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第十八章「気合で動くロボット」
中央大陸への旅は、思ったよりも早く終わった。リュカが持っていた古い地図を頼りに街道を進み、途中で出会った交易商人の馬車に便乗させてもらえたからだ。
そして旅立ちから十日後。二人は中央大陸の玄関口——機動兵器の開発と配備を担う「中央工廠」の門をくぐっていた。
工廠の中は、コウタがツクヨミで見ていた格納庫とは比べ物にならないほど粗末なものだった。機材は旧式で、工具も揃っていない。何より、そこに並ぶ「機動兵器」を見て、コウタは絶句した。
「……ふっ。これが機動兵器ですか」
それは、スサノオの半分ほどの大きさしかない、細身の人型機械だった。装甲は薄く、武装も貧弱。そして何より、胸部に搭載された動力炉は——ただの核融合炉だ。ツクヨミで使われているものより数世代は古い型に見える。
「なんだ、あんた。見かけねえ顔だな」
声をかけられ振り返ると、作業服を着た中年の男が立っていた。胸の名札には「工廠長 ガルド」とある。
「ふっ……私は星野コウタ。整備員です」
「整備員? あんた、どこの所属だ」
「ふっ……クビになりました」
「はあ? クビになった整備員がなんでここに」
「ふっ……ロマンを求めて参りました」
ガルドは胡乱げな目でコウタを見つめたが、ちょうどその時、格納庫の奥で怒鳴り声が響いた。
「だから! どうすりゃ出力が上がるんだよ! 核融合炉の効率はもう限界だ!」
声の主は、若い技術者たちを前に頭を抱える初老の男性——中央工廠の技術主任だった。彼らは新型機動兵器の試作機開発に行き詰まっていた。核融合炉では重量がかさみ、ドリフターの動きに対抗できる機動力が得られないのだ。
コウタはその様子を腕組みして眺め、静かに一歩を踏み出した。
「ふっ……お困りのようですな」
「……あんた、誰だ」
「私は星野コウタ。あなた方に、ロマンをお届けに参りました」
「ロマン?」
技術主任は眉をひそめた。周りの技術者たちも、胡散臭そうな目でコウタを見ている。リュカは後ろで「また始まったよ」と頭を抱えていた。
「ふっ……その機体、動力炉の調整が間違っています。私が直しましょう」
「はあ? あんた、この機体の構造を知ってるのか?」
「ふっ……知りません。しかし、気合があれば整備などできて当然です」
技術者たちがざわついた。しかしコウタは構わず、試作機に近づいて胸部のハッチを開けた。そして内部の配線を一目見るなり、手早く調整を始める。
「ちょ、ちょっと! 勝手に触るな!」
「ふっ……ご心配なく。私ですから」
コウタの手つきは迷いがなかった。彼は核融合炉の出力調整弁を最適値に合わせ、さらに冷却系の配管を組み替えて効率を上げていく。その動きは、まるで何百回も同じ作業を繰り返してきたかのようだった。
「……な、なんだ、この手際」
「調整が終わりました。起動してみてください」
「お、おい、本当に大丈夫なんだろうな」
技術主任が恐る恐る試作機を起動すると、機体は驚くほど静かに、そして力強く立ち上がった。これまでの起動時の振動が嘘のように消えている。
「す、すげえ……! 出力が安定してる……! しかも効率が三割以上も上がってるぞ……!」
「ふっ……当然です。私ですから」
技術者たちはどよめき、口々にコウタを称えた。ガルド工廠長も目を丸くして、コウタの肩を叩く。
「あんた、本当に只者じゃねえな! うちで働かないか? 給料は弾むぜ!」
「ふっ……いいでしょう。しばらくお世話になります」
「よし、決まりだ! 頼むぜ、星野!」
リュカはほっと胸を撫で下ろし、コウタに笑いかけた。
「やったな、コウタさん! さすがだぜ!」
「ふっ……当然です」
しかし、コウタはそこで言葉を切り、試作機の胸部を見つめた。
「……しかし、この機体には致命的な欠陥があります」
「は? 欠陥?」
技術主任が不安そうな顔で尋ねる。
「ええ。動力源です」
「動力源? 核融合炉のことか? 確かに効率は良くないが、他に方法が——」
「ふっ……核融合炉など飾りです。真のロボットは、気合で動くものです」
「……は?」
工廠の空気が凍りついた。技術主任は口をあんぐりと開け、技術者の一人が吹き出す。
「気合で動くロボット!? あんた、昔のアニメの見すぎだろ!」
「そんなもんができるわけないだろ! 科学をなめるな!」
「腕はいいのになんでそこに変なこだわりがあるんだよ!」
コウタはまったく動じず、腕を組んで言い放った。
「ふっ……あなた方には理解できないかもしれません。しかし、私の知る最強の機動兵器は、核融合炉ではなく、パイロットの魂——気合で動いていました」
「そ、そんな機体があるわけないだろ!」
「ふっ……あります。私が整備し、私が乗っていた機体です」
「……あんた、パイロットでもあったのか?」
「ふっ……クビになりましたが」
技術者たちは顔を見合わせ、ため息をついた。どうやらこの男、整備の腕は超一流だが、頭のネジが何本か外れているらしい。
「……まあ、いい。動力の話は置いといて、とにかく整備を頼む」
「ふっ……承知しました。しかし、いずれわかります。気合こそが最大のエネルギー源だと」
コウタは優雅に一礼し、工具を手に取った。技術者たちは呆れながらも、彼の腕前だけは認めざるを得なかった。
