12
第十二章「孤高の戦士、星に還る」
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1
ツクヨミ艦橋。朝の定例報告の時間だった。
ユズハは艦長席で、難しい顔をしてタブレットを見つめていた。画面には、司令部から届いた一通の通達が表示されている。何度読み返しても、そこに書かれた文字は変わらなかった。
「……アイリちゃん」
隣のコンソールで紅茶を飲んでいたアイリが、顔を上げる。
「なんですの、艦長」
「これ、読んでくれる?」
アイリはタブレットを受け取り、画面に目を通した。そして、その表情がみるみる曇っていく。
「……正気ですの、司令部は」
「ユズハもそう思う。でも、決定事項なんだって」
二人は顔を見合わせ、深いため息をついた。
通達の内容は、簡潔だった。
『予備パイロット 星野コウタ 機体損傷多数・戦績不振・勤務態度不良により、本日付でパイロット資格を剥奪する。異議申し立ては受け付けない』
「……勤務態度不良、ですって」
アイリは声を震わせた。
「確かにあの馬鹿はイキってるし、書類は出さないし、模擬戦はいつも負けるし、機体は毎回ボロボロにして帰ってくるし……」
「アイリちゃん、それフォローになってないよ」
「でも! あの人は、ツクヨミを救った英雄ですわ! ドリフターの大群から私たちを守ってくれた! それなのに、こんな……」
アイリはタブレットを握りしめ、唇を噛んだ。ユズハは静かに立ち上がり、彼女の肩に手を置いた。
「ユズハ、司令部に掛け合ってみる。艦長として、絶対に納得できないから」
「……艦長」
「コウタくんはユズハのパイロットだもん。ユズハが認めてるのに、他の人が勝手にクビにするなんて許せない」
ユズハの目は、いつもの無邪気な輝きではなく、艦長としての強い意志に満ちていた。しかし、アイリは首を振った。
「……無駄ですわ。司令部が一度出した決定を覆したことなど、一度もありません」
「でも……!」
「艦長が動けば動くほど、司令部は貴女のことも危険視します。そうなれば、ツクヨミごと解体されかねませんわ」
ユズハは言葉を詰まらせた。アイリの言う通りだった。彼女は艦長として、ツクヨミとクルー全員の命を預かっている。一人のパイロットのために、すべてを危険に晒すわけにはいかない。
「……くやしい」
ユズハは小さく呟き、涙をこらえた。
「ユズハ、コウタくんに、なんて言えばいいの……」
「……私から伝えますわ」
「アイリちゃん……」
「艦長は、ここで待っていてくださいませ。貴女が泣いているところを見たら、あの馬鹿、きっと『ふっ……私のために泣くなど、おやめなさい』とか言って、余計に辛くなるだけですから」
アイリはそう言って、艦橋を後にした。その背中は、いつもより少しだけ小さく見えた。
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2
第三格納庫。
コウタは今日も一人、スサノオの足元に座っていた。手にはアイリが淹れてくれた紅茶のカップ。機体を見上げながら、いつもの気取った微笑を浮かべている。
「ふっ……今日も美しい。我が愛機、スサノオ。この右腕の斬魂刀が、また一段と輝きを増した気がしますな」
「星野訓練生」
アイリの声が、格納庫に冷たく響いた。コウタは振り返り、優雅に一礼する。
「おや、少尉。今日は一段と美しいお姿で」
「……お世辞は結構ですわ」
「ふっ……お世辞などでは」
アイリは何も言わず、コウタの前に一枚のタブレットを差し出した。画面には、司令部からの通達が表示されている。
コウタはそれを読み、しばらく黙っていた。そして――
「ふっ……なるほど」
彼は静かに笑った。その顔には、怒りも悲しみもなかった。ただ、すべてを受け入れたような、穏やかな微笑みだけがあった。
「……それだけですの?」
「ええ。司令部がそう決めたのなら、従うまでです」
「……貴方、悔しくないんですの? パイロット資格を剥奪されるんですのよ? もう二度と、スサノオに乗れなくなるんですのよ?」
アイリの声は震えていた。目には、今にも溢れそうな涙が溜まっている。
コウタは彼女をまっすぐに見つめ、そして微笑んだ。
「悔しいですよ。もちろん」
「……じゃあ、なんで……」
「ふっ……私は、自分が『雑魚』であることを、誰よりもよく知っています」
アイリは言葉を失った。
「私は実力もないのにイキって、機体を壊し、模擬戦ではいつも最下位。司令部の評価が低いのも当然です。むしろ、今までよくパイロットでいられたものだと思います」
