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第三十章「魂の轍——三人、異世界へ」
1
殖民星防衛ラインの戦いから数日後。ツクヨミは修復作業に追われながらも、つかの間の平穏を取り戻していた。
第三格納庫では、コウタがスサノオの整備を続けている。零式の魂と融合した機体は、外見こそ相変わらずの黄ばんだ装甲と継ぎ接ぎだらけの姿だが、その内部には計測不能のエネルギーが満ちていた。
「ふっ……今日も美しい。我が愛機よ」
コウタが機体を磨いていると、ユズハとアイリが顔を出した。
「コウタくん、お茶持ってきたよ!」
「……また無駄に機体を撫で回して。少しは休んだらどうですの」
三人が笑い合ったその時だった。スサノオの斬魂刀が、突然まばゆい青白い光を放ち始めた。光は格納庫全体を包み込み、三人の視界を真っ白に染め上げる。
「な、なに!?」
「コウタくん!」
そして——三人の姿は、光の中に消えた。
2
気がつくと、三人は見知らぬ荒野に立っていた。周囲には無数の機動兵器の残骸が転がり、あちこちから煙が上がっている。空には見たこともない二つの月が浮かんでいた。
「……ここ、どこ……?」
ユズハが困惑した声で呟く。アイリは周囲を見渡し、眉をひそめた。
「……星の配置が、私たちの知るどの星図とも一致しませんわ。それに、あの月——二つある」
「ふっ……どうやら、またロマンの旅が始まったようですな」
コウタは立ち上がり、作業着の埃を払った。
「おそらく、ここは私たちの世界ではありません。異世界——パラレルワールドというやつですな」
「異世界……!」
アイリは絶句し、ユズハは目を丸くする。
「また異世界に転移したみたいですね。前回は確か、服も何もかも置いて裸で放り出されましたが——ふっ。今回はきちんと着ていますな」
「前回……? 貴方、そんなことがあったんですの?」
「ふっ……記憶にはありません。しかし、魂が覚えているようです」
その時、遠くから爆発音が響き、悲鳴が上がった。
「ドリフターだ! ドリフターが来たぞ!」
見ると、小型のドリフターの群れがジャンクヤードに押し寄せてきている。人々は逃げ惑い、まともに迎撃できる機動兵器などどこにもなかった。
「ふっ……どうやら、悠長に状況確認をしている場合ではないようですな」
コウタは近くに転がっていた廃棄機体——武装も貧弱な旧式機——に駆け寄り、コックピットに飛び乗った。
「コウタくん! それ、動くの!?」
「ふっ……動かします。私ですから」
機体はぎしぎしと軋みながらも、ゆっくりと立ち上がった。右腕には粗末な剣が一本。それだけだ。
「はあああっ!」
コウタは単身、ドリフターの群れに突っ込んでいった。粗末な剣が触手を斬り裂き、一体、また一体と撃破していく。その動きは無茶苦茶で、決して洗練されてはいない。しかし、なぜか敵の攻撃は当たらない。
最後の一体を斬り伏せ、ドリフターの群れはようやく撤退していった。コックピットから降り立ったコウタは、煤と汗にまみれながらも気取った微笑を浮かべる。
「ふっ……当然の結果です」
その時、しわがれた声が響いた。
「……はっ。なんだよ、あんた」
振り返ると、作業服を着た初老の男——いや、かなり年のいった老人が立っていた。白髪交じりの無精髭。眼光は鋭く、口元はへの字に曲がっている。手には使い古した工具箱。全身から「面倒くさい」というオーラが滲み出ていた。
「ふっ……私は星野コウタ。孤高の戦士です」
「戦士? ああそうかい。ご苦労なこった」
老人——リュカは、コウタが乗ってきた廃棄機体を一瞥し、鼻で笑った。
「あんたも笑うのか? ロボットが感情で動くなんて夢物語。ここの連中はみんなそうさ。魂動力だの零式だの、ガキの妄想にいつまでもしがみついてやがる」
「……魂動力」
コウタはその言葉に反応した。リュカはさらに機嫌悪そうに続ける。
「ここはな、軍に見捨てられたクソッタレの墓場だ。もともとはロボットの開発局だったんだが、敵の襲撃で終わりさ。軍はとっとと逃げて、残ったのは使えないガラクタと、それでも諦めきれねえ馬鹿どもだけだ」
「ここは、こんな襲撃が多いんですか?」
アイリが尋ねると、リュカは吐き捨てるように答えた。
「多いも少ないもねえよ。毎日が生きるか死ぬかだ。軍は助けに来ねえ。自力で生き延びるしかねえんだ」
そう言いながらも、リュカはコウタが乗ってきた機体の損傷箇所を素早く見極めていた。その目は、ただの老人のものではない。
「……駆動系がもうダメだな。よくこれで戦ったもんだ。こっちに来な。手を貸してやる」
3
リュカに案内されたのは、ジャンクヤードの片隅にある粗末な整備場だった。ところどころ修理の跡がある旧式機が数機並んでいる。
「たいしたものはねえが、動く機体は揃ってる。好きに使え」
コウタは早速、損傷した機体の修理に取りかかった。ユズハとアイリも手伝う中、リュカは離れた場所で煙草をふかしながら三人を観察していた。
「……あんたら、ここで何をする気だ」
「ふっ……私たちは、ここに流れ着いただけです。ですが、できることならこの場所を守りたい」
「守る? はっ。馬鹿馬鹿しい。どうせ俺たちは見捨てられたんだ。今さらジタバタしたところで——」
リュカはそこで言葉を切り、コウタの手元をじっと見つめた。彼が触れた機体が、みるみる調子を取り戻していく。
