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第三十七章「また会う日まで」


1


零式の亡霊がドリフターの大群を殲滅してから数日。ジャンクヤードには静かな平穏が戻っていた。


しかし、リュカだけは違った。彼はあの日から人が変わったように、再び工具を手に取り、機体の整備に没頭していた。煙草をくわえ、誰よりも早く整備場に現れ、誰よりも遅くまで作業を続ける。その目にはかつての頑固さとは違う、静かな決意の光が宿っていた。


「……リュカさん、また徹夜ですか」


アイリが紅茶を差し出すと、リュカは無言で受け取り、一口すすった。


「……俺はな、もう一度だけやってみることにしたんだ」


「何をです?」


「気合で動くロボットだよ」


リュカは煙を吐き出し、原型を見上げた。


「あの零式の亡霊を見て、思い知ったよ。俺はとっくに諦めてた。夢なんて見るもんじゃねえって、自分に言い聞かせてた。でもな——夢は諦めるもんじゃねえ。追い続けるもんなんだ。あんたの連れがいつも言ってる、『ロマン』ってやつだ」


アイリは静かに微笑んだ。


「……そうですか。なら、私も微力ながらお手伝いしますわ」


「あんたは十分やってくれたさ。それによ——」


リュカはコウタの方を見た。彼は今日もユズハに馬乗りにされて何やら説教を受けている。


「あの変なやつに言われたんだ。『核融合なんて飾りだ。ロボットは気合で動かすもんだ』ってよ。何十年も前に聞いた言葉を、あいつは何も知らねえ顔で繰り返した。それが馬鹿みたいに胸に響いちまった」


「……ロマンですわね」


「ああ。ロマンだ」


リュカは立ち上がり、工具箱を手に取った。


「やるぞ。もう一度だけ、俺は夢を見る」


2


その日の午後。コウタたちはジャンクヤードの片隅で、スクラップの山を整理していた。リュカに頼まれたわけではない。コウタが「ふっ……ロマンのためには美しい環境が必要です」と言い出したのがきっかけだった。


「コウタくん、これどこに置けばいい?」


「ふっ……その装甲片は、あちらの山に。いずれ合体の素材となるでしょう」


「また合体って言ってる……」


ユズハが呆れながら鉄板を持ち上げた瞬間、足元のスクラップがぐらりと揺れた。


「え——」


轟音と共に、積み上げられていたスクラップの山が雪崩を起こした。コウタ、ユズハ、アイリの三人は、為す術もなく無数の鉄塊の下敷きになった。


「コウタくん!」

「少尉、艦長を——」


コウタの声は途中で途切れた。スクラップの山が完全に崩れ、三人の姿は鉄の瓦礫に埋もれて見えなくなる。


「おい! あんたたち!」


リュカが駆け寄り、必死にスクラップを掻き分けようとした。しかし、その時だった。


瓦礫の隙間から、青白い光が溢れ出した。それは、かつて零式が放っていたのと同じ輝き。光は見る見るうちに強まり、ジャンクヤード全体を包み込んでいく。リュカは思わず腕で顔を庇い、目を細めた。


「な、なんだ……!?」


光の中で、三人の姿が浮かび上がる。コウタはユズハとアイリの手を握り、気取った微笑を浮かべていた。


「ふっ……どうやら、お別れの時間のようですな」


「え? 帰れるの?」


「なんとなく、ですが。艦長の『なんとなく』はよく当たりますから」


ユズハは涙を浮かべて笑い、アイリも静かにうなずいた。


「リュカさん」


コウタは光の中で、リュカに向かって優雅に一礼した。


「あなたは、私のロマンの証人です。どうか、その夢を諦めないでください」


「……あんた」


「核融合なんて飾りです。ロボットは気合で動かすものですよ」


リュカの目から、涙がこぼれ落ちた。彼は震える声で、何十年も心の奥にしまっていた言葉を絞り出した。


「……あんた、やっぱりあいつだったんだな。『星野コウタ』……!」


コウタは答えなかった。ただ、気取った微笑を浮かべ、もう一度だけ優雅に一礼した。その一瞬だけ、普段のイキった態度の奥から、かつてこのジャンクヤードで「零式」を組み上げた男の優しい眼差しが覗く。


「ふっ……ご無沙汰しております、リュカさん。私は星野コウタ。孤高の戦士です」


「ああ……ああ、そうだよ。あんたは、あんただったんだ……」


リュカは涙を拭おうともせず、ただ笑っていた。四十年前に去っていった師が、今、同じ言葉を口にして、同じ微笑みを浮かべて、再び自分の前から旅立とうとしている。


青白い光が強まり、三人の姿を完全に包み込んだ。そして——光が消えた時、スクラップの下には誰もいなかった。コウタも、ユズハも、アイリも、跡形もなく消え去っていた。


リュカはしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて煙草に火をつけ、深く煙を吸い込んだ。


「……行っちまったか」


彼は空を見上げた。二つの月が、変わらずそこに浮かんでいる。


「でもよ、あんたのロマンは、ちゃんとここに残ってるぜ」


リュカは工具箱を抱え直し、整備場へと歩き出した。その背中は、誰よりも誇り高く、誰よりも真っ直ぐだった。


3


気がつくと、三人はツクヨミの第三格納庫に立っていた。


目の前には、黄ばんだ装甲と継ぎ接ぎだらけの外装をまとったスサノオが鎮座している。右腕には、青白い光を放つ斬魂刀。コウタはスパナを握りしめたまま、自分がスサノオの装甲を磨いていた時の体勢で固まっている。


