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第四十三章「魂の咆哮」
1
スサノオは単身、ツクヨミを背にドリフター三個体の正面に立った。斬魂刀を抜き放ち、青白い光が真っ直ぐに敵を指す。艦橋のモニターにはコウタのバイタルが表示され、ユズハとアイリは固唾を呑んで見守っている。
「コウタくん……!」
ユズハは祈るように両手を握りしめ、アイリは解析コンソールから目を離せずにいた。
最初の一撃が放たれたのは、その直後だった。虹色の触手が、光の筋となってスサノオを襲う。コウタは紙一重でかわした。二撃目、三撃目。錆びついた駆動系が悲鳴を上げるが、彼は必死に操縦桿を倒し続ける。
「ふっ……! この程度……!」
強がってはみたものの、かわすのが精一杯だ。斬魂刀を振るう隙など一瞬もない。それどころか、触手は少しずつ彼の動きを追い詰めていく。速度も、破壊力も、これまで戦ってきたドリフターとは桁が違った。
「くっ……!」
一本の触手がスサノオの左肩をかすめた。装甲が剥がれ、火花が散る。機体が大きく傾き、コウタは必死に体勢を立て直した。
(速い……重い……これが、本来のドリフター……!)
遠くで誰かの声が聞こえた気がした。いや、違う。これは頭の中に直接響く声だ。戦場の混乱の中で、スサノオの斬魂刀とポケットの中の零式の破片が同時に輝きを増す。そして、魂の奥底から何かがせり上がってくる。
——魂を力に変えろ。実戦を重ねろ。お前は、それを知っているはずだ。
「……なんだ……?」
コウタの視界が、一瞬、白く染まった。戦場の轟音が消え、代わりに懐かしい声が響く。
2
——プロミネンス基地、旧世代兵器格納庫。
「お、それっすか。『斬魂刀』ってやつっすよ」
「斬魂刀……いい名前ですな」
そこは薄暗い格納庫だった。棚には無数の武装パーツが並び、床にはコードや装甲片が散乱している。若き日のタクミが、埃をかぶった巨大な大剣を指さしていた。
「名前だけっすけどね。これ、必要魂動力が高すぎて、誰も扱えなかった伝説のゴミっす」
「必要魂動力?」
「そっす。刃に魂をまとわせて切るらしいんすけど、発動に必要な魂動力が常人の五倍以上。歴代最強のパイロットでも起動できなかったってシロモノっすよ」
「ふっ……」
若き日のコウタは、大剣を見上げ、気取った微笑を浮かべた。
「いいでしょう。これをいただきます」
「はぁ!? あんた正気っすか!? 起動しねえっすよ!?」
「ふっ……構いません。私ですから」
タクミは頭を抱えた。でも、その目はどこか輝いていた。こんな無謀なパイロットを見るのは初めてだった。
映像が切り替わる。同じ格納庫で、同じ二人が別の武装を前にしている。
「あー、それっすか。バリア発生装置の試作品っすね。消費が激しすぎて、展開した瞬間にパイロットの魂が尽きるって評判で、お祓い箱になったやつっすよ。実用レベルじゃないっす」
「ふっ……いいでしょう。これもいただきます」
「はぁぁぁ!? マジっすか!? 死にますよ!?」
「ふっ……構いません。私ですから」
さらに映像が切り替わる。
「……『流星駆動』っす。超加速装置なんすけど、これも必要魂動力がバカ高くて、過去に三人のパイロットが起動しようとして全員気絶。以降、誰も触らなくなった曰く付きっす」
「ふっ……素晴らしい。まさにロマンの結晶」
「あんた、マジでそれ全部つける気っすか……? スサノオ、ただでさえボロボロなのに、そんなゴミばっかり積んだら、本当に動かなくなりますよ」
「ご心配なく。私は星野コウタ。いずれ歴史に名を刻む孤高の戦士。この程度のロマン、乗りこなせぬようでは名が廃ります」
タクミはため息をつき、そしてニヤリと笑った。
「……わかったっすよ。どうせボロ機体っすからね。今更ゴミが増えたところで変わりゃしねえ。やってやりますよ、改造」
「ふっ……感謝します」
「その代わり! ちゃんと起動させてくださいよ、そのゴミども! 俺たちの整備の腕にかかってるんすから!」
「当然です。私ですから」
3
——戦場。現在。
「……そうだ」
コウタは目を見開いた。戦場の轟音が蘇り、スサノオが再び激しく揺れる。触手が目前に迫っていた。
「そうだ……! 私は、これまでもずっとそうやって戦ってきた! 誰も信じなくても、私だけは私を信じてきた!」
