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第十五章「消されたロマン」
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ツクヨミ、第三格納庫。
スサノオの専属整備試験員となってから、さらに一週間が経った。コウタは今日も機体の点検を行っている。最近はアイリが持ち込んだ解析装置で、機体各部の詳細なスキャンを進めていた。
「ふっ……今日も美しい。我が愛機、スサノオ」
「また一人で喋ってる」
格納庫の入り口からユズハが顔を出した。後ろにはアイリもいる。二人は最近、非番の日は必ずこうしてコウタの整備に付き合っていた。
「おや、艦長、少尉。本日もご一緒ですか」
「うん! ユズハもスサノオのこと、もっと知りたいんだ!」
「ふっ……それは素晴らしい。ロマンの共有ですな」
アイリは解析装置のモニターを確認しながら、眉をひそめた。
「……コウタ。また新しい痕跡が見つかりましたわ」
「痕跡?」
「ええ。機体フレームの深層部に、通常の製造工程ではありえない構造が隠されています。まるで、最初からこの機体は『特別な何か』を想定して設計されたような……」
彼女はモニターをコウタに向けた。そこには、スサノオの基本フレーム図面が表示されている。連合宇宙軍の標準規格と比較すると、要所要所に不可解な補強と空間が設けられていた。
「この空間、後から無理やり開けたものじゃありません。最初から、ここに『何か』を組み込む前提で設計されていますわ」
「ふっ……ロマンの予感ですな」
「……真面目に聞きなさい、この雑魚」
アイリはさらにデータをスクロールさせた。
「そして、これですわ。機体の設計データベースに、不可解な痕跡を発見しました」
「痕跡?」
「ええ。誰かが意図的にデータを消去した形跡があります。大規模な削除です。まるで、この機体に関する『何か』を徹底的に隠蔽しようとしたかのように」
彼女はタブレットを操作し、復元を試みたログを表示した。
「……復元できたのは、ほんの断片だけですわ。ファイル名の一部と、削除される前に残されたメタデータの切れ端。そこに、奇妙な言葉が残っていました」
「奇妙な言葉?」
「ええ。『魂動力』。何度も繰り返し登場します」
「……魂動力?」
コウタは首を傾げた。その言葉に、心の奥底がざわつく。まるで、遠い昔に聞いたことがあるような、それでいてまったく記憶にないような。
「ふっ……面白い言葉ですな」
「データベース上では、この言葉を含むファイルが大量に存在していた痕跡があります。しかし、そのすべてが完全に消去されている。復元は不可能ですわ」
「誰が、なんのために」
「……わかりません。でも、一つだけ言えるのは、この機体には最初から『魂動力』と呼ばれる何かが搭載される前提で設計されていた。そして、その事実を誰かが必死に隠そうとした。ということですわ」
アイリはさらに別のログを開いた。
「そして……これですわ。開発チームの名簿。これもほぼ完全に消去されています。でも、メタデータの断片から、一部だけ復元できました」
モニターに、古い名簿の断片が表示された。そこには数名の技術者たちの名前が並んでいる。そのほとんどは、現在も連合宇宙軍で活躍する著名な設計者たちだった。
しかし、リストの最後尾——そこに、かろうじて読み取れる文字があった。
『開発協力—— 野 コ タ』
姓と名の大部分が欠落し、「野」「コ」「タ」の三文字だけが残っていた。
「……は?」
アイリは目を疑った。ユズハもモニターを覗き込み、首を傾げる。
「これ……コウタくんの名前?」
「断定はできませんわ。でも、文字の並びからして、『星野コウタ』と読むのが自然です」
「ふっ……これはまた、不思議なことが起きていますね」
コウタは腕を組み、静かに微笑んだ。驚きはない。ただ、何かを確信したような、穏やかな表情だった。
「……貴方、驚かないんですの?」
「ふっ……私の記憶にはありません。しかし、魂が覚えているのでしょう」
「魂が……」
「ええ。私はこの機体と、もっと深いところで繋がっている。理屈ではありません。ロマンです」
アイリは反論しようとして、口を閉じた。データは確かに「星野コウタ」の存在を示唆している。しかし、スサノオが開発されたのは十数年前。当時コウタはまだ幼児のはずだ。時間が合わない。
「……ありえませんわ。貴方が子供の頃に、こんな機体の開発に携われるはずがない」
「ふっ……時間など飾りです」
「……意味がわかりませんわ」
「それでいいのです、少尉。ロマンとは、理解するものではなく、感じるものですから」
アイリはさらに別の断片を調べた。消去されたファイルのメタデータには、「魂動力適合試験」という言葉と共に、日付が記録されていた。しかし、その日付は——
「……二十年以上前、ですって?」
彼女は絶句した。コウタが生まれる前の日付だ。
「ますます意味がわかりませんわ……」
「ふっ……ロマンに意味を求めてはいけません」
2
その夜、コウタは一人で第三格納庫に残っていた。
手には、アイリが見つけた断片的なデータのコピー。そこに残された「魂動力」という言葉。そして、開発チームの名簿に刻まれた、自分の名前の断片。
