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第十七章「裸の戦士、異世界に立つ」
草原を歩き続けて半刻ほど。コウタはようやく小さな村に辿り着いた。
村の入り口で、水を汲んでいた若い男がコウタの姿を見つけ、目を丸くする。裸の男が平然と歩いてくるのだ。無理もない。
「お、おい、あんた……!」
男は慌てて駆け寄り、コウタの姿をまじまじと見た。
「あんた、かわいそうに……服も着るひまなかったんだな。ドリフターの襲撃から逃げてきたのか?」
「ふっ……問題ありません」
コウタは気取った微笑を浮かべ、優雅に一礼した。裸であることがまったく気にならないらしい。
「私は星野コウタ。いずれ歴史に名を刻む孤高の戦士です」
「は、はあ……戦士?」
「ええ。ところで、連合軍に繋がりますかな?」
男は首を傾げた。
「連合軍? なんだそりゃ? あんた軍人かい?」
「ふっ……元・予備パイロットです。クビになりましたが」
「クビになったのかよ! ってか、予備パイロットってなんだ? この辺りじゃ聞かねえ言葉だな」
コウタは周囲を見渡した。村の造りも、人々の服装も、ツクヨミで見たどの殖民星とも異なる。どうやらここは、連合宇宙軍の勢力圏とはまったく別の世界らしい。
「ふっ……なるほど。どうやら私は、また遠くに来てしまったようですな」
「またって……あんた、わけありなんだな。とにかく、その格好じゃなんだ。うちに来なよ。服くらい貸してやる」
「ふっ……ご厚意に感謝します」
男の名はリュカといった。村の外れで小さな修理屋を営んでいる若者で、壊れた農具や荷車を直して生計を立てているらしい。
コウタはリュカの家で粗末な作業着を借り、ようやく人並みの姿になった。
「しかし、あんたよく平気だったな。裸で草原歩くなんて」
「ふっ……私は孤高の戦士。寒さなど飾りです」
「飾りって……まあいいや。で、あんた、これからどうするんだ? 身寄りもねえんだろ?」
「ふっ……ロマンを探す旅に出ます」
「ロマン?」
リュカは呆れた顔でコウタを見た。しかし、この奇妙な男からは不思議な魅力が漂っている。放っておけない何かがあった。
「……わかったよ。しばらくここにいろよ。飯くらい食わせてやる」
「ふっ……感謝します。いつか必ず、この恩はお返ししましょう」
「へいへい。期待しないで待ってるよ」
その時だった。
村の外れから、叫び声が上がった。
「ドリフターだ! ドリフターが来たぞ!」
村人たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。リュカも顔を青ざめさせ、窓の外を覗いた。
村の入口に、一匹の小型ドリフターが現れていた。虹色の触手を揺らめかせ、家々を薙ぎ倒しながら進んでくる。この村には軍隊もなければ、機動兵器もない。太刀打ちできるはずがなかった。
「くそっ……! なんでこんなところに……!」
「ふっ……」
コウタは立ち上がり、作業着の袖をまくった。
「リュカさん。この村で一番大きな動力炉はどこにありますか」
「は? 動力炉? そんなもん、うちの作業場に小型の発電機があるくらいだぜ」
「ふっ……それで十分です」
「なにをする気だ?」
「ロマンをお見せしましょう」
コウタはリュカの作業場に駆け込んだ。そこには、彼が修理中だった旧式の荷車や農具が転がっている。そして隅には、小型の核融合発電機——と言っても、スサノオの動力炉とは比べ物にならない、家庭用の粗末なものだ。
「ふっ……気合があれば、どんな動力炉も魂の炉となる」
彼は発電機のカバーを外し、内部の配線を素早く組み替え始めた。その手つきは迷いがなく、まるで何度も同じ作業を繰り返してきたかのようだった。
「お、おい、なにしてんだ!? それ、直したばかりなんだぞ!」
「ふっ……ご心配なく。私ですから」
コウタは発電機の出力を最大まで引き上げ、そこに作業場に転がっていた鉄パイプや古い電磁コイルを組み合わせ、即席の武器を作り上げた。見た目は粗末な槍のようなものだが、穂先には微弱な電磁パルスが走っている。
