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第十四章「悪魔の機体」


1


ツクヨミ艦橋。朝の定例報告で、鬼丸副長が重々しく口を開いた。


「スサノオに、新しいパイロットを乗せる。本日午後から適性試験を行う」


ユズハは艦長席で、難しい顔をしてタブレットを見つめていた。


「……スサノオに、他の人を乗せるの?」


「ああ。この艦の戦力は一隻でも多いほうがいい。スサノオは現役の機体だ。パイロットがいないまま保管しておくのは、司令部も納得せん」


「でも……あの機体はコウタくんの……」


「星野はパイロット資格を剥奪された。これは決定事項だ」


鬼丸の声は厳しかったが、その目はどこか苦渋に満ちていた。彼とて、コウタから機体を引き離すことに抵抗がないわけではない。しかし、軍の規則は絶対だった。


ユズハは俯き、小さくうなずいた。


「……わかった。でも、ユズハ、見学に行くね」


「好きにしろ」


鬼丸はそう言って、艦橋を去った。


隣のコンソールで、アイリが紅茶を一口含んだ。


「……他のパイロット、ですって」


「うん。ユズハ、嫌だな。コウタくんのスサノオに、知らない人が乗るなんて」


「……仕方ありませんわ。規則ですもの」


アイリは冷静に言ったが、その手は微かに震えていた。


2


第三格納庫。午後。


スサノオの周りには、整備班と数人のパイロット候補生が集まっていた。コウタはその片隅で、黙ってスサノオを見上げている。


「……コウタくん」


ユズハがそっと隣に立った。アイリも、少し離れた場所で様子を見守っている。


「ふっ……艦長。ご心配なく。私は大丈夫です」


「でも……」


「機体は機体。誰が乗ろうと、スサノオはスサノオです。私のロマンは変わりません」


コウタは気取った微笑を浮かべていたが、その目はいつもより少しだけ寂しげだった。


試験を担当するのは、正規パイロットの候補生三名。いずれも模擬戦で優秀な成績を収めている若手たちだ。


「では、一名ずつコックピットに搭乗し、基本動作の確認を行う。まずは——」


鬼丸の指示で、最初の候補生がスサノオに乗り込んだ。まだ二十歳前後の若い男で、顔には自信が溢れている。


「ふん、こんなボロ機体、楽勝っすよ」


コックピットハッチが閉まる。モニターには、パイロットのバイタルデータが表示された。


「起動します」


スサノオのエンジンが唸りを上げる。機体が微かに震え、各部のシステムが順次起動していく——はずだった。


その時だった。


「……うっ」


モニターに表示された候補生のバイタルが、みるみる乱れ始めた。心拍数が跳ね上がり、血圧が急降下する。顔面は蒼白で、脂汗が額に浮かんでいる。


「どうした!?」


「わ、わかりません……! 機体の起動と同時に、ひどい吐き気と眩暈が……!」


「試験中止! すぐに降ろせ!」


コックピットが開き、候補生が這うようにして外に出た。彼はその場に崩れ落ち、激しく咳き込んでいる。


「……な、なんなんだよ、この機体……。乗った瞬間、体中の力が吸い取られるみたいな……気持ち悪さが……」


鬼丸は眉をひそめ、次の候補生に目をやった。


「……二号、行けるか」


「は、はい……」


二号の候補生は恐る恐るコックピットに乗り込んだ。しかし、結果は同じだった。起動からわずか数十秒で、彼もまた顔面蒼白になり、嘔吐感を訴えて降りてきた。


「……だめです。なんか、こう……力を吸われてる感じが……」


「力だと?」


「うまく言えませんけど……とにかく、普通の機体じゃないっすよ、これ……」


三号も同じだった。三名全員が、スサノオに乗った瞬間に体調異常を訴え、まともに操縦することすらできなかったのだ。


格納庫に不気味な沈黙が流れた。


3


「……なるほど。これは興味深いですな」


コウタは腕を組み、スサノオを見上げながら静かに言った。


「コウタくん、なんで平気そうなの? コウタくんはいつも乗ってるよね?」


「ふっ……私には、この機体と共鳴する何かがあるのでしょう。ロマンです」


「……またそれですか」


アイリは呆れながらも、タブレットでバイタルデータを解析し始めた。


「……副長、データを確認しました。候補生三名に共通する症状は、急激なエネルギー消耗です。まるで、機体がパイロットから何かを吸い取っているような……」


「何かを?」


「ええ。電気的エネルギーではありません。生体エネルギー「魂」としか表現できないものですわ」


アイリは自分の言葉に眉をひそめた。彼女は理論とデータを重視する人間だ。なのに、口をついて出たのは「魂」という非科学的な言葉だった。


「……私、今なんて」


「魂、ですわ。少尉もようやくロマンが理解できたようですな」


「……うるさいですわ、この雑魚」


しかし、アイリは否定できなかった。データは確かに、候補生たちの「何か」が機体に吸収されたことを示していた。


鬼丸は腕を組み、難しい顔でスサノオを見上げた。


「……他の機体ではこんな現象は起きない。スサノオだけが、パイロットに異常を引き起こす。これはいったい……」


「ふっ……この機体は、私以外を受け付けないのです」


「……お前以外を?」


「ええ。スサノオは、私の魂と共鳴するようにできている。他の者が乗れば、魂を吸われ、耐えられなくなる。理屈ではありません。ロマンです」


