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第十六章「孤高の戦士、星を駆ける」


1


あれから、さらに半年が過ぎた。


コウタはすっかりツクヨミの整備員として板についてきていた。スサノオの専属整備試験員という肩書きはそのままだが、今では他の機体の整備も手伝うようになり、若手整備兵たちからは「星野先輩」と呼ばれるまでになっている。


「星野先輩、この駆動系の調整なんですけど……」


「ふっ……マニュアル通りで構いません。しかし、最後は気合です」


「またそれっすか。でも、なんか先輩が言うと説得力あるんすよね」


コウタは相変わらず「気合」や「ロマン」ばかり口にしていたが、不思議と彼の整備した機体は調子が良かった。理屈ではない何かが、確かに彼の手には宿っている。整備班の誰もが、口には出さないがそう感じていた。


ユズハは相変わらず毎日手紙を書き、アイリは毎日紅茶を淹れ、三人で過ごす穏やかな日常が続いていた。


そんなある日のことだった。


2


警報がツクヨミ艦内に鳴り響いた。


「艦長! 前方に大規模な次元震! 何かが出ます!」


ユズハは艦長席で身を乗り出し、メインモニターを凝視した。アイリも隣のコンソールで解析を始める。


虚空が裂け、虹色の光があふれ出した。その中心から現れたのは——見たこともない巨大なドリフターの群れ。その数、測定不能。


「な、なに……!? あんな大群、観測記録にありませんわ!」


「全艦、戦闘配置! 迎撃せよ!」


鬼丸副長の号令が飛ぶ。ツクヨミの全戦力が発進していくが、ドリフターの数はあまりにも多すぎた。正規パイロットたちの機体が次々と撃破されていく。


「くそっ……数が多すぎる……!」

「このままじゃ、全滅する……!」


艦橋に絶望が広がる中、ユズハは通信を掴んだ。


「コウタくん……! コウタくん、聞こえる!?」


『ふっ……聞こえています、艦長』


第三格納庫から、コウタの声が返ってきた。


「お願い……! みんなを助けて……!」

『ご命令とあらば。私のロマンをお見せしましょう』


コウタはすでにスサノオのコックピットに乗り込んでいた。整備員としての日常から、孤高の戦士としての顔に切り替わる瞬間だった。


「スサノオ、行きますぞ」


右腕の斬魂刀が青白い光を放つ。黄ばんだ装甲の機体は、カタパルトから宇宙空間へと飛び出していった。


3


戦場は地獄だった。


無数のドリフターが、虹色の触手を揺らめかせてツクヨミに迫っている。友軍機は次々と撃破され、通信には悲鳴が溢れていた。


その只中に、一機のボロボロの機体が躍り出た。


「ふっ……道を開けなさい」


スサノオは単身、ドリフターの大群に突っ込んでいった。斬魂刀が青白い軌跡を描き、触手を次々と両断していく。一体、二体、三体——その動きは決して洗練されてはいない。むしろ、無茶苦茶で、理屈では説明できないものだった。