「……そんな」
「ですが、少尉」
コウタは立ち上がり、スサノオを見上げた。
「パイロット資格を失っても、私は私です。星野コウタ。孤高の戦士。ロマンを追い求める者。それは、誰にも奪えません」
「……コウタ」
「ふっ……少尉が私の名を呼ぶとは、珍しい」
アイリは俯き、小さく呟いた。
「……紅茶、淹れて差し上げますわ」
「ふっ。楽しみにしております」
「……最後になるかもしれないのに、いつも通りですのね」
「当然です。私ですから」
アイリは涙を拭い、小さく笑った。
「……本当に、馬鹿ですわ」
「ふっ……よく言われます」
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3
その日の夕方、ツクヨミの艦内放送が流れた。
「予備パイロット星野コウタ、本日付でパイロット資格剥奪。これに伴い、第三格納庫のスサノオは、明日、解体処分とする」
艦内がざわついた。
「……解体?」
「スサノオを?」
「そりゃそうだろ。パイロットがいない機体なんて、ただのゴミだ」
「でも、あの機体、ドリフターを倒した英雄機だぜ」
「英雄機? 笑わせるな。ただのボロ機体だ」
ユズハは艦長席で、放送を聞きながら震えていた。
「……解体って、なに」
彼女は立ち上がり、艦橋を飛び出した。アイリも後を追う。
二人が第三格納庫に駆けつけると、そこにはすでにコウタが立っていた。彼はスサノオの足元に座り、いつものように機体を見上げている。
「コウタくん!」
「……ふっ。艦長、少尉。ご一緒に紅茶でもいかがです。少尉が淹れてくれたものです」
「それどころじゃないよ! スサノオが、解体されちゃうんだよ!?」
「ええ。聞きました」
「なんで……なんでそんな平気な顔してるの!? コウタくんの大事な機体なんでしょ!?」
コウタは紅茶を一口含み、静かに答えた。
「艦長。スサノオは、私の最高の相棒です。それは、誰がなんと言おうと変わりません」
「……じゃあ」
「ですが、機体は機体。形あるものは、いつか壊れる。それもまた、ロマンです」
「……意味わかんないよ!」
「ふっ……それでいいんです」
ユズハは涙を流しながら、コウタの胸に飛び込んだ。
「ユズハ、やだよ……! コウタくんがパイロットじゃなくなるのも、スサノオがいなくなるのも、ぜんぶやだ……!」
「……艦長」
コウタは彼女の頭にそっと手を置き、静かに微笑んだ。
「私は、ここにいます。スサノオも、私の心の中にいます。それは、永遠に消えません」
「……ほんと?」
「ふっ……私が嘘をついたことがありますか」
「……いっぱいある」
「ふっ……そうでしたか」
ユズハは涙でぐしゃぐしゃの顔を上げ、コウタを見つめた。
「……ユズハ、決めた。コウタくんがパイロットじゃなくなっても、ユズハはコウタくんのことが大好き。それは変わらない」
「……艦長」
「だから、ずっと一緒にいてね。ユズハのそばにいてね」
「ふっ……ご命令とあらば」
アイリは少し離れた場所で、二人の様子を見つめていた。その目にも、涙が浮かんでいる。
「……私も、同じですわ」
彼女は小さく呟き、スサノオを見上げた。黄ばんだ装甲。継ぎ接ぎだらけの機体。右腕には、青白い光を放つ斬魂刀。
「……あなたは、彼の魂そのものですわね」
「……少尉」
アイリは振り返らず、スサノオに語りかけるように続けた。
「だから、解体なんてされない。例え形がなくなっても、あなたは彼と共にある。そうでしょう?」
「……ふっ。さすがは少尉。よくおわかりで」
コウタはユズハを抱きしめたまま、スサノオを見上げた。
「この機体は、私のロマンの結晶です。斬魂刀も、星砕きも、龍撃砲も、流星弓も、月読の盾も、魂魄増幅器も、幻影発生装置も、流星駆動も――」
「……ちょっと待ちなさい」
アイリが振り返り、怪訝な顔でコウタを見た。
「今、何をおっしゃいましたの」
「ふっ……スサノオに搭載されたロマン兵器の数々です」
「そんなもの、この機体には斬魂刀しかありませんわ」
「……おや」
コウタは首を傾げた。確かに、スサノオには斬魂刀しか装備されていない。なのに、なぜか別の武装の名前が、次々と口をついて出てきた。
「……ふっ。気のせいですな」
「……本当に、意味がわかりませんわ」
でも、アイリの口元は、ほんの少しだけ緩んでいた。
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4
翌日。
第三格納庫には、解体作業のために整備班が集まっていた。しかし、彼らは誰一人として作業に取りかかろうとしなかった。スサノオを「動く棺桶」と罵っていた整備兵たちでさえ、工具を手にしたまま立ち尽くしている。