鬼丸はしばらく黙っていたが、やがて深いため息をついた。


「……にわかには信じられん。だが、事実として三人の候補生が使い物にならなかった。この機体は、常人が乗れるものではないということか」


「ふっ……その通りです」


「……ならば、この機体はどうする。パイロットがいない機体は、いずれスクラップにするしかない」


その時、ユズハが一歩前に出た。


「副長! ユズハ、提案があります!」


「……なんだ」


「スサノオのパイロットは、コウタくんだけにしてください!」


「……は?」


鬼丸は呆れた顔でユズハを見た。


「艦長、星野はパイロット資格を剥奪されている。規則上、機体に乗ることすら——」


「規則なんて関係ないもん! だって、コウタくん以外、誰も乗れないんだよ? それなのに、スクラップにするの? そんなの、おかしいよ!」


「……しかし」


「それにね、副長。ユズハの『なんとなく』なんだけど、この機体はコウタくんと一緒にいるべきなの。他の人が乗ったらダメなの。ユズハにはわかるの」


鬼丸は黙り込んだ。ユズハの「なんとなく」は、これまで何度も奇跡を起こしてきた。それを無視することは、艦の命運を左右しかねない。


「……わかった。司令部には、『機体に重大な欠陥があり、特定のパイロット以外は搭乗不能』と報告する。スサノオは、事実上、星野の専属機として扱う」


「やった!」


ユズハは飛び跳ねて喜んだ。


「ただし、星野はパイロットではない。整備員として、機体の保守管理に当たれ。それと、機体の動作確認のためのテストパイロットとして、例外的に搭乗を許可する。あくまで『テストパイロット』だ。正規のパイロットではない」


「ふっ……承知しました。それで十分です」


コウタは優雅に一礼した。


「スサノオは、私が守ります。誰にも壊させません」


4


その夜、アイリは自室でタブレットに向かい、スサノオのデータを解析し続けていた。


「……やはり、このエネルギー吸収現象、説明がつきませんわ」


彼女は紅茶を一口含み、モニターに映る波形を見つめた。候補生たちが搭乗した際、スサノオの機体内部で何らかのエネルギーが活性化し、パイロットの生体エネルギーを吸い上げていた。しかし、そのエネルギーが何に使われたのかは不明だ。機体の動作ログには、ただ「エネルギー受領」とだけ記録され、その後の行方は杳として知れない。


「……まるで、機体自身が生きているみたいですわ」


彼女は呟き、コウタが搭乗した際のデータと比較した。コウタの場合、機体のエネルギーはむしろ穏やかになり、パイロットへの負荷はゼロだった。いや、むしろ——


「……コウタが乗ると、機体の方が彼から何かを受け取っている? でも、負荷はない。むしろ、機体とパイロットが共鳴し合って、双方の力が増幅されている……?」


アイリは眉をひそめた。科学的には説明できない。でも、データは確かにそう示していた。


「……ロマン、ですのね」


彼女は小さく笑い、タブレットを閉じた。


「あの馬鹿の言うことも、たまには的を射ているんですわ」


5


第三格納庫。深夜。


コウタは一人、スサノオのコックピットに座っていた。モニターは静かに輝き、機体は眠るように静かだ。


「……ふっ。お前は、私以外を受け付けないのですな」


彼は操縦桿をそっと撫でた。


「他の者が乗れば、魂を吸われる。だが、私は平気だ。なぜかはわからない。でも、それがロマンです」


スサノオは何も答えない。でも、右腕の斬魂刀が、青白い光を静かに放っていた。


「……私は、パイロット資格を失いました。でも、こうしてお前と共にいられる。それだけで、私のロマンは十分です」


コウタは目を閉じ、深く息を吐いた。


「……おやすみ、スサノオ。明日も、共にいましょう」


斬魂刀の青白い光が、一際強く輝き、そして静かに眠りについた。


6


翌日。ツクヨミ艦内に、一通の通達が回覧された。


『スサノオは機体特性上、特定のパイロット以外の搭乗が困難であることが判明した。ついては、整備員 星野コウタ を本機専属の整備試験員に任命し、機体の保守管理及び動作確認を担当させる。なお、星野のパイロット資格は引き続き停止中であり、実戦投入は認められない』


ユズハはその通達を読んで、満面の笑みを浮かべた。


「やった! コウタくん、スサノオの専属だって!」


「ふっ……当然の結果です」


「調子に乗るな、この雑魚。あくまでテストパイロットですわよ」


「ふっ……それで十分です。私がこの機体と共にいられるなら、肩書きなど飾りですから」


アイリは呆れながらも、口元が緩んでいた。


「……まあ、貴方がスサノオに乗れるなら、私も安心ですわ。他の誰かが乗って、また倒れられても困りますし」


「ふっ……ご心配をおかけしました」


「心配なんてしてませんわ」


「ふっ……そういうことにしておきましょう」


三人は顔を見合わせ、小さく笑った。


第三格納庫では、今日も斬魂刀の青白い光が、静かに輝いている。それは、一人の元パイロットと、その愛機が紡ぐ、永遠のロマンの証だった。


第十四章 了


『彗星の指揮官は今日も無茶を言う』 続く

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