しかし、敵の攻撃は当たらない。紙一重でかわし、紙一重で斬り伏せる。


「スサノオだ……!」

「あの人が出た……!」

「整備員の星野だ……!」


友軍のパイロットたちは、コウタの戦いを見て再び戦意を取り戻した。彼らは知っている。この男が戦場に立てば、流れが変わると。


「はああああっ!」


斬魂刀が大型ドリフターを真っ二つにする。虹色の体液が宇宙に飛び散り、周囲の小型個体も連鎖的に消滅していく。


「……ふっ。この程度ですか」


コウタは次の獲物を探し、スサノオを加速させた。戦場を縦横無尽に駆け抜け、次々とドリフターを斬り伏せていく。


そして戦闘開始から一時間。ドリフターの大群は壊滅し、生き残りは次元の裂け目へと逃げ去っていった。


「……勝った……!」

「俺たち、生き残った……!」

「星野さんのおかげだ……!」


ツクヨミの艦橋も、歓声に包まれた。ユズハは涙を浮かべてモニターを見つめ、アイリは安堵のため息をつく。


「コウタくん……! ありがとう……! 帰ってきて……!」


ユズハが通信で呼びかける。しかし、返事はなかった。


4


「……おかしいですわ」


アイリはスサノオの生体反応を確認し、眉をひそめた。


「機体は無事です。しかし……パイロットのバイタルが、検出できません」

「え……? どういうこと?」

「……わかりません。とにかく、回収を」


スサノオはツクヨミの格納庫に着艦した。整備班が駆け寄り、コックピットのハッチを開ける。


「星野先輩! 大丈夫っすか!」


しかし、返事はない。ハッチが完全に開いた時、整備兵たちは言葉を失った。


コックピットには、誰もいなかった。


シートには、コウタがいつも着ていた整備服がきれいに畳まれて置かれている。その上には、彼がいつも握っていた操縦桿のグリップだけが外されて置かれていた。まるで、「これを形見に」と言わんばかりに。


それ以外には、何もない。彼が身につけていたものはすべて、きれいに畳まれて残されていた。ポケットの中身まで空っぽだ。


「……なんで……?」


整備兵は呆然と呟いた。格納庫に駆けつけたユズハとアイリも、空っぽのコックピットを見つめて立ち尽くす。


「コウタくん……? どこ……?」


ユズハの目から、涙が溢れ出した。


「いや……いやだ……! コウタくん、どこに行ったの……!?」


アイリは震える手で、シートに残された整備服を持ち上げた。その下から、一枚の紙切れがひらりと落ちる。


そこには、コウタの筆跡で一言だけ書かれていた。


『ふっ……ロマンを探しに行ってきます。私ですから』


「……馬鹿」


アイリは紙切れを握りしめ、声を震わせた。


「本当に……本当に馬鹿ですわ……! こんな置き手紙だけで……! それも、服まで全部置いていって……!」


しかし、彼女の目からも涙が溢れていた。ユズハは空っぽのコックピットに縋りつき、泣きじゃくる。


「コウタくん……! ユズハ、待ってるからね……! 絶対に帰ってきてね……!」


スサノオの右腕で、斬魂刀が青白い光を静かに放っていた。それはまるで、主の無事を伝えるかのように——あるいは、新たな旅立ちを祝福するかのように。


5


——次元の彼方。


コウタは見知らぬ大地の上で目を覚ました。


周囲には広大な草原が広がり、空には見たこともない二つの月が浮かんでいる。ここがどこなのか、自分がどうやって来たのか、まったくわからない。


そして——彼は自分が一糸まとわぬ姿であることに気がついた。


「……ふっ」


彼は静かに立ち上がり、自分の両手を見つめた。何も持っていない。整備服も、工具も、ツクヨミでの日々の痕跡も、すべて置いてきた。


「なるほど。私は本当に、何もかも置いてきたのですな」


彼は気取った微笑を浮かべた。状況は最悪だ。服すらない。頼れるものは何もない。しかし、不思議と不安はなかった。


「ふっ……これこそ、真のロマンです。ゼロから始める。それが私に相応しい」


彼は周囲を見渡した。草原の向こうに、小さな村らしき灯りが見える。


「私は星野コウタ。孤高の戦士。この世界でも、歴史の一幕に私の名を刻みましょう」


記憶は曖昧だった。ツクヨミでの日々、ユズハとアイリの顔、スサノオとの戦い——すべてが遠い夢のようにぼんやりとしている。自分が何者だったのか、確かなことは何も思い出せない。


しかし、魂だけは覚えていた。


ロマンは、決して消えない。


形を変えて、永遠に受け継がれていく。


「ふっ……さあ、行きましょう。私のロマンは、まだ終わらない」


彼は裸のまま、草原を歩き出した。夜風が肌に心地よい。見知らぬ世界で、たった一人。何も持たず、何も知らず。


それでも、彼の歩みに迷いはなかった。


なぜなら——彼は星野コウタ。孤高の戦士。


たとえ服がなくとも、ロマンだけは決して失わないのだから。


第十六章 了


『彗星の指揮官は今日も無茶を言う』 続く

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