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第二十四章「零式の残影」


1


ツクヨミ、第一格納庫・模擬戦エリア。


あの忌まわしい五戦全敗から三日。コウタは今日もスサノオで模擬戦に臨んでいた。相変わらず開始直後に謎の間を取り、相変わらず「本来なら」と負け惜しみを言い続けている。


「ふっ……本来なら、ここで斬魂刀が唸りを上げていたはず」


【判定:被弾。残機数ゼロ。勝者、訓練生】


通信に鬼丸の呆れた声が響く。


「星野、今日も全敗だな。少しは真面目にやったらどうだ」

「ふっ……私は常に真面目です。シミュレーションが私のロマンを再現しないだけ」

「……もういい。今日の訓練は終了だ。機体を格納庫に戻せ」

「ふっ……承知しました」


コウタは気取った微笑を浮かべ、スサノオを格納庫へと向かわせた。ポケットの中には、いつからか入っていた小さな金属片——零式の装甲の欠片。彼はその存在にすら気づいていない。


2


第三格納庫。スサノオのコックピットで、コウタは一人、追加のシミュレーションを起動していた。


「ふっ……誰も見ていないところで、真のロマンを確かめましょう」


彼は操縦桿を握り、モニターに映る仮想空間を見つめた。シミュレーションは簡易的なもので、敵機も単純な動きしかしない練習用のプログラムだ。


【シミュレーション開始】


コウタはいつものように、まず目を閉じて気合を込めた。


その時だった。


「——ふざけるな」


頭の中に、直接響く声。コウタは目を見開いた。


「……おや。今の声は」


モニターを見ると、そこには一機の機動兵器が立っていた。色も形もバラバラの継ぎ接ぎ装甲。右腕には粗末な剣。動力炉は旧式で、配線は切れ端の寄せ集め。明らかに、正規の機体ではない。


「……零式」


コウタの口から、自然とその名がこぼれた。記憶にはない。しかし、魂が知っている。この機体は、自分が異世界で作り上げた、唯一無二の相棒だと。


零式のゴーストは、ゆっくりとスサノオに向き直った。


『貴様は、なぜ戦わない』

「……ふっ。私は戦っています。シミュレーションが私のロマンを再現しないだけです」

『言い訳をするな!』


零式のゴーストは激しい怒りを迸らせ、粗末な剣を抜き放った。


『貴様は、本来の自分を忘れている! 私を作り上げた男は、どんな状況でも言い訳などしなかった! ただ前を見て、ロマンを信じて、戦い続けた!』

「ふっ……私は私です。何も変わってなど——」

『黙れ! その腐った根性、私が叩き直してやる!』


零式のゴーストはスサノオに斬りかかってきた。コウタは慌てて操縦桿を倒し、攻撃をかわす。


「ふっ……これはシミュレーションです。お前など、本来なら——」

『まだ言うか!』


零式の剣がスサノオの肩をかすめた。コウタは冷や汗をかきながら、必死に機体を操る。


(……速い。そして、重い。シミュレーションの敵とは思えない)


『どうした! お前のロマンはその程度か!』

「ふっ……黙りなさい! 私は星野コウタ! 孤高の戦士!」


コウタは斬魂刀を抜き、零式に斬りかかった。しかし零式は紙一重でかわし、鋭い一撃を返してくる。スサノオの装甲が模擬ダメージを喰らった。


【警告:機体損傷】


「くっ……!」


コウタは歯を食いしばり、再び斬魂刀を振るう。当たらない。零式はまるで彼の動きをすべて見透かしているかのように、攻撃をかわし続ける。


『どうした! お前のロマンはそんなものか! 言い訳ばかりのその魂で、私を作った男の名を騙るな!』

「騙ってなど……! 私は私だ……!」


コウタは叫び、渾身の一撃を放った。斬魂刀が零式の右腕を捉える。


しかし、零式は止まらなかった。


『それでいい。来い、星野コウタ。思い出せ、お前が本当は何者なのかを』


二機は激しく斬り結び、シミュレーション空間を縦横無尽に駆け巡った。


3


翌日。第一格納庫・模擬戦エリア。


「おい、見ろよ。星野先輩、今日はやけに真面目にシミュレーションしてるぜ」


訓練生の一人がモニターを指さした。そこには、スサノオが単機で激しく機動を繰り返す姿が映っている。しかし、その動きは奇妙だった。敵がいないのに、まるで何かと戦っているかのように、攻撃をかわし、剣を振るっている。