「……なんだ、これ」
「ふっ……即席の対ドリフター用武装です。気合で作りました」
「気合って……」
リュカは言葉を失った。コウタはその槍を担ぎ、村の入口へと走り出す。
「お、おい! あんた、まさか一人で戦う気か!?」
「ふっ……当然です。私ですから」
村の入口では、ドリフターが家々を破壊しながら進んでいた。村人たちは逃げ惑い、誰も立ち向かえない。
その前に、一人の男が立ちはだかった。
粗末な作業着。肩には即席の槍。見るからに頼りない姿だ。
「ふっ……お待たせしました。私が相手になりましょう」
ドリフターの触手が、コウタ目掛けて振り下ろされる。
「危ねえ!」
リュカが叫んだ。しかし、コウタはひらりと身をかわし、触手の側面に槍を突き立てた。電磁パルスが触手を貫き、ドリフターが苦悶の叫びを上げる。
「ふっ……この程度ですか」
コウタは素早く間合いを詰め、ドリフターの頭頂部——あの「気持ちいいツボ」に向かって槍を突き上げた。電磁パルスが炸裂し、ドリフターは大きくしゃっくりをして後退する。
「はあああっ!」
さらに一撃。槍が頭頂部を貫き、ドリフターは断末魔の叫びと共に消滅した。
村に静寂が戻る。村人たちは呆然と、コウタの姿を見つめていた。
「……すげえ。あのドリフターを、たった一人で……」
「しかも、あんな粗末な武器で……!」
リュカは駆け寄り、コウタの肩を叩いた。
「あんた、本当に戦士だったんだな!」
「ふっ……当然です。私は星野コウタ。孤高の戦士ですから」
「すげえよ、星野さん! あんた、ただもんじゃねえ!」
「ふっ……私はただの整備員です。しかし、ロマンがあれば不可能はありません」
リュカは目を輝かせ、コウタの手を握った。
「あんた、よかったらうちで働かないか? 修理屋だけど、あんたの腕があればもっと色々できる!」
「ふっ……いいでしょう。しばらくお世話になります」
「やった! よろしくな、コウタさん!」
「ふっ……よろしくお願いします、リュカさん」
こうしてコウタは、異世界の小さな村で、修理屋の助手として新たな生活を始めることになった。
戦闘から一夜明け、村には平穏が戻っていた。
コウタはリュカの作業場で、壊れた荷車の修理を手伝っていた。手際は悪くない。むしろ、ツクヨミでスサノオの整備をしてきた彼にとって、この程度の機械は玩具のようなものだ。
「ふっ……この車軸は調整不足ですな。気合が足りません」
「気合って……あんた、いつもそんなこと言ってんのか」
「ええ。理屈ではありません。ロマンです」
リュカは呆れながらも、コウタの手元をじっと見つめていた。彼の修理は確かに丁寧で、しかも終わった後の調子が驚くほど良い。
「……あんた、本当にただの整備員か? 手際がプロすぎるぜ」
「ふっ……私はクビになった予備パイロットです。しかし、整備の腕だけは本物です」
「クビになったのかよ……なんでまた」
「ふっ……私のロマンが、軍の規則と相容れなかったのです」
「ロマンって……」
リュカはため息をついたが、なぜかこの男から目が離せなかった。
その時、村の外れから再び叫び声が上がった。
「またドリフターだ!」
コウタは顔を上げ、作業場の窓から外を眺めた。村の入口に、昨日と同じくらいの大きさのドリフターが現れている。虹色の触手を揺らめかせ、ゆっくりと村に近づいてくる。
「くそっ、またかよ……! 最近、やけに多いんだ……!」
「ふっ……」
コウタは立ち上がり、昨日作った即席の槍を手に取った。
「行きましょう」
「あ、ああ!」
二人が村の入口に駆けつけると、すでに村人たちが逃げ惑っていた。ドリフターは家の一軒を薙ぎ倒し、次の獲物を探している。
コウタは槍を構え、ドリフターの正面に立った。
「ふっ……こちらのドリフターは小さいですね」
「はあ? あんたなに言ってんだい!?」
リュカは目を丸くした。村人たちも、コウタの言葉に首を傾げている。
「こいつ、結構でかいぞ!? 家一軒潰せるくらいには!」
