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第二十八章「空っぽの昇格」


1


ツクヨミ、第一格納庫・模擬戦エリア。


「星野訓練生、今日は俺が相手だ」


通信に映ったのは、正規パイロットのエース——連合宇宙軍でも五指に入ると言われるベテラン、ゴトウ中尉だった。コウタより十歳以上年上で、実戦経験も豊富な生粋の戦士だ。


「ふっ……光栄です」


コウタはスサノオのコックピットで、気取った微笑を浮かべた。この数週間、彼は毎晩零式のゴーストと戦い続けてきた。相変わらず一勝もできていないが、その動きは確実に研ぎ澄まされている。


「模擬戦、開始!」


ゴトウ機が飛び出した。ベテランらしく無駄のない、洗練された初動。しかしコウタの目には、それがひどくゆっくりに見えた。


(……零式の方が、ずっと速い)


彼は操縦桿を倒し、スサノオを紙一重でゴトウ機の攻撃をかわしながら間合いを詰めた。斬魂刀を抜き、模擬刃をゴトウ機の胸部に叩き込む。


【判定:有効打。残機数ゼロ。勝者、星野コウタ】


「……なに?」


ゴトウ中尉の驚いた声が通信に響く。モニターの前で見守っていた訓練生たちも、一斉にざわついた。


「星野先輩が、ゴトウ中尉に勝った……?」

「しかも、たった一撃で……!」


鬼丸副長もモニターを見つめ、静かにうなずいた。


「……動きが、まるで別人だ。無駄が一切ない」

「ふっ……当然です。私ですから」


コウタは気取った微笑を浮かべたが、その心は少しも晴れていなかった。


(……零式には、まだ一太刀も届かないのに)


2


それから数日間、コウタは模擬戦で驚異的な連勝を重ねた。


相手が訓練生だろうと正規パイロットだろうと関係なく、彼は次々と撃破していった。その動きはあまりにも洗練され、無駄がなく、まるで相手の動きをすべて見透かしているかのようだった。


「星野先輩、強すぎる……!」

「前はあんなに弱かったのに、なんで急に……!」

「あの動き、まるで誰かと戦い慣れてるみたいだ……」


訓練生たちは口々に驚きの声を上げた。しかしコウタは、その勝利に少しも喜びを感じていなかった。


(……彼らは、零式ほど速くない。零式ほど重くない。零式ほど、私を見透かしていない)


彼にとって模擬戦は、もはや「訓練」ですらなかった。零式との戦いに比べれば、あまりにも簡単すぎる。ただ、零式に一太刀も届かない自分が、他の誰かに勝ったところで何の意味があるのか——そう思えてならなかった。


3


そして一週間後。ツクヨミ艦橋にて、鬼丸副長が一通の通達を読み上げた。


「星野コウタ。お前の模擬戦成績及び戦闘能力を評価し、司令部はお前のパイロット資格を正式に回復することを決定した。併せて、スサノオの正規パイロットに任命する」


艦橋にどよめきが走った。かつて「雑魚」と罵られ、予備パイロットからもクビになった男が、ついに正規パイロットとして認められたのだ。


「やったね、コウタくん!」


ユズハが艦長席から飛び上がり、満面の笑みで拍手を送った。アイリも、いつもの毒舌は鳴りを潜め、静かに微笑んでいる。


「……おめでとう、コウタ」

「ふっ……ありがとうございます、少尉」

「これでようやく、貴方も一人前のパイロットですわね」

「……ええ」


コウタはそう答えたが、その顔に笑みはなかった。ユズハもアイリも、彼の浮かない表情に気づいている。


「……コウタくん、嬉しくないの?」

「ふっ……嬉しいですよ。私は、パイロットとして認められた。かつての私なら、有頂天になっていたでしょう」

「でも?」

「……今の私は、知ってしまった。自分がまだ、本当の戦士ではないということを」


彼はポケットに手を入れ、零式の破片に触れた。それは相変わらず、ほんのりと温かい。


「零式に、私はまだ一太刀も届いていない。そんな男が、パイロットとして認められたところで、何の意味があるのか」

「コウタくん……」


ユズハはコウタの手を握った。


「でも、コウタくんは確かに強くなったんだよ。みんなが認めてる。ユズハも、アイリちゃんも、鬼丸副長だって」

「ふっ……ええ。しかし、零式はまだ私を認めていない」

「……零式さんは、コウタくんに何を求めているんだろうね」

「……さあ。ただ、私はまだ、その資格を得ていない。それだけは確かです」


アイリは紅茶を一口含み、静かに言った。


「……資格など、他人が決めるものではありませんわ。貴方が自分で決めるものです」

「少尉……」

「零式が貴方を認めようと認めまいと、貴方は貴方です。私は、今の貴方を認めていますわ。それでは不十分ですの?」

「ふっ……」


コウタは二人の顔を見つめ、そして小さく笑った。


「……いいえ。十分すぎるほどです」

「なら、それでいいじゃありませんの」

「ふっ……そうかもしれませんな」


彼はそう言って微笑んだが、その目はまだどこか遠くを見つめていた。


4


第三格納庫。深夜。


コウタは今日もスサノオのコックピットで、零式のゴーストと対峙していた。昇格の祝いなど、彼にとってはどうでもよかった。ただ、零式に認められることだけが、今の彼のすべてだった。


「ふっ……零式。私は今日、正規パイロットに昇格しました」

『……そうか』

「しかし、私はまだお前に勝てない。パイロットとして認められても、お前に認められなければ、私には意味がない」

『……』


零式のゴーストは何も言わず、ただ粗末な剣を構えた。


『来い、星野コウタ。言葉など要らぬ。ただ、その魂で語れ』

「ふっ……ええ。そうしましょう」


【シミュレーション開始】


コウタは斬魂刀を抜き、スサノオを前進させた。彼はまだ、一太刀も浴びせられない。それでも、彼の魂は確かに前を向いていた。


(……私はまだ、資格などない。でも、いつか必ず、お前に認められてみせる)


零式の破片は、今日も静かに温もりを放っている。それは、コウタが「本来の自分」へと至る長い道のりを、優しく照らし続ける灯のようだった。


第二十八章 了


『彗星の指揮官は今日も無茶を言う』 続く


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