「……ふっ。ただいま戻りました」


ユズハとアイリも、呆然とした表情で周囲を見渡していた。


「帰ってきた……ツクヨミだ……!」


「……ええ。私たちの世界ですわ」


三人は顔を見合わせ、そして笑った。何も変わらない。ツクヨミの第三格納庫は、いつも通りの静けさに包まれている。でも、三人の胸の中には、確かに何かが刻まれていた。それは言葉にできない、けれど決して消えない、熱い「ロマン」の証だった。


アイリが解析装置のモニターを何気なく確認し、眉をひそめた。


「……コウタ。また新しい痕跡が見つかりましたわ」


「痕跡?」


「ええ。機体フレームの深層部に、通常の製造工程ではありえない構造が隠されています」


彼女はモニターをコウタに向けた。そこには、スサノオの基本フレーム図面が表示されている。連合宇宙軍の標準規格と比較すると、要所要所に不可解な補強と空間が設けられていた。


「この空間、後から無理やり開けたものじゃありません。最初から、ここに『何か』を組み込む前提で設計されていますわ」


「ふっ……ロマンの予感ですな」


「……真面目に聞きなさい、この雑魚」


アイリはさらにデータをスクロールさせた。


「そして、これですわ。機体の設計データベースに、不可解な痕跡を発見しました。誰かが意図的にデータを消去した形跡があります。大規模な削除です。まるで、この機体に関する『何か』を徹底的に隠蔽しようとしたかのように」


「……隠蔽」


「ええ。でも、完全には消せなかった。削除と暗号化の痕跡を丹念に剥がしていった先に——」


彼女は言葉を切り、モニターを食い入るように見つめた。そして、かすれた声で呟いた。


「……あってはならない名前ですわ」


モニターには、スサノオの開発チームの正式な名簿が、ほぼ完璧な形で残されていた。連合宇宙軍の著名な設計者たちの名がずらりと並んでいる。そしてリストの中ほどに——アイリの指が、ある一つの名を指し示した。


『技術顧問——リュカ・ドーソン』


「……リュカさん」


ユズハが目を丸くする。名前の横には、当時の年齢や専門分野が簡潔に記されていた。動力機関設計、駆動系最適化、情動観測機の基礎理論——そして特記事項として「零式開発プロジェクト経験者」。


アイリはさらにスクロールさせた。名簿にはリュカの他にも見覚えのある名前が散見される。ジャンクヤードで共に機体を組み上げた技術者たち——彼らの名前が、スサノオの開発チームに確かに刻まれていた。


「この人も……この人も、あの時の……」


ユズハが画面を覗き込みながら呟く。


「リュカさんたち、あの後ちゃんと認められたんだね。軍に見捨てられたジャンクヤードの人たちが、このスサノオを作ったんだ」


「……ええ。そしてリュカさんは、最後まで『気合で動くロボット』を諦めなかった」


アイリは紅茶を一口含み、静かに微笑んだ。


「この機体が、ただの核融合炉で動くはずがありませんわ。最初から、違うエネルギーシステム——魂動力を前提に設計されていた」


スサノオの動力機関の設計図を確認すると、そこには核融合炉の影もなく、「魂魄増幅器」の系譜を受け継ぐ精緻な機構が描かれていた。外部には単なる核融合炉として偽装されていたが、内部構造はまさにジャンクヤードでリュカたちが開発していた「精神感応型エントロピー反転炉」の進化形だった。


「ふっ……ロマンとは、時空を超えるものです」


コウタは腕を組み、気取った笑みを浮かべた。


「リュカさんは、私のロマンを継いでくれた。そしてそのロマンが、このスサノオを形作った」


「違いますわ」


アイリはきっぱりと言った。


「リュカさんは、貴方のロマンを継いだのではなく、貴方と共にロマンを紡いだんですわ。あのジャンクヤードで」


「……ふっ。少尉の言う通りです」


コウタは珍しく素直にうなずき、スサノオの装甲に手を触れた。ひんやりとした感触の奥に、確かな温もりを感じる。


「リュカさん。あなたは、夢を諦めなかった。だから、この機体はここにある。私の手の中に」


スサノオは何も答えない。でも、右腕の斬魂刀が、青白い光を静かに放っている。


「……私も、あなたのように生きましょう。ロマンを追い続け、いつか誰かに託す。それが、私の役目です」


ユズハがそっと、コウタの袖を引いた。


「ねえ、コウタくん。リュカさんに手紙書こっか。届くかわかんないけど」


「ふっ……届かなくとも、魂は届くものです。リュカさんなら、きっとわかってくれる」


「そうだね。ユズハ、書く!」


アイリも新しい紅茶を淹れ直しながら、静かにうなずいた。


「……私からも、一言添えますわ。『気合で動くロボットは、確かにここにあります』と」


三人は顔を見合わせ、小さく笑った。


名簿の最後には、擦れかけてはいるが確かに読める文字で、こう記されていた。


『本機は、志半ばで散った無数の夢の上に立つ。故に、搭乗者の魂を動力とする。我らが愛したロマンが永遠に受け継がれんことを——リュカ・ドーソン』


スサノオの斬魂刀が、一際強く青白く輝く。それはまるで、時空を超えてリュカが三人に送った、最後のエールのように思えた。


第三十七章 了


『彗星の指揮官は今日も無茶を言う』 続く

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