「ふっ……私が知っているドリフターは、もっと巨大でした。惑星を覆い尽くすほどの大群。一撃で小惑星を砕く女王。それに比べれば、この程度の個体は……」
コウタはそこで言葉を切った。自分が今、何を言っているのか、よくわからなくなったからだ。
「……おや。私はなぜ、そんなことを」
「あんた、やっぱりおかしいよ」
リュカは呆れ顔で言った。しかしコウタは気にせず、ドリフターに向かって駆け出した。
「ふっ……いずれにせよ、敵は敵。私のロマンで退けましょう」
ドリフターの触手が振り下ろされる。コウタは紙一重でかわし、槍を触手の根元に突き立てた。電磁パルスが炸裂し、触手が千切れ飛ぶ。
「はあああっ!」
間合いを詰め、頭頂部に槍を突き上げる。昨日と同じだ。ドリフターは大きくしゃっくりをし、後退する。そして三度目の突きで、消滅した。
村に再び静寂が戻る。村人たちは安堵のため息をつき、口々にコウタを称えた。
「すげえや、あんた!」
「また助けられた!」
「ありがとう、星野さん!」
コウタは優雅に一礼した。
「ふっ……当然の結果です。私ですから」
村長の家。コウタはリュカと共に、村長から礼を言われていた。
「星野さん、本当にありがとう。あなたのような戦士がいてくれて、心強い」
「ふっ……私は戦士ではありません。ただの整備員です」
「しかし、あの戦いぶりは只者ではない。いったい、どこでドリフターと戦っていたんです?」
コウタは少し考え、そして首を傾げた。
「……さあ。記憶が曖昧でして。ただ、私の魂は覚えているようです。もっと巨大なドリフターと、もっと大きな戦いを」
「巨大なドリフター……?」
村長は眉をひそめた。
「この辺りでは、ドリフターといえばせいぜい家一軒分の大きさです。それ以上大きな個体は、中央大陸の方に行かなければ現れません」
「中央大陸?」
「ええ。この世界には、ドリフターと戦うための『機動兵器』と呼ばれる巨大な人型兵器が存在します。それらはすべて中央大陸の軍隊が管理していて、我々のような辺境の村には回ってこない」
コウタの目が、ほんの少し輝いた。
「……機動兵器。なるほど」
「あんた、もしかして機動兵器に乗ったことがあるのか?」
リュカが身を乗り出して尋ねた。コウタはしばらく考え、そしてうなずいた。
「……ふっ。確かに、私はかつて機動兵器に乗っていたようです。名前は——スサノオ」
「スサノオ……?」
「ええ。黄ばんだ装甲。継ぎ接ぎだらけの旧式機。右腕には斬魂刀。私の、最高の相棒です」
「……あんた、やっぱりただもんじゃねえな」
リュカは目を輝かせた。
「なあ、コウタさん。中央大陸に行ってみねえか?」
「中央大陸に?」
「ああ。あんたみたいな腕があれば、機動兵器の整備士にだってなれるかもしれねえ。それに、あんたの言う『スサノオ』って機体も、もしかしたら中央大陸にあるかもしれねえだろ?」
コウタは窓の外を見つめた。遠くの空には、二つの月が浮かんでいる。この世界に来てから、彼の心の奥底にはずっと、埋められない空白があった。スサノオのいない日々。相棒を失った整備員は、半分の自分でしかない。
「……ふっ。いいでしょう。行きましょう、中央大陸へ」
「よっしゃ! 決まりだな!」
「しかしリュカさん。貴方は村の修理屋を」
「大丈夫だって。どうせ客なんてほとんど来ねえし、村には他にも修理できる奴はいる。俺もずっと、中央大陸に行ってみたかったんだ」
リュカは無邪気に笑った。コウタはそんな彼を見て、静かに微笑む。
「ふっ……では、共に参りましょう。歴史の一幕に、私たちの名を刻むために」
「おう! よろしく頼むぜ、コウタさん!」
「ふっ……よろしくお願いします、リュカさん」
こうして二人は、中央大陸を目指す旅に出ることになった。
コウタはまだ知らない。この旅の果てに、自分が再びスサノオと出会うことになるのか。それとも、まったく別の運命が待っているのか。
しかし、彼の魂は知っていた。
ロマンは、決して消えない。形を変えて、永遠に受け継がれていく。




