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第十三章「ロマンの痕跡」
1
ツクヨミ、第三格納庫。
パイロット資格を剥奪されてから、一週間が経っていた。コウタは整備員として、今日もスサノオの足元に座り込んでいる。手には整備マニュアルのタブレット。しかし、画面はまったくスクロールされていなかった。
「ふっ……整備とは、マニュアルではなく魂で行うもの。私には不要ですな」
彼はタブレットを放り出し、スサノオの右脚の装甲パネルを外し始めた。黄ばんだ装甲の下には、複雑に絡み合った配線と駆動系が覗いている。この機体は何度も改造を重ねた結果、もはや元の設計図とはかけ離れた構造になっていた。
「コウタくーん!」
格納庫の入り口から、ユズハが駆け込んでくる。蜂蜜色の髪を揺らしながら、手には紙袋を提げていた。
「おや、艦長。本日はどのようなご用件で」
「えへへ、今日はね、コウタくんのお手伝いに来たんだよ! ユズハも整備、やってみたい!」
「ふっ……艦長が整備ですか」
「ダメ?」
「いえ。歓迎します。私のロマンを、艦長にもお裾分けしましょう」
ユズハは目を輝かせ、コウタの隣にしゃがみ込んだ。彼女はスパナを手に取り、きょろきょろと機体を見回す。
「えっと、どこから始めればいいの?」
「ふっ……まずは、機体と対話することです」
「対話?」
「ええ。スサノオは生きています。手を触れ、その声を聞くのです」
ユズハは恐る恐る、スサノオの装甲に手を触れた。ひんやりとした金属の感触。でも、なぜかほんの少しだけ、温かい気がした。
「……なんか、ドキドキするね」
「ふっ……それがロマンです」
その時、格納庫の入り口から、冷たい声が響いた。
「……また適当なことをおっしゃってますわね」
振り返ると、アイリがトレイを手に立っていた。トレイの上には、紅茶のポットとカップが三つ。
「おや、少尉。今日は非番では」
「ええ。だから、貴方たちが何をしているのか、監視に来たんですわ」
「ふっ……それはご苦労様です」
「お世辞は結構ですわ。ほら、紅茶を淹れてきました。休憩になさい」
アイリはそう言って、スサノオの足元にレジャーシートを広げ始めた。いつの間に用意したのか、小さなクッションまで並べている。
「アイリちゃん、準備いいね!」
「……べ、別に。たまたま持っていただけですわ」
「ふーん? たまたまクッション三つも?」
「うるさいですわ! さっさと手を洗ってきなさい!」
コウタは二人のやり取りを見ながら、静かに微笑んだ。
(……この時間が、私のロマンです)
2
休憩を終え、三人は再びスサノオの整備に取りかかった。
「コウタくん、この部分、なんか変なのついてない?」
ユズハが指さしたのは、スサノオの胸部装甲の裏側だった。そこには、見慣れない小型の装置が取り付けられている。配線はスサノオの主動力系とは別系統で、まるで後から無理やり追加されたかのようだった。
「……おや。これは」
コウタは装置を覗き込み、首を傾げた。
「見たことがありませんな。整備マニュアルにも記載がない」
「本当ですの?」
アイリも興味を持ち、装置を調べ始めた。
「……材質が不明ですわ。少なくとも、連合宇宙軍の規格品ではありません。それに、この配線の引き方……主動力とは完全に独立した、別のエネルギー系統のようですわね」
「別のエネルギー系統?」
「ええ。まるで、機体とは別の『何か』を動力源にしているような……」
アイリは装置に手を触れ、眉をひそめた。
「……この装置、微弱ですが、まだ稼働していますわ」
「稼働?」
「ええ。エネルギー源はまったく不明です。バッテリーでもなければ、核融合炉でもない。計測器にも反応しない。なのに、確かに動いている」
コウタは装置を見つめ、静かに呟いた。
「……魂動力、でしょうか」
「……は?」
「ふっ……今、自然と口をついて出ました。意味はわかりませんが」
「……また適当なことを」
アイリは呆れながらも、装置の解析を続けた。
「……とにかく、この装置は正規のものではありませんわ。誰が、何のために取り付けたのか」
「ふっ……ロマンですよ、少尉」
「……真面目に答えなさい、この雑魚」
「ふっ……すみません」
しかし、コウタの目は真剣だった。彼は装置を見つめながら、何かを必死に思い出そうとしているようだった。頭の奥で、何かが引っかかっている。でも、それが何なのか、どうしても形にならない。
「……コウタくん?」
「……いえ。なんでもありません。続けましょう」
3
さらに整備を進めると、次々と「見慣れない機構」が見つかった。