リュカはコウタの隣で、小さく呟いた。
「……コウタさん、あんた本当に変わってるよ」
「ふっ……よく言われます」
「でも、あんたの言う『気合で動くロボット』、俺はちょっと見てみたいぜ」
「ふっ……いずれお見せしましょう。私のロマンの結晶を」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
こうしてコウタは、中央工廠の整備員として新たな生活を始めることになった。彼の整備技術はすぐに評判となり、「気合で直す男」として工廠中の有名人になる。
しかし彼は、毎日のように技術者たちに「気合で動くロボット」を説いて回り、その度に呆れられたり怒られたりするのだった。
中央工廠でのコウタの評判は、日に日に高まっていた。
彼が手を入れた機体はどれも調子が良く、パイロットたちからは「星野さんに整備してもらうと機体が軽く感じる」とまで言われるようになっていた。技術者たちも、彼の腕前だけは認めざるを得ない。
しかし、それでも彼の「気合で動くロボット」という主張だけは、誰も本気にしなかった。
「また星野が気合気合って言ってるよ」
「腕はいいのになあ……」
「まあ、変わり者ってことで」
コウタは気にしなかった。むしろ、そんな周囲の反応を楽しんでいる節さえあった。
そしてある日。工廠の裏手に積み上げられたジャンクパーツの山を見つけた彼は、静かにほくそ笑んだ。
「ふっ……宝の山ですな」
そこには、破棄された試作機の残骸や、使い物にならなくなった武装パーツ、焼き切れた配線、歪んだ装甲板などが無造作に積み上げられていた。誰も見向きもしないガラクタの山だ。
しかし、コウタの目には、それが壮大なロマンの素材に見えた。
「ふっ……これで、私のロマンを形にしましょう」
彼はその日から、工廠の仕事が終わるたびに裏手に篭り、誰にも内緒でジャンクパーツを組み立て始めた。
最初は気づかれなかった。しかし、数週間が経ち、ジャンクの山が少しずつ「何か」の形になっていくにつれ、工廠の連中もさすがに異変に気づき始めた。
「おい、星野。裏でなにやってんだ」
「ふっ……ロマンの結晶を作っています」
「はあ? また気合の話か?」
リュカも心配になって様子を見に来た。
「コウタさん、あんた毎晩ここでなにを……って、うわっ! なんだこれ!?」
リュカは絶句した。
ジャンクの山は、いつの間にか人型の機動兵器の形を成していた。スサノオより二回りほど小さいが、確かにそれは機動兵器だった。
装甲は色も形もバラバラの継ぎ接ぎ。動力炉は工廠で廃棄された旧式核融合炉を無理やり修理したもの。関節部は錆びついた駆動系を油でごまかし、配線は切れ端を繋ぎ合わせた寄せ集め。右腕には、ジャンクの鉄板を削り出して作った即席の剣がマウントされている。
一言で言えば、ガラクタだった。
「……コウタさん、あんた正気か? こんなの、動くわけねえだろ」
「ふっ……動きます。私ですから」
「いやいやいや! 見ろよこの配線! 継ぎ接ぎだらけじゃねえか! それにこの動力炉、もう寿命切れの廃棄品だぜ!?」
「ふっ……気合があれば、どんな動力炉も魂の炉となるのです」
「気合って……」
リュカは頭を抱えた。
やがて噂を聞きつけた工廠長ガルドと技術主任も駆けつけ、ジャンクの寄せ集め機体を見上げて言葉を失った。
「……星野。これはなんだ」
「ふっ……私の愛機です。名は——まだありません」
「愛機って……こんなガラクタ、動くわけがないだろう。動力炉も関節も、どれもこれも規格がバラバラじゃないか」
「ふっ……規格など飾りです。重要なのは、魂です」
「魂……」
「ええ。この機体には、私のロマンが詰まっています」
技術主任が機体の配線を調べ、眉をひそめた。
「……おい、星野。この配線、核融合炉とは別系統でもう一本引いてあるな。これはなんだ?」
「ふっ……気合を伝達するための回路です」
「気合を伝達……? どこに伝達するんだ?」
「ふっ……機体全体です。パイロットの魂を、機体の隅々まで行き渡らせるための経路です」
技術主任は何かを感じ取ったように配線を目で追い、そして絶句した。
「……この設計、どこかで見たことがある。いや、見たことはないが……なぜか、理にかなっているように見える……」
「ふっ……当然です。私の魂が覚えている設計ですから」
ガルドは腕を組み、しばらく考え込んでいたが、やがてため息をついた。
「……わかった。好きにしろ。ただし、工廠の資材は使うなよ。あくまでそのジャンクだけでやれ」
「ふっ……ご配慮に感謝します」
「ただし! もし本当に動いたら、俺に一番に見せろ」
「ふっ……約束しましょう」
こうしてコウタは、誰にも止められることなく、ジャンクの寄せ集め機体の制作を続けた。
リュカも毎晩手伝いに来るようになり、二人は夜遅くまで工具を握り続けた。
「……コウタさん、あんた本当にすげえよ。こんなガラクタが、だんだん機動兵器に見えてきた」
「ふっ……当然です。私ですから」
「でもよ、やっぱり動力炉がネックだぜ。あの廃棄品じゃ、まともに動かねえって」
「ふっ……ご心配なく。気合が足りないだけです」
「またそれかよ!」
リュカは呆れながらも、コウタの手伝いを続けた。彼もまた、この奇妙な男の「ロマン」に、少しずつ感染されつつあった。
第十八章 了
『彗星の指揮官は今日も無茶を言う』 続く




