねえから、好き放題つけちまえ!」
「「「了解!」」」
整備兵たちは、なぜか楽しそうに作業を始めた。彼らもまた、コウタの「ロマン」に感染していた。
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7
数時間後。
スサノオは、さらに異様な姿になっていた。
右肩には龍撃砲。背部には幻影発生装置。右手には斬魂刀、左手には星砕き。全身がガラクタのロマンで埋め尽くされ、もはや元の機体の面影すら薄い。
「ふっ……美しい」
コウタは腕を組み、満足げにスサノオを見上げた。
「どこがっすか。ガラクタの山っすよ」
「違います。これはロマンの結晶です」
「はいはい。ロマンロマンって、あんたそれしか言えねえのか」
「ふっ……他に言葉が必要ですか」
タクミは肩をすくめた。でも、その目はスサノオをじっと見つめている。
「……でも、まあ」
「?」
「あんたがこれで戦うとこ、見てみたいっすね」
「ふっ……お楽しみに」
コウタはスサノオを見上げた。機体は、まるで応えるように、微かに輝いた気がした。
(……ユズハ艦長。アイリ少尉)
彼は心の中で、二人の名を呼んだ。
(私は、まだ戦っています。この世界で、私を信じてくれる人たちと共に。必ず帰ります。そして、伝えたいことがあるんです)
彼は操縦桿を握る手に、そっと力を込めた。
「スサノオ。次は、もっと高みへ参りましょう」
機体は何も答えない。でも、装甲がほんの少しだけ、輝きを増したような気がした。
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8
プロミネンス司令室。
グラハムはモニターに映るスサノオの新しい姿を見て、深いため息をついた。
「……またガラクタを増やしたな」
「司令。あの機体、もはや兵器としてのバランスを完全に欠いています。魂動力の消費量は正規機の二十倍以上。普通のパイロットなら、起動した瞬間に魂が尽きます」
「ああ。わかっている」
「なのに、なぜ彼は……」
「わからん。私にもわからん」
グラハムは静かに笑った。
「だが、一つだけ確かなことがある」
「……なんでしょう」
「あの若者は、この世界に必要な『何か』を持っている。理屈では説明できない、ただのロマンを」
彼は立ち上がり、モニターに映るスサノオを見つめた。
「星野コウタ。君は、この世界で何を見せるつもりだ。楽しみにさせてもらおう」
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第七章 了