「……ふっ。私が、この機体の開発に関わっていた、か」
彼はスサノオの装甲に手を触れた。ひんやりとした感触。でも、その奥に、確かな温もりを感じる。
「私の記憶にはありません。データも、徹底的に消去されている。誰が、なんのために。しかし——」
彼は目を閉じた。
「私の魂は知っている。この機体は、私のために造られた。いや、私と共に造られた」
その時、右腕の斬魂刀が、青白い光を強く放った。
「……!」
コウタの視界が、一瞬、白く染まった。そして——映像が流れ込んでくる。
——見知らぬ格納庫。そこには、まだ組み立て途中のスサノオらしき機体が横たわっている。周りには技術者たち。その中に、一人の若い男がいた。黒い髪、気取った微笑、自信に満ちた瞳——
「……私、ですか」
映像の中の男は、間違いなく星野コウタだった。
『ふっ……この機体は、いつか私を必要とする。その時のために、魂の轍を残しておきましょう』
映像の中のコウタは、スサノオの胸部に手を触れ、何かを呟いた。すると機体が微かに輝き、その光がフレームの奥深くに吸い込まれていく。
映像はそこで途切れた。最後に、映像の中のコウタが、何かを言いかけて——映像が乱れ、消えた。
コウタは目を開け、自分の手を見つめた。何も変わらない。でも、今の映像は確かに現実だった。
「……ふっ。また不思議なことが起きましたね」
彼はスサノオを見上げ、静かに微笑んだ。
「なるほど。私は過去に——いや、別の時間軸で、この機体の開発に関わっていたのですな。そして、自分の魂の一部を、この機体に残した」
「……」
「だから、私以外の者が乗れば、魂を吸われる。この機体は、私の魂を求めている。私が乗れば、かつて残した魂の轍と共鳴し、完全な一体となる」
コウタは斬魂刀に手を伸ばした。青白い光が、彼の手を包み込む。
「ふっ……ロマンとは、時間すら超えるものです。過去の私が未来の私に託した、これは壮大なロマンだ」
彼は一人、格納庫の闇の中で笑った。
「しかし……誰が、この記録を消したのでしょうな。それもまた、ロマンの一部か」
3
翌日。コウタはユズハとアイリを第三格納庫に呼び出した。
「お二人に、お伝えしたいことがあります」
「なになに? コウタくん、改まっちゃって」
「ふっ……昨晩、不思議な体験をしました」
コウタは昨夜見た映像のことを、包み隠さず話した。過去のスサノオ開発現場。そこにいたもう一人の自分。そして、自分が機体に魂の一部を残したこと。
「……にわかには信じられませんわ」
アイリは眉をひそめた。
「しかし、消去されたデータの断片は確かに貴方の名前を示唆している。それに、貴方が他の誰よりもスサノオと適合する事実も」
「ふっ……少尉もようやくロマンを」
「まだ信じたわけじゃありませんわ! ただ、現状を説明できる仮説がそれしかないというだけで……!」
「ふっ……それで十分です」
ユズハは目を輝かせて、スサノオを見上げた。
「すごいね! コウタくんとスサノオは、ずっとずっと前から繋がってたんだ!」
「ふっ……そういうことになりますな」
「でも、なんでデータが消されちゃったんだろう?」
「……わかりません。しかし、それもまたロマンです」
アイリは考え込んだ。
「……誰かが、この機体の真実を隠したかった。『魂』という概念も、開発に貴方が関わっていた事実も、すべて」
「ふっ……おそらく」
「でも、機体そのものは残った。貴方の魂の轍も、消されることなく。まるで、消そうとした者の手をすり抜けるように」
アイリはスサノオを見上げ、小さく笑った。
「……機体自身が、真実を守った。そう考えると、少しだけロマンチックですわね」
「ふっ……少尉も、ようやくロマンの住人ですな」
「……調子に乗るな、この雑魚」
「ふっ……相変わらずですな」
4
それから数日後。アイリは自室で、消去されたデータの復元を諦めきれずに試み続けていた。
「……やはり、ダメですわ。完全に消去されている」
彼女は紅茶を一口含み、モニターを見つめた。そこには、唯一復元できた断片——『魂動力適合試験』の文字と、二十年以上前の日付だけが残っている。
「……なぜ、こんな古いデータがスサノオの設計データベースに」
「……なぜ、貴方の名前が」
「……そして、なぜ、すべて消されたの」
答えは出ない。でも、彼女の心の中には、確かな確信があった。
(……コウタは、この機体と運命で結ばれている。理屈じゃない。でも、それは真実だ)
彼女はタブレットを閉じ、窓の外の星を見上げた。
「……ロマン、ですわね」
彼女は小さく笑い、紅茶をもう一口含んだ。
5
第三格納庫。深夜。
コウタは一人、スサノオのコックピットに座っていた。
「……ふっ。私たちの過去は、誰かに消されてしまったようですな」
「……」
「でも、構いません。記録など消えても、お前と私の絆は消えない。魂の轍は、誰にも消せない」
斬魂刀が、青白い光を静かに放つ。
「……ロマンは、決して消えない。形を変えて、永遠に受け継がれていく」
彼は目を閉じ、深く息を吐いた。
「……おやすみ、スサノオ。明日も、共にいましょう」
斬魂刀の青白い光が、一際強く輝き、そして静かに眠りについた。
それは、消された記録の代わりに、機体そのものが語り継ぐ、永遠のロマンの証だった。
第十五章 了
『彗星の指揮官は今日も無茶を言う』 続く




