表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
40/44

タイトル未定2026/07/09 20:19

第四十章「手紙と胃腸とフランケンシュタイナー」


1


第三格納庫の朝は早い。


昨夜の騒動——コウタが「アイリ様のことが好きです」と公言し、その直後に「ユズハ艦長のことも大好きです」と宣言し、アイリに「汚らわしい」と切り捨てられ、最後は見事なフランケンシュタイナーで床に沈められた騒動——が終わったのは、日付が変わる頃だった。


それから数時間。コウタはスサノオの足元で目を覚ました。隣ではユズハが毛布に包まってすやすやと寝息を立てている。アイリの姿はない。どうやら一足先に目覚めて、紅茶を淹れに行ったらしい。


「ふっ……朝か」


コウタが体を起こすと、ちょうどアイリがポットとカップを手に戻ってきたところだった。


「おはようございます、少尉」


「おはよう。よく眠れましたか」


「ふっ……ええ。床は少々固かったですが」


アイリは紅茶をカップに注ぎながら、ちらりとコウタを見た。


「昨晩はわたくし、言い過ぎましたわ。フランケンシュタイナーはやりすぎでした」


「ふっ……いえ、当然の報いです」


コウタは立ち上がり、作業着の埃を払った。そして優雅に一礼し、気取った微笑を浮かべる。


「しかし、やれやれです。アイリさんが朝まで離してくれないとか、困ったものです」


アイリの手が止まった。


「わたくしが朝まで離さなかったですって? あれはあなたが胃腸の心配をしたから——」


「ふっ……それと少尉。フランケンシュタイナーは、パワハラです」


「……パワハラ」


「ええ。上官による過剰な身体的制裁は、立派なパワーハラスメント。私は整備試験員、あなたは正規の少尉。明確な上下関係があります」


アイリはカップを置き、じっとコウタを見つめた。その目は笑っていない。しかし、さすがに昨夜の反省があるのか、今日はまだ冷静だった。


「……よく言いますわね。あなたが胃腸の話をしなければ、こちらも実力行使には出ませんでしたわ」


「ふっ……あれは私なりの愛情表現です」


「愛情表現であれは通りませんわ。でもまあ、フランケンシュタイナーは確かに少しやりすぎでした。謝りますわ」


「ふっ……謝罪を受け入れましょう」


コウタは優雅にうなずき、それから何かを思い出したように付け加えた。


「あと、白です」


「……は?」


アイリの眉がぴくりと動く。ユズハが毛布の中で「ふにゃ……」と寝返りを打った。


「なにが白ですの」


「ふっ……それは少尉の尊厳のために、言わないであげましょう」


コウタはわざとらしく目を閉じ、気取った笑みを浮かべた。アイリは紅茶のカップを握りしめ、かすかに震える声で尋ねる。


「コウタ。あなた、今、何を想像して『白』と言いましたの」


「ふっ……想像などしていません。ただ、昨夜フランケンシュタイナーをかけられた際、ほんの一瞬、少尉の——」


「言ったら殺しますわよ」


「ふっ……ですから、言わないであげると申し上げたのです」


アイリは深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。今朝の冷静さはどこへやら、その手には再び怒りの赤みが差している。しかし、そこにユズハがむくりと起き上がった。


「ふわぁ……おはよう、コウタくん、アイリちゃん」


「おはようございます、艦長」


「……おはよう、艦長」


ユズハは眠そうな目をこすりながら、二人の様子を見て首を傾げた。空気が少しピリついているのを、彼女の「なんとなく」が察知したらしい。


「また喧嘩してるの?」


「ふっ……喧嘩などしていません。私はただ、少尉の尊厳を守るために沈黙を選んだだけです」


「どういうこと?」


「コウタ。その話はもう終わりですわ」


「ふっ……ではこの話はここまでにしましょう」


コウタは優雅に一礼し、それからユズハに向き直った。


「艦長、少しよろしいでしょうか」


2


ユズハがきょとんと首を傾げる。コウタは真剣な眼差しで彼女を見つめた。


「ユズハ艦長。手紙が好きなのはいいんですけど」


「うん。ユズハ、手紙大好きだよ。コウタくんにもいっぱい書いたし、これからもいっぱい書くからね」


「ふっ……それが、少し問題なのです」


「問題?」


「ええ。正直に申し上げて、重いです」


ユズハの動きが止まった。アイリも紅茶のカップを手にしたまま、そっと息を呑む。


「今どき手紙は、超ヘビー級です。昨晩、私が艦長の手紙を朗読しようものなら、朝までかかったでしょう。それはそれでロマンですが、少尉の胃腸と同様に純粋に気遣って申し上げるなら、もう少し軽めの手法もご検討されては——」


