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第三十四章「合体」
どれだけの時間が経ったのか、誰にもわからなかった。
ユズハはコウタの手を握ったまま、再びうとうとと舟を漕ぎ始めている。アイリは紅茶を片手に解析を続け、リュカは黙々と「原型」の装甲を磨いていた。ジャンクヤードには静かな夜が訪れ、二つの月が空に浮かんでいる。
その時だった。
「……ふっ」
床に横たわっていたコウタが、ゆっくりと上体を起こした。ユズハがぱちりと目を覚まし、アイリが紅茶のカップを置く。リュカだけは背を向けたまま、手を止めなかった。
「コウタくん!」
ユズハが嬉しそうに声をかける。コウタは立ち上がり、作業着の埃を払った。そして、人差し指で眼鏡のブリッジを押し上げる仕草をした。眼鏡はかけていない。伊達すらない。ただの素顔である。
「ふっ……お待たせしました、我が姫君たち」
ユズハとアイリが顔を見合わせる。コウタの口調はいつも通りだが、その目は異様にギラギラと輝いていた。まだ何かが壊れたままらしい。
「コウタくん、大丈——」
ユズハが言い終わらないうちに、リュカが振り返りざまに工具——大きなスパナ——をコウタ目掛けて投げつけた。
「うるせえ! 姫君たちだと!? 調子に乗ってんじゃねえぞこの大法螺吹きが!」
スパナは美しい放物線を描き、コウタの額にクリーンヒットした。
「あいて!」
コウタはその場にしゃがみ込み、額を押さえる。ユズハとアイリが慌てて駆け寄ろうとした——その時だった。コウタが再びピキーンと硬直し、弾かれたように立ち上がる。その目はさらにギラギラと輝き、両手を大きく広げた。
「……わかった! 合体だ!」
整備場が静まり返った。ユズハがおそるおそる尋ねる。
「……が、がったい?」
「そうです、艦長! ここにあるジャンクパーツや整備不良の機体たちを、すべて合体させるのです!」
リュカが煙草をくわえたまま眉をひそめる。アイリが紅茶のカップを置き、コウタはさらに続けた。その口からは、もはや堰を切ったようにトンデモ理論の奔流が溢れ出す。
「まず、質量保存の法則について! 合体時に異次元からパーツが召喚される現象は、位相反転推進理論で十分説明がつく! 存在位相をずらせば、別の現実から質量を引っ張ってこれるのです!」
「おいおいおいおい! そんなんできるわけねえだろ!」
リュカが叫ぶ。しかしコウタは止まらない。
「次に慣性制御! 合体後の超機動でパイロットが肉片にならないのは、機体内部に形成した慣性中和フィールドがGを相殺しているからです! 重力場共鳴炉の理論を応用すれば——」
「ちょっと待て。重力場共鳴ってなんだ」
「重力は粒子ではなく波の共鳴現象です。人工的に重力波を共鳴させれば、空間そのものが振動し、慣性が相殺される。原理は簡単です」
「簡単じゃねえ!」
アイリが紅茶を一口含み、静かにツッコむ。
「……それ、さっきの理論の応用ですわね。合体にも使えると思ってたんですか」
「ふっ……当然です。私ですから」
「調子に乗るな、この雑魚」
ユズハだけは目を輝かせて彼の後を追いかけていたが、コウタはさらに続ける。
「そして合体時のエネルギー不足は、観測者崩壊理論で補います! 合体を“観測”することで現実が確定し、その収縮エネルギーが出力を底上げする! 叫ぶと出力が上がるのも同じ原理です! 私の声が、現実を観測しているのです!」
「叫ぶと出力が上がるって、どこの世界の理屈だ!」
「ロマンの世界です」
リュカは煙草を落とし、アイリが紅茶を吹き出しそうになる。
「ああ、とうとう壊れちまった」
「……ええ。完全に壊れましたわ」
「でもやるぞ!」
コウタは有無を言わさぬ勢いで工具を手に取り、原型の装甲を外し始めた。ジャンクパーツというジャンクパーツをかき集め、次々と機体に組み込んでいく。さらに彼は、原型の装甲を拳で叩きながら続けた。
「そして、もう一つ! 合体時の防御問題は、装甲の“自己修復機能”で解決します! 傷が勝手に治るのは、パイロットの闘志が自己修復ナノマシンを活性化させるからです!」
「自己修復ナノマシンなんて、このジャンクヤードのどこにあるんだよ!」
「ふっ……闘志があれば、ナノマシンなど後からついてくるものです」
リュカが頭を抱え、アイリが紅茶のカップを置いてこめかみを揉む。ユズハだけは目を輝かせてコウタの後を追いかけていた。
「じゃあじゃあ、合体してる間、敵が待ってくれるのはなんで!?」
「ふっ……合体シークエンス中は、変形エネルギーが強力な防御フィールドを展開します。敵は迂闊に近づけない。演出上スローに見えるのは、そのフィールド内の時間が圧縮されているからです」
「時間圧縮!? それもう物理法則ぶっ壊れてるぞ!」
「物理法則など飾りです」
コウタは気にせず工具を動かし続け、やがて完成した機体はもはや原型をとどめていない。全身が継ぎ接ぎの装甲で覆われ、異次元から召喚された質量が機体を巨大化させ、慣性中和フィールドが関節の負荷を消し去り、観測者崩壊エネルギーが青白く機体を包み込み、自己修復ナノマシンが傷を瞬時に塞いでいく——もはや、このジャンクヤードのどこにも存在しなかったはずの技術の結晶だった。
「……大丈夫、ほら出来た」
コウタが気取った微笑みを浮かべると、リュカは目を白黒させながら叫んだ。
「なんでええええええ! 今のデタラメ理論で本当に動いてやがる!」
「ふっ……理論ではありません。ロマンです」
「ロマンじゃねえ! いや、もうなんでもいい! 動いたならそれで——」
リュカは言葉を切り、深く息を吐いた。それから煙草に火をつけ直し、ぼそりと呟く。
「……わかったよ。好きにしやがれ。どうせ止めても無駄だろ」
「ふっ……賢明な判断です」
「ただし、俺の機体をめちゃくちゃにしたら承知しねえからな」
「ふっ……ご心配なく。私ですから」
アイリが合体した機体を見上げ、ぽつりと呟く。
「……合体、本当にやりましたわね」
「ああ。どこまで本気かは知らねえが、あの目は嘘をついてねえな」
「……ロマン、ですわね」
「あんたも大概だな」
リュカは呆れながらも、口元が微かに緩んでいた。ジャンクヤードの夜は、こうしてまた騒がしく更けていく。二つの月が静かに見下ろす中、トンデモ理論の結晶と化した機体は、青白い光を放ちながら静かに佇んでいた。
第三十四章 了