「……あんた、ただもんじゃねえな」
「ふっ……当然です。私ですから」
リュカは煙草をもみ消し、しばらく考え込んでいたが、やがて面倒くさそうに立ち上がった。
「……わかったよ。好きにしろ。ただし、俺の機体を壊したら承知しねえからな」
そう言って、リュカは工具箱を抱えて奥へ引っ込んでいった。
4
その後も、ドリフターの襲撃は続いた。
コウタはそのたびに、整備場にある廃棄機体を乗り継いで戦った。リュカは相変わらず素っ気ない態度だったが、コウタが戻るたびに無言で機体の状態をチェックし、必要な部品を揃えていた。
「……ふっ。この機体、操作系統が妙にしっくりくる」
コウタが呟くと、リュカが横から口を出した。
「当たり前だ。ここの機体はみんな、零式って伝説の機体を真似て作られてる。元は全部、一人の馬鹿が設計したんだよ」
「零式……!?」
アイリが驚きの声を上げた。
「それって、コウタが前に話していた——」
「え、えええ!? コウタくんが言ってた零式のやつ!? あれホントだったの!?」
ユズハが目を輝かせてコウタに詰め寄る。リュカは怪訝な顔で三人を見た。
「……あんた、零式を知ってるのか」
「ふっ……記憶にはありません。しかし、魂が覚えているようです」
リュカはしばらくコウタの顔をじろじろと見ていたが、やがてふんと鼻を鳴らした。
「はっ。またかよ。たまに来るんだよ、あんたみたいな奴が。『零式を見た』『俺は適合者だ』ってな。みんな夢物語に取り憑かれた哀れな連中さ」
「……成功例は、なかったんですか」
アイリが静かに尋ねた。リュカは煙草に火をつけ、遠くを見つめた。
「……さあな。一体だけ、あったらしいぜ。嘘みたいな話だろ?」
5
その夜。三人は整備場の隅で休んでいた。
リュカは一人、離れた場所で煙草をふかしている。アイリが話しかけた。
「……リュカさん、あなたは零式を笑うんですか。夢物語だと」
「あったりめえだ。ロボットが感情で動く? 魂で動く? そんなもん、ガキの空想だ。俺はな、現実だけを見て生きてきたんだよ」
リュカは煙を吐き出し、自嘲気味に笑った。
「若い頃は俺も馬鹿だった。夢を見てた。『気合で動くロボットを作る』なんて大口叩いて、ガラクタをかき集めて機体を組み上げた。でもな、結局何もできやしなかった。夢なんて、何の役にも立たねえんだ」
「……リュカさん」
「だから俺はもう、夢なんて見ねえ。現実だけだ。生き延びることだけ考えてりゃいい」
リュカは煙草を地面に押し付け、立ち上がった。
「あんたらも、さっさと諦めな。ここはそういう場所だ」
去っていくリュカの背中は、ひどく小さく見えた。
6
「コウタくん、リュカさんって……」
ユズハが不安そうにコウタの袖を引いた。
「ふっ……彼は、かつて夢を見ていたのでしょう。しかし、何かが彼の心を折った」
「……私たちが乗っている機体、みんな零式の設計を真似て作られたって言ってましたわ。それに、『一体だけ成功例があった』とも」
「ええ。そしてその成功例は——」
三人の視線が、ジャンクヤードの片隅に向けられた。そこには、ひときわ目を引く一機の機体が静かに佇んでいた。黄ばみ始めた装甲。継ぎ接ぎだらけの外装。右腕には何もなく、ただ空っぽのマウントアームだけがぽっかりと口を開けている。
「……あの機体ですな」
コウタは立ち上がり、その機体に近づいた。胸の奥がざわつく。記憶にはない。しかし、魂が叫んでいる——この機体を知っている、と。
彼は機体の胸部に手を触れた。ひんやりとした、長い間誰にも触れられていなかった装甲。しかし、その奥に、かすかな温もりを感じた。
「……お前は、私を待っているのか」
機体は何も答えない。でも、その胸部がほんの一瞬だけ、かすかに輝いた気がした。
7
その時、後ろから声がした。
「……触るな、触るんじゃねえ」
振り返ると、リュカが立っていた。その顔には、今まで見せたことのない、苦しげな表情が浮かんでいる。
「その機体は……あれは、俺が守ってきた機体だ。誰にも触らせねえ」
「ふっ……リュカさん。あなたは、この機体のことを知っているのですな」
リュカは答えなかった。ただ、震える手で機体の装甲をそっと撫でた。
「……馬鹿なんだよ、俺は。夢なんてもう見ねえって決めたのに。でも、この機体だけは……捨てられなかった」
ユズハがそっとリュカの袖を引いた。
「リュカさん、この機体はきっと、誰かを待ってるんだよ。ユズハにはわかるの」
「……待ってる、だと?」
「うん。ずっとずっと、長い間。自分のことを信じてくれる誰かを」
リュカは顔を歪め、俯いた。
「……信じる? そんなもん、とうの昔に捨てた。あの人がいなくなってから——もう、何十年も」
アイリが静かに尋ねた。
「あの人……零式を作った人ですか」
リュカは答えなかった。ただ、機体に手を触れたまま、何かをこらえるようにじっと耐えている。
コウタはリュカの肩に手を置いた。
「ふっ……リュカさん。もし私が、その『あの人』の代わりになれるなら——私はこの機体を目覚めさせたい。あなたが守り続けてきた、そのロマンの結晶を」
リュカはゆっくりと顔を上げ、コウタをまっすぐに見た。何かを探るような目だった。そして——
「……好きにしろ」
彼はそう言い残し、背を向けて歩き去っていった。でも、その背中が微かに震えているのを、三人は見逃さなかった。
第三十章 了
『彗星の指揮官は今日も無茶を言う』 続く




