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第三十六章「ロマンの結晶」


1


開発プロジェクトは佳境を迎えていた。


技術者たちは寝る間も惜しんで作業に没頭し、アイリは解析装置の前で居眠りしながらデータを確認し、ユズハは倒れた技術者に毛布をかけて回っている。リュカは煙草をくわえたまま、誰よりも長く工具を握り続けていた。


そしてコウタは、原型を中心に周囲の機体を融合させる「合体」の指揮を執っていた。彼の頭の中には明確な設計図があるわけではない。ただ「こうあるべきだ」という直感——彼が「ロマン」と呼ぶもので機体を組み上げていく。


「いいですか、リュカさん。装甲の厚さは防御力ではなく『覚悟の重さ』です。だからもっと重厚に、かつ無駄に派手に!」


「派手にしてどうすんだよ! 整備性が最悪だぞ!」


「ふっ……ロマンのない整備など、ただの掃除です」


コウタはどこからか持ち出した巨大な布——おそらく倉庫に眠っていた古い旗か何かだろう——を機体の背部にマウントし始めた。風を受けてはためく、無駄に立派なマントである。さらに機体の頭部には、眼鏡をクイッとするためだけに動く無意味なマニピュレーターを取り付けている。


「……なんだ、それは」


「ふっ……ロマンです」


「いらねえだろ、そんなもん!」


リュカは頭を抱えた。アイリも紅茶を吹き出しそうになり、ユズハだけが「かっこいい!」と目を輝かせている。しかし不思議と、周囲の技術者たちの目は死んでいなかった。かつて夢を追った者たちの瞳に、熱い火が灯り始めている。


2


だが、運命は非情だった。


完成目前、警報が鳴り響いた。


「ドリフターだぁ!!!!」


見張り台から技術者の一人が叫ぶ。モニターには、地平線を埋め尽くさんばかりのドリフターの大群が映し出されていた。ジャンクヤード全体を覆い尽くすほどの数だ。かつてない規模の襲来だった。


「くそっ……間に合わねえのか……!」


リュカが歯を食いしばる。完成した機体はまだ一度もまともに動いていない。コウタは慌てる様子もなく、未完成のコックピットに飛び乗った。ハッチは相変わらず完全には閉まらない。


「ふっ……起動シークエンス。魂の轍、全開!」


起動シークエンスが始まる。動力炉が唸りを上げ——そして、沈黙した。


「……動かねえ!」


「ふっ……」


「クソ動かねえんだよ!」


技術者たちが必死に調整を試みるが、機体はぴくりとも動かない。ドリフターの群れは目前に迫り、もはや一刻の猶予もなかった。リュカが思わず目を閉じかけた、その時である。


「動け……動けよ、ロマン!」


コウタの叫びが、整備場にこだました。


3


「……待たせたな、リュカ」


誰の声でもない。だが、誰もが聞き覚えのある声が、ジャンクヤード全体に響き渡った。


次の瞬間、地面に積み上げられていた無数のスクラップが、青白い光を放って浮き上がった。朽ちた装甲、折れた剣、千切れた配線、錆びついた関節——それらが意思を持ったかのように、磁石に吸い寄せられるように集まり、コウタの機体を包み込むようにして、巨大な「光の巨人」を形成していく。


「な、なんだ……!? スクラップが勝手に……合体したのか!?」


誰かが叫ぶ。それはコウタが「合体」と称して夢見た光景そのものだった。スクラップはコウタの機体をコアに、瞬く間に無数の機体の形をとり、一つの巨大な戦列を組んだ。そしてコウタが取り付けたはずの「赤いマント」が、光の粒子となって巨大にたなびいている。


「零式……。そうか、お前……ずっとここにいたんだな」


リュカは涙を流しながら、その光景を見上げた。誰も乗っていないはずのスクラップの軍勢は、コウタの動きと完全に同期している。コウタが右腕を振り上げれば、無数の機体も光の刃を振りかざす。コウタが不敵に笑えば、全機のバイザーが一際強く輝く。


「ふっ……観測者崩壊、全開! 全てを切り裂け、ロマンの刃!」


コウタの一声で、スクラップの機体群はドリフターの大群に突っ込んでいった。右腕の粗末な剣が触手を斬り裂き、左脚が敵を蹴散らし、マントのようにたなびく装甲板が閃光を撒き散らす。それは圧倒的な蹂躙だった。地平線を埋め尽くしたドリフターが、一瞬で消滅していく。


そして戦闘が終わると、スクラップの機体群は跡形もなく崩れ落ち、元のガラクタの山へと戻っていった。


4


静寂。


整備場は、しばし音を失った。


コックピットを調べた技術者が、震える声で報告する。


「……コックピット、空っぽです。誰も乗っていません」


誰もが呆然とスクラップの山を見つめる中、コウタの乗る機体のハッチが開き、煤だらけのコウタが這い出てきた。


「ふっ……少し、無茶をさせすぎましたかな」


リュカは駆け寄り、コウタの胸ぐらを掴んだ。今にも殴り飛ばしそうな形相で、だがその目は激しく濡れている。


「……あいつに、零式に何て言った」


「ふっ……何も。ただ、『格好良く決めてくれ』と頼んだだけですよ」


リュカは力を抜き、笑った。何十年も忘れていた、少年のようなくしゃくしゃの笑顔で。


「……そうか。なら、文句はねえな」


彼は空を見上げ、そして深く息を吐いた。四十年前、たった一人でロマンを追い続けた男が、確かにこの地にいた。その意志が、魂が、今もここに宿っている——リュカはその確信を、全身で噛みしめていた。


「……ありがとう、コウタさん。あんたのロマンは、ちゃんと生きてるぜ」


彼は誰にも聞こえない声で、そっと呟いた。リュカは、あの日見送った「師」の背中を、今、目の前の若者の姿に重ねていた。


第三十六章 了


『彗星の指揮官は今日も無茶を言う』 続く

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