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第四十一章「孤高の証明」
1
第四艦隊の残存艦がツクヨミに合流してから数時間。艦橋には重い沈黙が立ち込めていた。
モニターには壊滅した艦隊の最終記録が映し出されている。たった三体のドリフターに翻弄され、百機以上の機動兵器が為す術もなく撃破されていく様が、克明に記録されていた。
「……触手の速度、従来観測値の六倍。装甲強度は三倍以上。さらに敵はこちらの意思決定を先読みするかのような動きを見せています」
分析官の声は震えていた。誰もが言葉を失い、モニターを見つめている。
「これが、ドリフターの本来の戦い方……今までは遊びだったっていうの……?」
誰かの呟きが艦橋に響いたが、誰も答えなかった。答える必要などなかった。それが事実だったからだ。
鬼丸副長は腕を組み、モニターを睨みつけていたが、やがて深く息を吐いた。彼の脳裏に一瞬、あの男の顔がよぎったが、すぐに振り払う。
「……いずれにせよ、次の侵攻が来れば我々も同じ目に遭う。全艦、警戒態勢を維持しろ。司令部には現状を詳細に報告する」
「了解」
オペレーターたちが動き出す中、ユズハは艦長席でじっとモニターを見つめていた。映し出される壊滅した艦隊の残骸。数十隻の船が、数百の命が、たった三体の敵に消し飛ばされた。彼女は小さく唇を噛みしめ、それから隣に立つアイリを見上げた。
「……ねえ、アイリちゃん」
「なんですの、艦長」
「コウタくん、今どこにいるか知ってる?」
「おそらく、いつもの第三格納庫でしょう。非番の日は一日中スサノオを磨いていますから」
「……そっか」
ユズハはうなずき、立ち上がった。
「ねえ、アイリちゃん。ユズハ、なんとなく思ったの。コウタくん、これと同じような敵と、もしかしたらもっといっぱいの敵と、一人で戦ってきたんじゃないかなって。あの三ヶ月の間に」
「……三ヶ月」
アイリは紅茶のカップを握りしめた。コウタが次元の裂け目に消え、斬魂刀だけを携えて帰還した三ヶ月。彼は何も覚えていなかった。しかし、スサノオの斬魂刀の刃には無数の傷が刻まれ、機体の装甲には見慣れない修復痕が残されていた。
「……もしかすると、私たちが知らないだけで、コウタはとんでもない戦いをしてきたのかもしれませんわね」
「うん。ユズハにはわかるの。コウタくん、本当はすごく強いんだよ。でも、それを誰にも言わないだけなんだよ。だからユズハ、ちょっとコウタくんに会ってくる」
「ええ。私も参りますわ。データ解析だけではわからないことが、本人を見ればわかるかもしれません」
2
第三格納庫。相変わらず照明の半分は切れたままで、空気は冷たく、油と錆の匂いが漂っている。薄暗い空間の中央に、スサノオは鎮座していた。
「ふっ……今日も美しい。我が愛機よ」
コウタは機体の右脚の装甲を磨きながら、気取った微笑を浮かべていた。その声はいつも通りで、少しも緊張感がない。まるで艦隊が壊滅したことなど知らぬかのようだった。
「コウタくん」
ユズハの声に、コウタは顔を上げた。
「おや、艦長。それに少尉も。本日はどのようなご用件で」
「ちょっとお話があって来たの」
「ふっ……私に話とは珍しい」
コウタは作業の手を止め、二人に向き直った。その手にはスパナが握られている。アイリは彼の作業着が油で汚れているのを見て、いつものようにため息をつこうとしたが、今日は違った。その油汚れは、ただの汚れではない。機体の深部にまで手を入れている証拠だ。
「戦況、聞いてる?」
「ふっ……なんとなく。第四艦隊が壊滅したとか」
「なんとなくじゃないよ! 大変なことになってるんだよ!」
ユズハが声を張り上げると、コウタは少し驚いた顔をした。いつもの「なんとなく」という言葉を自分が使われるとは思っていなかったらしい。
「すみません、艦長。あまり実感が湧かなくて」
「……実感が湧かない?」
「ええ。私はあのドリフターどもを、そんなに強いとは思わないのです。もちろん、油断はしませんが」
ユズハとアイリは顔を見合わせた。第四艦隊を壊滅させた敵を、この男は「そんなに強いとは思わない」と言う。
「……コウタ」
アイリが一歩前に出た。
「貴方、さっきの映像を見たんですの? ドリフターの動き、従来の六倍の速度ですわよ」
「ふっ……遅いですな」
「は?」
「いえ、なんでもありません。今のは独り言です」
コウタは自分でも驚いた顔で首を傾げた。何かが口をついて出たが、自分でもなぜそんなことを言ったのかわからないらしい。
「……ねえ、コウタくん」
ユズハがスサノオを見上げながら、静かに言った。
「ユズハ、なんとなくわかるの。コウタくんは、きっとあの敵よりずっと強い敵とも戦ってきたんだよね。あの三ヶ月の間に」
「ふっ……さあ。私は何も覚えていません」
「でも、魂は覚えてるんでしょ?」
ユズハの目が真っ直ぐにコウタを見つめる。
「コウタくん、前に言ってたもん。『私の魂は覚えている』って。なら、コウタくんの魂は、きっとあんな敵とも戦ったことがあるんだよ。ユズハにはわかるの」
コウタはしばらく黙っていた。やがて、手に持っていたスパナを静かに置き、スサノオの装甲に手を触れた。ひんやりとした感触。その奥に、確かな温もりを感じる。
「……ふっ。艦長の『なんとなく』は、よく当たりますからな」
「コウタくん……」
「私は何も覚えていません。しかし——」
彼は振り返り、二人に気取った微笑を向けた。
「次の戦いで、お見せしましょう。私が何者なのかを」
ユズハとアイリは、それ以上何も言わなかった。ただ、スサノオの右腕に輝く斬魂刀の青白い光が、いつもより強く見えた。