「……なんで一機であんな動きしてるんだ?」

「敵機のデータ、表示されてないよな?」

「ああ。完全なソロ演習のはずだ」

「なのに、なんであんなに必死に戦ってるんだ……?」


訓練生たちは首を傾げた。鬼丸もモニターを覗き込み、眉をひそめる。


「……星野、お前なにをやっている」

「ふっ……見えませんか。私の前に立つ、宿敵の姿が」


通信から返ってきたコウタの声は、いつもの気取った調子だったが、どこか切迫感が混じっている。


「宿敵? モニターには何も映っていないぞ」

「ふっ……シミュレーションが再現できていないだけです。しかし、私には見えている。私がかつて作り上げた、もう一人の私が」


鬼丸は深いため息をついた。


「……まあいい。好きにやれ。ただし、機体を壊すなよ」

「ふっ……善処します」


通信が切れる。訓練生たちは顔を見合わせ、肩をすくめた。


「……星野先輩、また変なこと始めたな」

「でもよ、動きはすげえ真剣だぜ。今まで見たことないくらい」

「確かに。あんなに必死に戦ってる星野先輩、初めて見た」


誰にも見えない零式のゴーストと、コウタは今日も戦い続けていた。


4


その戦いは、毎日続いた。


コウタは模擬戦が終わるたびに、誰もいない第三格納庫でスサノオのシミュレーターを起動し、零式のゴーストと対峙した。零式は毎回、容赦なく彼を叩きのめした。


『まだ言い訳をするか!』

「ふっ……これは言い訳ではない。真実だ」

『黙れ! その口を閉じて、ただ戦え!』


コウタは言い訳を封じられ、ただ必死に操縦桿を握った。負け続けた。しかし、少しずつ、零式の動きに反応できるようになっていく自分がいることに気づいた。


(……私は、こんなに必死に戦ったことがあっただろうか)


彼は心の中で呟いた。ツクヨミでの模擬戦。平行世界での戦い。異世界での零式との日々。すべての記憶は曖昧だ。しかし、体は覚えている。魂は覚えている。


「はああああっ!」


斬魂刀が零式の剣を受け止めた。初めて、攻撃を防いだのだ。


『……ほう』

「ふっ……どうです。少しはマシになったでしょう」

『まだだ。お前はまだ、本来のお前ではない』


零式のゴーストはそう言い放ち、その日の戦いを終えた。


コウタは汗まみれの顔で、静かに微笑んだ。


「ふっ……わかっています。私はまだ、道の途中です」


5


一週間後。模擬戦エリア。


「星野先輩、今日もソロ演習ですか?」


訓練生が声をかけると、コウタは首を振った。


「ふっ……いえ。今日は、実戦形式でお願いします」

「え? でも先輩、相手は——」

「ふっ……私には、十分です」


模擬戦が始まった。相手機が飛び出す。コウタは、以前のように無駄な間を取らなかった。気合はすでに込められている。彼は素早くスサノオを前進させ、相手機の攻撃を紙一重でかわした。


「なっ……!?」


相手機のパイロットが驚きの声を上げる。コウタは斬魂刀を抜き、模擬刃を相手機の胸部に叩き込んだ。


【判定:有効打。残機数ゼロ。勝者、星野コウタ】


「……勝った? 星野先輩が?」


訓練生たちがざわつく。鬼丸もモニターを見つめ、静かにうなずいた。


「……動きが、以前とはまるで違う。無駄が消えている」

「ふっ……当然です。私ですから」


コウタは気取った微笑を浮かべ、優雅に一礼した。ポケットの中では、零式の破片が静かに、しかし確かに温もりを帯びていた。


(……まだだ。私はまだ、本来の私ではない)


彼は心の中で呟いた。


(だが、一歩ずつ、取り戻していく。私のロマンを)


第三格納庫では、今日もスサノオの斬魂刀が青白く輝いている。それは、コウタが再び歩み始めた「本来の自分」への道を、静かに照らしているかのようだった。


6


深夜。第三格納庫。


コウタはスサノオのコックピットで、ポケットから零式の破片を取り出した。小さな金属片は、ほんのりと温かい。


「……ふっ。お前は、私のロマンの結晶です」

「……」

「私はまだ、お前が認める戦士ではない。しかし、いつか必ず、追いついてみせます」


零式の破片は何も答えない。でも、その温もりは、まるで「待っている」と言っているかのようだった。


コウタは破片をポケットにしまい、操縦桿を握った。


「……さあ、続けましょう。私のロマンは、まだ始まったばかりです」


シミュレーション空間に、再び零式のゴーストが姿を現す。コウタは気取った微笑を浮かべ、機体を前進させた。


ロマンは、一歩ずつ前進する。


第二十四章 了


『彗星の指揮官は今日も無茶を言う』 続く

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