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第八章「孤高の戦士、戦線を塗り替える」
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1
プロミネンス基地、早朝。
コウタはスサノオのコックピットで、奇妙な感覚に包まれていた。
「……ふっ?」
いつもと違う。機体が、やけに素直だ。これまで散々彼を苦しめてきた操縦桿が、まるで手の延長のように動く。ガタガタと震えていた機体は静かで、異音もしない。魂動力の数値も、以前のように際限なく吸い上げられる感覚がない。
「おかしいですな……」
彼は首を傾げた。スサノオは相変わらずのボロ機体だ。黄ばんだ装甲、継ぎ接ぎだらけの武装、ヒビの入ったモニター。見た目は何も変わっていない。なのに、操縦桿を握る手に伝わる感触が、まるで別物だった。
「……まあいいでしょう。ふっ。私に相応しい進化です」
彼は気取った微笑を浮かべ、試しに機体を少し動かしてみた。右腕を上げ、左腕を曲げ、その場で旋回する。すべてが滑らかだ。以前のように、意思と機体の動きの間にタイムラグがない。
「コウタさん、どうしたんすか?」
通信からタクミの声が飛び込んできた。
「いえ、なんでもありません。ただ……」
「ただ?」
「ふっ……この機体、どうやら私の魂に応え始めたようです」
「は? 何言ってるんすか。あれだけガラクタ積んだのに、逆に動きが良くなってるってデータ出てるんすけど」
「ふっ……当然です。私ですから」
コウタは内心、自分でも驚いていた。でも、それを表に出すわけにはいかない。これが彼の流儀だ。
「まあいいっすけどね。今日の出撃、いつもより気合入ってるみたいなんで」
「ええ。今日は、少し本気を出してみましょうか」
「……あんた、いつも本気じゃなかったんすか」
「ふっ……さあ」
彼は意味深に笑い、通信を切った。
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2
最終防衛ライン。
今日もドリフターの大群が押し寄せていた。その数、大小合わせて三十体以上。人類側の出撃可能機は十機。常識的に考えれば、防衛ラインを維持するのが精一杯の戦力差だ。
「全機、フォーメーションを維持! ラインを死守せよ!」
司令官の声が通信に響く。パイロットたちは緊張した面持ちで、ドリフターの群れと対峙していた。
「ふっ……」
その時、一機の機体がフォーメーションを離れ、単独で前進を始めた。
「スサノオ! 何をしている! 戻れ!」
コウタは答えなかった。いや、答える必要がなかった。彼はただ、スサノオをドリフターの群れの中へと進めた。
「なっ……! あいつ、一人で突っ込む気か!?」
「自殺行為だ! 戻れ!」
他のパイロットたちが叫ぶ。しかし、次の瞬間、彼らは言葉を失った。
スサノオが、まるで舞うようにドリフターの触手をかわしていく。右に、左に、上下に。無駄のない、流れるような動き。これまでとは明らかに違う。以前の彼は、ギクシャクと、まるで酔っ払いのように動いていた。それが今は、まるでベテランパイロットのような滑らかさだ。
「ふっ……遅いですな」
コウタは一人ごちた。ドリフターの動きが、手に取るようにわかる。いや、正確には「わかる気がする」。根拠はない。ただの感覚だ。でも、その感覚が、なぜか現実とぴったり一致する。
「まずは……一体」
彼は斬魂刀を抜いた。青白い光が刃を包む。必要魂動力は常人の五倍以上。しかし今のコウタにとって、それは負担ではなかった。
「はあっ!」
斬魂刀がドリフターの頭頂部を両断する。虹色の体液が宇宙に飛び散り、一体目が消滅した。
「次」
彼は振り返りざま、二体目の触手をかわし、そのまま胴体に斬魂刀を突き立てた。二体目、消滅。
「まだまだ」
三体目が背後から迫る。しかしコウタは振り向きもせず、バリアを展開した。薄い防御フィールドが触手を弾く。その隙に、スサノオは反転し、斬魂刀を横薙ぎに振るった。三体目、消滅。
「……なんだ、あれ」
他のパイロットたちは、呆然とスサノオの戦いを見つめていた。
「三体を……たった一人で……?」
「しかも、全然苦しそうじゃない……!」
「前は一体倒すだけで死にかけてたのに……!」
その間にも、コウタはさらに三体を仕留めていた。スサノオの動きは加速していく。まるで機体そのものが喜んでいるかのように。