「……できねえよ」
一人が工具を床に投げ出して呟いた。
「この機体は、あのイキリパイロットの魂だ。俺たちがバラせるわけがねえ」
他の整備兵たちも、同じ気持ちだった。彼らは普段、コウタのことを「雑魚」と陰口を叩いていた。スサノオのことも「ゴミ機体」と笑っていた。しかし、心のどこかで、彼らは知っていたのだ。この機体が、このパイロットが、ツクヨミを救ったことを。
「……お前ら、なにやってんだ」
コウタが格納庫に入ってきた。彼は整備兵たちを見渡し、静かに微笑んだ。
「ふっ……感傷に浸っている場合ですか。司令部の命令でしょう」
「でもよ、星野……」
「私はもう、パイロットではありません。ただの整備員です」
コウタはそう言って、工具を手に取った。
「……私がやります。スサノオを解体するのは、私の役目です」
「……星野」
「ふっ……心配はいりません。これは、ロマンの継承です」
彼はスサノオの足元に立ち、機体を見上げた。
「スサノオ。お前は、私の最高の相棒だった。共に戦い、共に泣き、共に笑った。お前がいなければ、私はとっくに死んでいた」
「……」
「だから、これは『お別れ』ではない。お前は、私の心の中で永遠に生き続ける」
コウタはスサノオの装甲に手を触れた。黄ばんだ表面は、ひんやりと冷たかった。
「……ふっ」
彼は工具を置き、振り返った。
「……やはり、私にはできませんな」
「星野……!」
「ふっ……パイロット資格を剥奪されても、私はこの機体のパイロットです。この機体を解体する権利は、私にはない」
その時、格納庫の入り口から声がした。
「ならば、私が預かろう」
振り返ると、そこにはツクヨミの鬼丸副長が立っていた。彼はゆっくりと歩み寄り、スサノオを見上げた。
「副長……」
「星野。司令部は確かに解体を命じた。だが、この機体はツクヨミの戦力として正式に登録された機体だ。司令部の一存でスクラップにするなど、現場の総意なくして認められん」
「……副長」
「私はお前のパイロットとしての腕は評価していない。正直、雑魚だと思っている」
鬼丸は真っ直ぐにコウタを見つめた。
「だが、お前がドリフターの大群からツクヨミを救ったことは事実だ。この機体が英雄機であることもな」
「……ふっ。副長にそう言っていただけるとは、光栄です」
「調子に乗るな。私は事実を述べただけだ」
鬼丸はスサノオを見上げ、静かに言った。
「この機体は、ツクヨミで保管する。パイロットがいない以上、実戦には出せんが、スクラップにはさせん。それが、この艦の総意だ」
「……副長」
整備兵たちが、ほっとした表情を浮かべた。コウタは鬼丸に向かって、優雅に一礼した。
「ふっ……感謝します」
「……お前はどうする。パイロット資格を失って、この先どう生きる」
「ふっ……私は、整備員としてこの艦に残ります。スサノオの整備を、誰よりも知っているのは私ですから」
「……そうか」
鬼丸は少しだけ口元を緩め、格納庫を去っていった。
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5
第三格納庫、夜。
コウタは一人、スサノオの足元に座っていた。手には、アイリが淹れてくれた紅茶のカップ。機体を見上げながら、彼は静かに微笑んでいる。
「ふっ……スサノオ。お前は、ここに残ることになりました」
「……」
「私はもう、パイロットではありません。でも、整備員として、お前のそばにいられます。それは、私にとって、何よりのロマンです」
スサノオは何も答えない。でも、右腕の斬魂刀が、青白い光を静かに放っていた。
「……ふっ。お前のその輝きは、決して消えない。例え誰がなんと言おうと、お前は私の最高の相棒です」
格納庫の入り口から、ユズハとアイリが顔を覗かせていた。
「……コウタくん、また一人で喋ってる」
「……いつものことですわ」
「でも、なんか嬉しそうだね」
「……ええ。あの馬鹿は、どこに行ってもあの馬鹿のままですわ」
アイリはそう言って、小さく笑った。ユズハもつられて笑う。
「……ねえ、アイリちゃん」
「はい」
「ユズハたちも、コウタくんのそばにいようね。ずっとずっと」
「……ええ。そうしましょう」
二人は顔を見合わせ、うなずいた。
第三格納庫には、今日も青白い光が静かに輝いている。それは、一人の元パイロットと、その愛機が紡ぐ、永遠のロマンの証だった。
第十二章 了
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