背部装甲の裏側には、巨大なブースターのようなものをマウントしていた痕跡。しかし、そんな装備はスサノオの装備リストには存在しない。左肩には、何らかの発生装置らしき配線の跡。機体フレームのあちこちには、無数の武装を懸架していたと思われるマウント痕。
「……なんですの、これ」
アイリは絶句した。
「この機体、全身が後付けの装備痕だらけですわ。しかも、どれも正規のものではない。まるで、長い年月をかけて、様々な武装を取っ替え引っ替えしてきたような……」
「ふっ……ロマンの積み重ねですな」
「……またそれですか」
「しかし、本当に覚えがないのです。この機体に、こんな痕跡があったことすら」
コウタはスサノオの装甲を磨きながら、静かに言った。
「私は、この機体と共に次元の裂け目に消え、そして三ヶ月後に帰還しました。その間の記憶はありません。でも、この機体には、確かに『何か』の痕跡が残っている」
「……平行世界、とか」
「ふっ……さあ。ロマンです」
アイリはため息をつき、紅茶を一口含んだ。
「……まあ、いいですわ。とにかく、この機体は想像以上に複雑な改造を受けている。整備には細心の注意が必要ですわね」
「ええ。ですが、ご心配なく。私が整備しますから」
「……貴方、さっきまでマニュアルすら読んでなかったじゃありませんの」
「ふっ……マニュアルなど飾りです」
「……本当に、懲りない人ですわね」
その時、ユズハが声を上げた。
「ねえねえ、コウタくん! この剣、どうやって外すの?」
二人が見ると、ユズハはスサノオの右腕にマウントされた斬魂刀に抱きついていた。
「ふっ……艦長、それは斬魂刀です。この機体で唯一、正規の装備リストにない武装」
「へー。でも、どうやって外すの? ユズハ、磨いてあげようと思って」
「……外し方、ですか」
コウタは斬魂刀に近づき、マウント部分を調べた。しかし、そこには明確な解除機構が見当たらない。ボルトもなければ、ラッチもない。ただ、青白い光を放つ刃が、機体の右腕にぴったりと収まっているだけだった。
「……おかしいですな。外れない」
「えー? じゃあ、どうやって整備するの?」
「ふっ……整備など必要ないのです。この剣は、私の魂そのもの。魂に整備は不要です」
「……またわけわかんないこと言ってる」
ユズハはぷうっと頬を膨らませた。しかし、彼女が斬魂刀から手を離した瞬間――青白い光が、ほんの一瞬だけ強く輝いた。
「……!」
「コウタくん、今の見た?」
「ふっ……ええ。この剣は、艦長に触れられて喜んでいるようです」
「ほんと!? ユズハ、斬魂刀くんに好かれたのかな!」
「ふっ……当然です。艦長は私の女神ですから」
ユズハは顔を真っ赤にして、嬉しそうに斬魂刀を撫でた。その度に、青白い光が優しく明滅する。
アイリはその様子を少し離れた場所で見つめ、紅茶を一口含んだ。
「……私も、触ってみていいかしら」
「もちろんですわ、少尉。どうぞ」
アイリは恐る恐る、斬魂刀に手を伸ばした。指先が刃に触れた瞬間――青白い光が、先ほどとは違う、落ち着いた輝きを放った。
「……これは」
「ふっ……少尉の魂に共鳴しているのです。理屈ではありません。ロマンです」
「……そうですか」
アイリは少しだけ微笑み、斬魂刀から手を離した。
「……悪くない、感触でしたわ」
「ふっ……当然です」
三人は顔を見合わせ、小さく笑った。
4
整備の続きをしていると、ユズハが再び声を上げた。
「ねえ、コウタくん。そういえばさ、この剣って、なんで『斬魂刀』って名前なの?」
「……さあ。私が名付けたわけではありません」
「え? そうなの? じゃあ、誰がつけたの?」
「ふっ……ロマンが、です」
ユズハは首を傾げた。アイリも、タブレットを操作しながら呟く。
「……データベースを検索しても、『斬魂刀』という武装は存在しませんわ。材質も、エネルギー波形も、まったくの未知。そもそも、どうやって動いているのかすらわからない」
「ふっ……動いているから、それでいいのです」
「……理屈になっていませんわ」
「理屈など飾りです」
アイリは深いため息をついた。しかし、その目は斬魂刀をじっと見つめている。
「……でも、不思議ですわね。この剣、貴方が触れると、特に強く輝くんですの」
「ふっ……私の魂と共鳴しているからです」
「……魂、魂って、貴方はそればかり」
「ふっ……事実ですから」
ユズハが斬魂刀の刃をそっと撫でながら言った。
「ねえ、コウタくん。この剣ってさ、もしかしたらコウタくんがどこか別の世界で手に入れたものなんじゃないかな」
「……別の世界」