「ふっ……この機体、どうやら私の魂と共鳴しているようですな」
コウタは口元を歪めた。魂動力の数値は、以前の三倍以上に跳ね上がっている。それでも、彼はまったく疲れを感じなかった。むしろ、動けば動くほど力が湧いてくる。
「ならば……もっとロマンを追求しましょう」
彼は龍撃砲を起動した。右肩にマウントされた荷電粒子砲が、眩い光を放つ。一発撃つだけでパイロットが三日寝込むと言われた兵器。コウタはそれを、連続で三発、放った。
「はあああっ!」
光の奔流が、三体のドリフターを同時に飲み込む。虹色の絶叫と共に、三体がまとめて消滅した。
「……は?」
整備班のタクミが、格納庫のモニターを見ながら素っ頓狂な声を上げた。
「龍撃砲を……三連射……!? しかも平然としてる……!?」
「タクミさん……あの人、本当に人間っすか……?」
「知るかよ……! でも、あの機体を整備したのは俺たちだ……!」
タクミは震える声で言った。
「つまり……俺たちが作ったロマンの塊が、今、戦場で無双してるってことっすよ……!」
「「「……!!」」」
整備兵たちは、歓声にも似た叫び声を上げた。
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3
戦場は、コウタ一人によって塗り替えられようとしていた。
「幻影発生装置」
コウタが呟くと、スサノオの姿がぶれ、無数の残像が戦場に広がった。必要魂動力は常人の十倍。テストパイロットが全員幻覚を見て入院した曰く付きの装置だ。
しかしコウタは、それを完璧に制御していた。残像はすべてが本物のように動き、ドリフターたちを翻弄する。どの機体が本物かわからず、触手は空を切るばかりだ。
「ふっ……どれが私か、わかりますかな」
彼は残像の中から突然現れ、一体を斬り伏せる。また残像に紛れ、次の一体を背後から貫く。ドリフターたちは混乱し、互いに触手を絡ませて自滅していく。
「十体……十一体……十二体……」
プロミネンスの司令室で、オペレーターが震える声でカウントを続けている。
「たった一機で……十二体のドリフターを……!」
「しかも、まだ余裕があるように見える……!」
「いったい、あのパイロットは何者なんだ……!」
グラハムは無言でモニターを見つめていた。その目は、驚きと歓喜に満ちている。
「……星野コウタ。君は、私の想像を遥かに超えている」
彼は静かに呟いた。
「あのガラクタの山を、本当に伝説の機体に変えてしまうとはな」
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4
戦闘開始から一時間。
三十体以上いたドリフターの大群は、わずか五体にまで減っていた。そのすべてを、コウタ一人が仕留めたのだ。
「ふっ……最後ですな」
彼は『星砕き』を構えた。スサノオの身長よりも巨大な大槌。かつて一撃で小惑星を砕き、それを使ったパイロットは二度と目を覚まさなかった伝説の武器。
コウタはそれを、両手で高々と掲げた。
「これで……終わりです!」
彼は残る五体のドリフターの中心に、スサノオを突入させた。そして、星砕きを思い切り振り下ろす。
瞬間、眩い光が戦場を包み込んだ。
衝撃波が周囲のドリフターをまとめて飲み込み、虹色の体液が宇宙に飛び散る。五体同時に、消滅。
戦場が、静寂に包まれた。
スサノオは、その中心で静かに浮かんでいた。機体からは湯気のようなものが立ち上り、あちこちから微かな光が漏れている。でも、それは故障の光ではない。まるで、機体そのものが喜んでいるような、暖かな輝きだった。
「……ふっ。当然の結果です」
コウタは気取った微笑を浮かべ、そして静かに息を吐いた。額にはうっすらと汗が浮かんでいる。でも、以前のように倒れることはなかった。むしろ、まだ戦える余裕すら感じている。
「スサノオ。お前は、私の最高の相棒です」
彼は操縦桿をそっと撫でた。機体は何も答えない。でも、コックピットのモニターに、一瞬だけ、心拍数のような波形が表示された気がした。
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5
プロミネンス基地、格納庫。
コウタがスサノオを降りると、そこには整備クルーだけでなく、他のパイロットたちも集まっていた。その数、数十人。皆、一様に驚きと尊敬の眼差しでコウタを見つめている。
