表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
34/35

34

第三十四章「合体」


どれだけの時間が経ったのか、誰にもわからなかった。


ユズハはコウタの手を握ったまま、再びうとうとと舟を漕ぎ始めている。アイリは紅茶を片手に解析を続け、リュカは黙々と「原型」の装甲を磨いていた。ジャンクヤードには静かな夜が訪れ、二つの月が空に浮かんでいる。


その時だった。


「……ふっ」


床に横たわっていたコウタが、ゆっくりと上体を起こした。ユズハがぱちりと目を覚まし、アイリが紅茶のカップを置く。リュカだけは背を向けたまま、手を止めなかった。


「コウタくん!」


ユズハが嬉しそうに声をかける。コウタは立ち上がり、作業着の埃を払った。そして、人差し指で眼鏡のブリッジを押し上げる仕草をした。眼鏡はかけていない。伊達すらない。ただの素顔である。


「ふっ……お待たせしました、我が姫君たち」


ユズハとアイリが顔を見合わせる。コウタの口調はいつも通りだが、その目は異様にギラギラと輝いていた。まだ何かが壊れたままらしい。


「コウタくん、大丈——」


ユズハが言い終わらないうちに、リュカが振り返りざまに工具——大きなスパナ——をコウタ目掛けて投げつけた。


「うるせえ! 姫君たちだと!? 調子に乗ってんじゃねえぞこの大法螺吹きが!」


スパナは美しい放物線を描き、コウタの額にクリーンヒットした。


「あいて!」


コウタはその場にしゃがみ込み、額を押さえる。ユズハとアイリが慌てて駆け寄ろうとした——その時だった。コウタが再びピキーンと硬直し、弾かれたように立ち上がる。その目はさらにギラギラと輝き、両手を大きく広げた。


「……わかった! 合体だ!」


整備場が静まり返った。ユズハがおそるおそる尋ねる。


「……が、がったい?」


「そうです、艦長! ここにあるジャンクパーツや整備不良の機体たちを、すべて合体させるのです!」


リュカが煙草をくわえたまま眉をひそめる。アイリが紅茶のカップを置き、コウタはさらに続けた。その口からは、もはや堰を切ったようにトンデモ理論の奔流が溢れ出す。


「まず、質量保存の法則について! 合体時に異次元からパーツが召喚される現象は、位相反転推進理論で十分説明がつく! 存在位相をずらせば、別の現実から質量を引っ張ってこれるのです!」

「おいおいおいおい! そんなんできるわけねえだろ!」


リュカが叫ぶ。しかしコウタは止まらない。


「次に慣性制御! 合体後の超機動でパイロットが肉片にならないのは、機体内部に形成した慣性中和フィールドがGを相殺しているからです! 重力場共鳴炉の理論を応用すれば——」

「ちょっと待て。重力場共鳴ってなんだ」

「重力は粒子ではなく波の共鳴現象です。人工的に重力波を共鳴させれば、空間そのものが振動し、慣性が相殺される。原理は簡単です」

「簡単じゃねえ!」


アイリが紅茶を一口含み、静かにツッコむ。


「……それ、さっきの理論の応用ですわね。合体にも使えると思ってたんですか」

「ふっ……当然です。私ですから」

「調子に乗るな、この雑魚」


ユズハだけは目を輝かせて彼の後を追いかけていたが、コウタはさらに続ける。


「そして合体時のエネルギー不足は、観測者崩壊理論で補います! 合体を“観測”することで現実が確定し、その収縮エネルギーが出力を底上げする! 叫ぶと出力が上がるのも同じ原理です! 私の声が、現実を観測しているのです!」

「叫ぶと出力が上がるって、どこの世界の理屈だ!」

「ロマンの世界です」


リュカは煙草を落とし、アイリが紅茶を吹き出しそうになる。


「ああ、とうとう壊れちまった」

「……ええ。完全に壊れましたわ」

「でもやるぞ!」


コウタは有無を言わさぬ勢いで工具を手に取り、原型の装甲を外し始めた。ジャンクパーツというジャンクパーツをかき集め、次々と機体に組み込んでいく。さらに彼は、原型の装甲を拳で叩きながら続けた。


「そして、もう一つ! 合体時の防御問題は、装甲の“自己修復機能”で解決します! 傷が勝手に治るのは、パイロットの闘志が自己修復ナノマシンを活性化させるからです!」

「自己修復ナノマシンなんて、このジャンクヤードのどこにあるんだよ!」

「ふっ……闘志があれば、ナノマシンなど後からついてくるものです」


リュカが頭を抱え、アイリが紅茶のカップを置いてこめかみを揉む。ユズハだけは目を輝かせてコウタの後を追いかけていた。


「じゃあじゃあ、合体してる間、敵が待ってくれるのはなんで!?」

「ふっ……合体シークエンス中は、変形エネルギーが強力な防御フィールドを展開します。敵は迂闊に近づけない。演出上スローに見えるのは、そのフィールド内の時間が圧縮されているからです」

「時間圧縮!? それもう物理法則ぶっ壊れてるぞ!」

「物理法則など飾りです」


コウタは気にせず工具を動かし続け、やがて完成した機体はもはや原型をとどめていない。全身が継ぎ接ぎの装甲で覆われ、異次元から召喚された質量が機体を巨大化させ、慣性中和フィールドが関節の負荷を消し去り、観測者崩壊エネルギーが青白く機体を包み込み、自己修復ナノマシンが傷を瞬時に塞いでいく——もはや、このジャンクヤードのどこにも存在しなかったはずの技術の結晶だった。


「……大丈夫、ほら出来た」


コウタが気取った微笑みを浮かべると、リュカは目を白黒させながら叫んだ。


「なんでええええええ! 今のデタラメ理論で本当に動いてやがる!」

「ふっ……理論ではありません。ロマンです」

「ロマンじゃねえ! いや、もうなんでもいい! 動いたならそれで——」


リュカは言葉を切り、深く息を吐いた。それから煙草に火をつけ直し、ぼそりと呟く。


「……わかったよ。好きにしやがれ。どうせ止めても無駄だろ」

「ふっ……賢明な判断です」

「ただし、俺の機体をめちゃくちゃにしたら承知しねえからな」

「ふっ……ご心配なく。私ですから」


アイリが合体した機体を見上げ、ぽつりと呟く。


「……合体、本当にやりましたわね」

「ああ。どこまで本気かは知らねえが、あの目は嘘をついてねえな」

「……ロマン、ですわね」

「あんたも大概だな」


リュカは呆れながらも、口元が微かに緩んでいた。ジャンクヤードの夜は、こうしてまた騒がしく更けていく。二つの月が静かに見下ろす中、トンデモ理論の結晶と化した機体は、青白い光を放ちながら静かに佇んでいた。


第三十四章 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