「ひどい」


ユズハの目に涙が盛り上がった。コウタは慌てて手を振る。


「ふ、ふっ……艦長、私はただ——」


「ひどいよコウタくん! ユズハの手紙が重いだなんて! ユズハ、コウタくんに喜んでほしくて書いてたのに!」


「ふっ……いや、重いというのはですね、内容ではなく文字通りの物理的重量の話で——」


「余計にひどい!」


ユズハは立ち上がり、拳を握りしめた。アイリが紅茶を一口含み、静かに呟く。


「……今度は艦長を泣かせましたわね、この雑魚」


「ふっ……違うのです。私は艦長の健康と、私の腕の健康と、格納庫の床の耐荷重を気遣って——」


「なにが耐荷重だ!」


ユズハがコウタの胸ぐらを掴み、そのまま頭から床に叩きつける。轟音が格納庫に響き、コウタは仰向けに倒れた。


「……ふっ。これで二日連続、床と親密になりました」


アイリは空になったカップを置き、倒れたコウタを見下ろした。


「コウタ。胃腸の心配の次は、手紙が重い。どうやらあなたは、黙っているべき時に余計なことを言う天才のようですわね」


「ふっ……当然です。私ですから」


「褒めてませんわ」


ユズハは涙を拭き、倒れたコウタの隣にしゃがみ込んだ。


「ユズハ、怒ってないよ。でも、手紙が重いって言われたのは、ちょっとだけ本当に悲しかった。だってユズハ、コウタくんに伝えたいことがいっぱいあるんだもん」


「……艦長」


「でも、重いって言われたから、ちょっとだけ軽くする」


「軽く?」


「うん。今日から手紙の封筒、薄いのに変える」


コウタは静かに目を閉じ、気取った微笑を浮かべた。


「ふっ……艦長の優しさ、痛み入ります」


「でも、手紙をやめるのは絶対にやだ。コウタくんが読んでくれる限り、ユズハはずっと書くからね」


「ふっ……もちろんです。何通でも読みましょう。私の腕が腱鞘炎になろうとも」


「腱鞘炎になったらユズハが治してあげる!」


「ふっ……それは頼もしい」


コウタが起き上がり、優雅に一礼する。アイリは新しい紅茶を淹れ直し、三人のカップに注いだ。


「……まあ、二人がそれでいいなら、私は何も言いませんわ」


「ふっ……少尉も、胃腸を大事になさってください」


「まだ言いますの」


「ふっ……これは純粋な気遣いです」


アイリはカップを置き、ゆっくりと立ち上がった。その目が、今朝一番の冷たさを帯びている。


「コウタ。あなた、さっき『白』と仰いましたわね。その真意、今ここで明らかにしていただきますわ」


「ふっ……少尉の尊厳のために、申し上げられません」


「では、わたくしの尊厳のために、もう一度フランケンシュタイナーをお見舞いしますわ」


「ふっ……それはパワハラです」


「パワハラで結構。さあ、覚悟なさい」


コウタは天を仰ぎ、それから気取った微笑を浮かべた。


「ふっ……来なさい。私のロマンは、フランケンシュタイナーごときでは折れません」


「ほざけ」


ユズハがくすくすと笑いながら、新しい手紙を取り出して何やら書き始める。スサノオの足元で、今日も三人の賑やかな朝が過ぎていく。右腕の斬魂刀は、青白い光を静かに放ちながら、そんな三人を見守っていた。


第四十章 了


『彗星の指揮官は今日も無茶を言う』 続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