彼は叫んだ。
「私は星野コウタ! 孤高の戦士! 歴史に名を刻む者! 雑魚だって結構! イキリだって結構! 私は——私を信じる!」
瞬間、スサノオの斬魂刀が、かつてない強さで青白く輝いた。零式の破片が、ポケットの中で熱を放つ。魂動力——その名を彼はまだ知らない。しかし、彼の魂は確かに覚えていた。誰も扱えなかった伝説のガラクタを、次々と目覚めさせてきたあの力が、今、再び彼の中で燃え上がろうとしている。
「はああああっ!」
斬魂刀が唸りを上げ、ドリフターの触手を斬り裂いた。さっきまでかわすのが精一杯だった敵の攻撃を、今は斬り伏せている。スサノオの動きが、明らかに変わっていた。
4
艦橋のモニターに映るスサノオの戦闘データが、次々と異常値を叩き出し始めた。
「な、なんだ……!? スサノオのエネルギー反応が急上昇しています!」
「ありえねえ……! 核融合炉は限界値をとっくに超えてるのに、どこからこんな出力が……!」
オペレーターたちが慌てふためく中、アイリだけは黙ってデータを見つめていた。彼女の目は、モニターに映る一つの数値に釘付けになっている。
「……魂動力」
「え? なんですの、アイリちゃん」
「スサノオが、核融合炉とは別のエネルギー系統で動き始めています。この波形——データベースの断片に残っていた『魂動力』の理論と完全に一致しますわ」
ユズハはモニターを見つめ、静かに微笑んだ。
「コウタくん、思い出したんだね。自分が本当はすごい人だって」
「……いいえ。おそらく、まだ完全には思い出していませんわ」
アイリは紅茶のカップを握りしめ、震える声で言った。
「でも、魂は覚えている。理屈じゃない。ロマンですわ」
5
戦場では、スサノオが一体目のドリフターを斬り伏せたところだった。
「ふっ……! もう一体!」
コウタは機体を旋回させ、二体目のドリフターに向かって突進する。触手が四方から迫るが、彼は紙一重でかわし、斬魂刀を真っ直ぐに突き立てた。青白い刃が頭頂部を貫き、ドリフターは断末魔の叫びと共に消滅する。
残るは一体。最後のドリフターが、これまでにない速度で触手を振り回してきた。
「ふっ……遅いですな!」
コウタは操縦桿を倒し、触手の間をすり抜ける。そして、斬魂刀を横薙ぎに振るい、最後の一体を両断した。
戦場が静寂に包まれる。
スサノオは三体のドリフターを殲滅し、傷だらけになりながらも確かに帰還の途に就いていた。艦橋では、オペレーターたちが歓声を上げ、鬼丸副長が深く息を吐いて壁にもたれかかる。ユズハは涙を浮かべて拍手し、アイリは紅茶のカップを掲げて小さく笑った。
「……おかえりなさい、コウタ」
6
第三格納庫。コウタがコックピットから降り立つと、ユズハが全速力で駆け寄り、そのまま胸に飛び込んだ。
「コウタくん! すごかったよ! 三個体全部倒しちゃった!」
「ふっ……当然です。私ですから」
コウタは気取った微笑を浮かべ、優雅に一礼した。その顔には煤と汗がこびりついていたが、その目は誰よりも輝いている。アイリは少し離れた場所で、紅茶のカップを差し出しながら静かに微笑んだ。
「……おかえりなさい、この馬鹿」
「ふっ……ただいま戻りました、少尉」
「紅茶、淹れてありますわ。冷めないうちにどうぞ」
「ふっ……ありがとうございます。少尉の紅茶は、戦いの後の何よりの報酬です」
コウタが紅茶を受け取り一口含むと、ユズハが彼の手を握った。
「ねえ、コウタくん。戦ってる時、なにか思い出したの?」
「ふっ……断片的な映像だけです。誰も使えなかった武器を、次々と私が使いこなしていく場面。誰かが私に『魂動力』という言葉を教えてくれる場面」
「……魂動力」
「ええ。しかし、まだ何もわかっていません。ただ——」
彼はスサノオの右腕、斬魂刀を見上げた。
「私は確かに、この力で戦ってきた。誰よりも弱い私が、誰よりも強く戦えたのは、魂の力があったからだ。そのことだけは、確信しています」
ユズハとアイリは顔を見合わせ、静かにうなずいた。
格納庫の片隅で、零式の破片は静かに、しかし確かな温もりを放ち続けている。それは、コウタが本来の自分へと至る長い道のりを、優しく照らし続ける灯のようだった。
第四十三章 了
『彗星の指揮官は今日も無茶を言う』 続く