「……な、なあ、あんた」
一人のパイロットが恐る恐る声をかけた。
「いったい、どうやったんだ……? あのガラクタの山で、なんであんなに動けるんだ……?」
「ふっ……」
コウタは優雅に一礼し、答えた。
「ロマンです」
「……は?」
「私のロマンが、スサノオのロマンと共鳴した。ただ、それだけのことです」
「…………」
パイロットたちは顔を見合わせた。意味がわからない。でも、なぜか納得してしまう自分たちがいた。
「……あんた、すげえよ」
別のパイロットが言った。
「俺たち、あんたのこと、実力ないのにイキってるだけの変な奴だと思ってた。でも、違った。あんたは本物だ」
「……本物?」
「ああ。自分を信じる力が、そのまま戦闘力になるこの世界で、あんたは誰よりも自分を信じてる。だから、あんな戦いができるんだ」
コウタは少し驚いた顔をした。ツクヨミでは「雑魚」と罵られるばかりだった自分が、ここでは「本物」と認められている。
「ふっ……当然です。私は星野コウタ。歴史に名を刻む孤高の戦士ですから」
彼は気取った微笑を浮かべた。でも、心の中では、少しだけ温かいものが込み上げていた。
(……この世界は、私を受け入れてくれる)
その時、タクミが駆け寄ってきた。
「コウタさん! すげえっすよ! 上層部から通達があったんす!」
「……通達?」
「あんたを、独立遊撃隊の隊長に任命するって! 一機で前線を押し上げた戦果を評価して、好きに戦っていいってさ!」
「ふっ……いいでしょう。私に相応しい役職です」
コウタはうなずいた。内心は「隊長って何すればいいんだ」と困惑していたが、顔には出さない。
「それと、もう一つ」
「なんです」
「前線基地の一つが、ドリフターの攻勢で壊滅寸前だったんすけど、あんたが敵主力を殲滅したおかげで、奪還作戦が可能になったんすよ。人類、三ヶ月ぶりに前線を押し返せるかもしれない」
「……そうですか」
コウタはスサノオを見上げた。ボロボロの機体は、今日の戦いでさらに傷だらけになっている。でも、その姿はどこか誇らしげだった。
「では、次はその奪還作戦とやらに、私も参加しましょう」
「え、でもスサノオの整備が……」
「ふっ……構いません。私ですから」
「……もう、その台詞しか聞いてねえっすよ」
タクミは呆れながらも、嬉しそうに笑った。
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6
その日から、コウタの伝説は加速した。
奪還作戦で、彼は再び単機でドリフターの防衛線を突破し、敵拠点を壊滅させた。
次の戦いでは、包囲された友軍を救出するため、単身で敵の大群に突入。幻影発生装置と龍撃砲を駆使して二十体以上のドリフターを撃破し、味方の生還率を九割以上に引き上げた。
さらに次の戦いでは、人類が半年間奪還できなかった前線基地を、わずか三日で解放。その際、彼は星砕きの一撃で、ドリフターが巣食っていた小惑星ごと粉砕した。
「またあの人か……!」
「スサノオのパイロット……!」
「たった一機で、戦況をひっくり返してる……!」
戦場で、プロミネンスで、コウタの名は伝説となっていった。
「ロマンを纏いし者」
「孤高の戦士」
「星を砕く男」
様々な異名が生まれ、彼の肖像画が基地の壁に描かれるようになった。新人パイロットたちは、彼に憧れて「ふっ……」と真似をするようになった。
「ふっ……悪くない気分ですな」
コウタはスサノオのコックピットで、一人微笑んだ。
(ユズハ艦長、アイリ少尉。見ていてくれますか)
彼は星の彼方を見つめた。
(私は今、この世界で戦っています。そして、必ず帰ります。二人に、伝えたいことがあるんです)
スサノオは、まるで応えるように、微かに輝きを増した。
戦線は、確実に押し返されつつあった。人類が百年間守り続けてきた防衛ラインを超え、今やドリフターの勢力圏に踏み込みつつある。
その中心には、いつも一機のボロボロの機体がいた。
黄ばんだ装甲。継ぎ接ぎだらけの武装。ヒビの入ったモニター。
でも、誰よりも速く、誰よりも強く、誰よりも自由に、星の海を駆け抜ける。
その名は――スサノオ。
そして、そのパイロットの名は――星野コウタ。
かつて「雑魚」と呼ばれた男が、今、人類の希望となって戦場を翔ける。
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第八章 了




