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第二十七章「資格」


1


ツクヨミ、第三格納庫。深夜。


コウタは今日もスサノオのコックピットで、零式のゴーストと対峙していた。斬魂刀を抜き、仮想空間に浮かぶ継ぎ接ぎの機体を見据える。


「ふっ……今日こそ、お前に一矢報いてみせましょう」


【シミュレーション開始】


零式のゴーストが動いた。粗末な剣を構え、一直線にスサノオへと斬り込んでくる。コウタも斬魂刀を振るう。しかし零式は紙一重でかわし、鋭い一撃をスサノオの胴体に叩き込んだ。


【警告:機体中破】


「くっ……!」


コウタは歯を食いしばり、機体を立て直そうとした。しかし零式は容赦しない。間断なく繰り出される剣撃が、スサノオの装甲を次々と切り裂いていく。防御するだけで精一杯だった。


「ふっ……本来なら、このタイミングで流星駆動が火を噴き——」


『黙れ』


頭の中に、零式の声が冷たく響いた。


『気合? ロマン? 負けてばかりの貴様に、それを語る資格はない』

「……なに」


零式の剣がスサノオの右肩を深く斬り裂いた。コウタの視界に警告表示が溢れる。


『俺は、そんな軟弱物に我が魂を預けた覚えはない』


零式の声には、明確な怒りと失望が込められていた。


『貴様はいつもそうだ。負ければ「本来なら」と言い訳をし、「気合が足りない」と現実から目を背け、「ロマン」という言葉で全てを誤魔化す。そんな貴様に、俺を語る資格など一片もない』

「ふっ……黙りなさい。私は——」

『黙るのは貴様だ、星野コウタ』


零式の剣がスサノオの左脚を斬り飛ばした。機体が大きく傾き、コウタは必死に操縦桿を握り直す。


『貴様は、俺を作り上げた男の名を騙るな。あの男は、負けても言い訳などしなかった。弱くても、不器用でも、ただ前だけを見て戦い続けた。その魂が、俺を動かしていた』

「……私は、その男だ」

『違う。貴様は、その男の残骸に過ぎない』


零式の剣が、スサノオの胸部を真っ直ぐに貫いた。


【警告:機体大破。戦闘継続不能】

【シミュレーション終了】


コウタは操縦桿から手を離し、天井を見上げた。零式の言葉が、胸の奥に深く突き刺さっている。


(……私は、あの男の残骸)


彼は初めて、心の底からそう思った。気取った微笑は消え、ただ力なく操縦席に身を沈めている。


「……ふっ。私は、何者なんだ」


答えは返ってこない。ただ、ポケットの中の零式の破片が、冷たく重く、まるで失望を表すかのように鎮座していた。


2


その時、コックピットのハッチが外からノックされた。


「コウタくん、入るよ」


ユズハの声だった。彼は返事をする気力もなく、ただハッチが開くのを待った。


ユズハとアイリが、コックピットを覗き込む。二人はモニターに表示された「戦闘継続不能」の文字と、力なく座り込むコウタの姿を見て、顔を見合わせた。


「……コウタくん、大丈夫?」

「ふっ……大丈夫です。私は孤高の戦士。この程度で折れたりは——」

「嘘」


アイリが静かに言った。


「貴方、今まで一度も『大丈夫』なんて言わなかった。いつも『ふっ……当然です』とか『私ですから』とか、根拠のない自信ばかり口にしていた。なのに、今日は『大丈夫』と言った。それは、本当は大丈夫じゃない証拠ですわ」


コウタは何も言えなかった。アイリの言う通りだった。


「……零式に、言われました。私は、あの男の残骸に過ぎないと」

「あの男……?」

「ふっ……私が異世界で作り上げた、本来の私です。零式は、その男の魂で動いていた。今の私には、その資格がないと」

「コウタくん……」


ユズハはコックピットに手を伸ばし、コウタの手を握った。


「コウタくんは、コウタくんだよ」

「……艦長」

「ユズハにはわかるの。零式さんは、コウタくんに怒ってるんじゃない。ただ、コウタくんに思い出してほしいんだよ。自分が本当は誰なのかを」

「……思い出す」

「うん。コウタくんは、コウタくんなんだよ。昔も今も、ずっと」


アイリも静かにうなずいた。


「……私は、貴方の過去を知りません。異世界で何をしていたのかも、本来の貴方がどんな男だったのかも。でも、今の貴方が私の知る星野コウタですわ。言い訳ばかりで、根拠のない自信に満ちていて、でもなぜか放っておけない。そんな貴方を、私は——」

「少尉……」

「……なんでもありませんわ。とにかく、貴方は貴方です。零式が何と言おうと、私は貴方を認めていますわ」


コウタは二人の顔を見つめ、そして小さく笑った。


「ふっ……お二人は、いつもこうして私を支えてくれる。私にはもったいない女神たちです」

「当然だよ! ユズハはコウタくんの女神だもん!」

「……私は別に、支えているつもりはありませんわ。ただ、貴方が弱っていると紅茶が不味くなるからです」

「ふっ……そういうことにしておきましょう」


彼はゆっくりと立ち上がり、操縦桿を握り直した。


「……零式。私はまだ、お前に認められる男ではない。それは認めましょう。私は弱く、未熟で、言い訳ばかりの軟弱物だ」

「……コウタくん」

「ふっ……しかし、私は諦めません。何度でも立ち上がり、何度でもお前に挑む。それが、今の私にできる唯一のことですから」


彼の手の中で、零式の破片がほんの少しだけ温もりを取り戻した。まるで、「それでいい」と言っているかのように。


3


【シミュレーション開始】


零式のゴーストが再び姿を現す。コウタは気取った微笑を浮かべ、スサノオを前進させた。


『まだ来るか。懲りない奴だ』

「ふっ……当然です。私ですから」


零式は何も言わず、剣を構えた。コウタも斬魂刀を抜く。


彼はまだ、一太刀も浴びせられない。それでも、彼の魂は確かに前を向いていた。


(……私は、まだ資格などない。でも、いつか必ず、お前に認められてみせる)


零式の剣が振り下ろされる。コウタは紙一重でかわし、反撃の隙を伺う。まだ当たらない。でも、さっきより少しだけ、零式の動きが見える気がした。


ユズハとアイリは、コックピットの外でその様子を見守っていた。


「……コウタくん、頑張ってるね」

「ええ。相変わらず勝てそうにありませんけど」

「でも、なんかちょっとだけ、零式さんに近づいてる気がする」

「……そうかもしれませんわね」


二人は顔を見合わせ、小さく笑った。


零式の破片は、今日も静かに温もりを放っている。それは、コウタが「本来の自分」へと至る長い道のりを、優しく照らし続ける灯のようだった。


第二十七章 了


『彗星の指揮官は今日も無茶を言う』 続く

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