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里沙からの手紙

 それからひと月近くが経った。

 母親、梨穂子から聞いた情報では、花島美乃華の術後の容体は安定しており、回復に向かいつつあるという。北海道警はすでに彼女から事情聴取を行っているらしい。

 国能生実伴の汚職事件については、地検特捜部が本格的に動き出していた。どうやら汚職は同じ派閥の議員にも飛び火して、事件は大掛かりなものになると、新聞は連日書き立てた。さらに一部の週刊誌が、支援者の一人が不審な事故死を遂げたことに言及を始めた。

(花島さんの恋人の勇気ある行動が、ついに実ったのかもしれない)

 彩那はそんなことを思った。


 ある日の夕方、捜査班の3人が演劇部の活動を終えて帰途につこうとしていると、すぐ先に一台の車が停車した。

 どこか見覚えのある車と思ったら、案の定、菅原刑事が降りてきた。

 挨拶もそこそこに、大型の茶封筒を彩那に渡した。

「警視庁 倉沢彩那さま」

 と可愛い文字で書かれている。差出人は「南美丘里紗」とあった。

「これは?」

「郵便として届けられたのですが、該当者不明でしばらく総務課で預かっていたようです」

 おとり捜査班は警視庁内でも認知されていない部署なので、彩那の手元に届くまでにかなりの時間を要したと見える。

 みんなが見守る中、慌てて封を切った。

 中から便せんが出てきた。

「彩那、元気でいますか? 私はいつもの学校生活に戻っています。隣にあなたが居なくて寂しいです。でも、以前よりもクラスメートとの距離が縮まったみたい。誰とでも自然におしゃべりができるようになったのよ。まあ、学校は以前よりは楽しいかな。

 教室でこの手紙を書いていたら、みんなが集まってきたの。それで彩那に出す手紙だと教えたら、みんな私も、私もって大騒ぎ。全て同封しておいたから、後で見てね。

 本当はお父さんと一緒にお菓子をたくさん持って、お礼の挨拶に伺おうと思ったけれど、住所など詳しいことは教えられないということだったので、手紙にて失礼するね。

 でも、倉沢彩那っていうのは本名なんでしょ? ネットで検索したけれど何も出てこないし」

(当たり前じゃない。大体、人の名前を勝手に検索するな)

 彩那は微笑んだ。

「会社の方は、やっぱり合併することに決まったけど、何とか名前だけはそのまま残るみたい。彩那のイラストのお菓子は発売が難しいけど、一応お父さんには提案しておいたよ。前向きに考えておく、ですって。半分、冗談だったのにね。

 もう会うこともないけれど、あなたのことは一生忘れません。本当にありがとう」

 彩那はしばらくその手紙を見つめていた。

 封筒にはもう一枚、国能生澪からの手紙も入っていた。こちらは達筆な文字が並んでいた。

「彩那、お久しぶりです。元気にしてますか? あなたは強い人だから、きっとどんな所でも逞しく生きているのでしょうね。

 私は今、人生の試練の真っ只中にいます。世間の目は厳しいけれど、父親は父親、私は私。これからも強く生きていくつもりです。あなたに負けないように頑張るわ。次もまた、女学院の生徒会長に立候補するのよ。どう、図々しいでしょ?

 いつか修学旅行の話を笑って話せる日が来るといいわね。どうか無茶しないで、お身体に気をつけて。

 追伸 トラピスチヌ修道院で撮った写真を同封します」

(澪、この写真は宝物にするね)

 封筒の中からは、クラスメートの寄せ書きが出てきた。

「今度また勝負しようね」

 倉垣咲恵が話し掛けてきた。

「うどんLOVE」

 カラフルな文字は蛯原、宮永、則田の3人からだった。

「菅原さん、みんなに返事は出せますか?」

 彩那が訊くと、

「捜査員は事件の関係者とプライベートにやり取りすることは禁じられています」

 強い調子で言った。

 がっかりした顔をすると、

「しかし、礼状として、私がこっそり櫻谷女学院に届ける分には問題ないでしょう。と、フィオナさんが言ってました」

「ありがとうございます」

 菅原は急に手を叩いて、

「そうそう。何故かは分かりませんが、櫻谷女学院は最近人気が急上昇して、偏差値はまた上がるみたいですよ」

「それじゃあ、もう二度と入ることはできませんね」

 みんなはどっと笑った。


     完

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