「うん。ユズハの『なんとなく』なんだけど。この剣、コウタくんと一緒に戦ってきたんだよ。すごく長い時間、ずっとずっと一緒に」
コウタは斬魂刀を見つめ、静かにうなずいた。
「……そうかもしれませんな。私の記憶にはありませんが、この剣を握ると、不思議と落ち着くのです」
「うんうん。わかる気がする」
「ふっ……艦長にも、ロマンが伝わったようですな」
「ロマンってよくわかんないけど、なんかいいね!」
ユズハは無邪気に笑い、斬魂刀に頬を寄せた。青白い光が、彼女の髪を優しく照らしている。
アイリはその様子を見ながら、新しい紅茶をカップに注いだ。
「……少し冷めましたわね。新しいのを淹れます」
「ふっ……ありがとうございます、少尉」
「……別に。貴方のためじゃありませんわ。私が飲みたいだけです」
「ふっ……そういうことにしておきましょう」
アイリは顔を赤くし、そっぽを向いた。でも、その手は丁寧に紅茶を淹れている。
ユズハはそんなアイリを見て、ニヤリと笑った。
「アイリちゃん、照れてるー」
「なっ……! 照れてなどいませんわ!」
「ふーん? じゃあ、なんで耳が赤いの?」
「……艦長、後でじっくりお話ししましょうか」
「ひゃっ! ごめんなさい!」
コウタは二人のやり取りを見ながら、静かに微笑んだ。
「ふっ……お二人とも、本当に仲がよろしい」
「「……別に」」
声が揃った。ユズハとアイリは顔を見合わせ、吹き出すように笑った。
「……まあ、いいですわ。さあ、紅茶が冷めないうちに飲みなさい、この雑魚」
「ふっ……いただきます」
コウタは紅茶を一口含み、スサノオを見上げた。黄ばんだ装甲。全身に刻まれた謎の機構の痕跡。そして、右腕に輝く斬魂刀。
(……私は、この機体と共に、どこかで戦ってきた)
記憶はない。でも、魂が覚えている。
(そして、今もこうして、大切な人たちと共にいる)
彼はカップを置き、再びスパナを手に取った。
「ふっ……続けましょう。この機体のロマンを、もっと深く知るために」
「うん!」
「……仕方ありませんわね」
三人は再び、スサノオの整備に取りかかった。格納庫には、金属音と、笑い声と、紅茶の香りが静かに漂っている。
斬魂刀の青白い光が、まるで三人を見守るように、優しく輝き続けていた。
5
夕方。整備を終えた三人は、スサノオの足元に並んで座っていた。
「……ふっ。今日は有意義な一日でした」
「うん! ユズハも楽しかった!」
「……まあ、悪くはありませんでしたわ」
コウタはスサノオを見上げ、静かに言った。
「この機体には、まだ多くの謎が残っています。見慣れない機構の痕跡。正体不明の装置。そして、この斬魂刀」
「……ええ」
「でも、私は焦りません。ロマンは、ゆっくりと解き明かしていくものですから」
「……コウタくん」
「ふっ……それに、お二人がそばにいてくれる。それだけで、私のロマンは十分です」
ユズハは嬉しそうに、コウタの腕に抱きついた。
「ユズハも! ユズハもずっとコウタくんのそばにいるからね!」
「ふっ……ありがとうございます、艦長」
アイリは少し離れた場所で、紅茶のカップを両手で包みながら、小さく呟いた。
「……私も、いますわ。貴方が望むなら」
「ふっ……少尉、聞こえていますよ」
「なっ……! わ、わざと言ったんですわ! 聞こえるように言ったんです!」
「ふっ……そういうことにしておきましょう」
アイリは真っ赤な顔で俯き、紅茶を一気に飲み干した。
ユズハはそんなアイリを見て、クスクスと笑う。
「アイリちゃん、素直じゃないんだからー」
「うるさいですわ! 艦長だって、いつもストレートすぎるんですのよ!」
「いいでしょ! ユズハはコウタくんが大好きなんだから!」
「……私だって、好きですわ」
その言葉に、格納庫が静まり返った。
アイリは自分の口を押さえ、今にも泣き出しそうな顔で俯いた。
「……わ、私、今、なにを」
「アイリちゃん……」
ユズハはそっとアイリの手を握った。
「うん。ユズハも大好き。だから、一緒にいようね」
「……艦長」
「ユズハ、アイリちゃんがライバルでも、友達だもん。だから、仲良くしよう?」
「……ずるいですわ、そんなの」
アイリは涙を拭い、小さく笑った。
「……わかりましたわ。私も、仲良くします」
「やった!」
ユズハはアイリに抱きついた。アイリは困ったような顔をしながらも、その背中にそっと手を回した。
コウタは二人の様子を見ながら、静かに微笑んだ。
「ふっ……お二人とも、私にはもったいない女神です」
「当然ですわ。感謝なさい、この雑魚」
「ふっ……感謝しています。心から」
スサノオの右腕で、斬魂刀が一際強く輝いた。
まるで、三人の絆を祝福するかのように。
第十三章 了




