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チャプター 24:「空中舞踏」

 ダムから聞こえるけたたましい音を聞きながら、アルストロメリア南西部へ向かうエデ

ィとハル。

 ハルの機転により飛行に成功したものの、規格が同じでも回転速度やトルクはまるで違

う。ダムの水車から取り出されるトルクは蒸気機関の比ではなく、ペダル操作を僅かでも

誤れば、クラッチが即座に焼き付いてしまう。にも関わらず、元々の回転速度が遅い為に、

操縦難度に比べ飛行速度は遅かった。

 通常の機関室と繋がっていないせいか、機内は冷えた空気で満たされており、それが緊

張の原因になっているのか、ハルは一言も口を開かない。

 しかし、相棒の後ろ姿を見るエディに不安はなかった。ほんの一週間前まではただの少

年だったハルが、今は、迷いなく前を向いている。右手に握る操縦桿にも、自然に力が込

められた。

「…………エディ。そろそろだよ」

 測位盤に手を置いたハルが現在の座標を確認すると、僅かに振り向いた。ゴーグル越し

に見える青く透明な双眸には生気がみなぎっていた。

 いつも通りハルの頭へ手を置き、乱暴に髪を掻き回す。

 ハルから視線を外し前方を見たエディの目は、空を飛ぶ4つの機影を確認する。

距離はあるものの、黒く塗装された戦闘機は、ロベリアのものである事を物語っている。

真正面からやってくる敵機に、エディは不敵に笑む。

「お前が作ってくれた好機。多少の不利など…………ひっくり返してやる!」

 敵機が十分に目視できる距離に近づいた頃、エディが動いた。

 変速機のレバーを6速に押し込み、左足をゆっくりと離して行く。一瞬でもクラッチの

接触を誤れば即座に機体は推力を失ってしまう為に、エディは全神経を左足の先端へ集中

させた。

「…………よし! 行くぞ!」

 機体は最大推力に移行し、機体を左右に回転させながら敵機との位置を調整する。当然

ながら、相手もエディの機体を撃墜せんと飛び回っており、お互いに牽制し合ったまま同

じ空域を飛び回る。

 しかし、徐々に敵機が後方へと回り始めた。自機の推力不足による機動力の差が、確実

に状況を悪化させてゆく。その上、敵機は4機共に一糸乱れぬ空中機動で、動作に割り込

む隙を見せない。

「…………クソッタレめ!」

 思わず悪態をつき、操縦桿を忙しく操作するエディ。ゴーグルとキャノピーによって制

限された視界を目一杯使い、文字通り天地、前後左右を見回した。

「あと少し…………あと少しあれば」

 しかし、絶対的な推進力の差は覆す事ができず、遂に後方への接近を許してしまう。い

つ撃たれてもおかしくない状況の中、激しく脈打つ胸を宥めながら、必死に機体を振り回

した。

「こいつだけは…………やらせない!」

 4速相当の推力から繰り出される神業のごとき空中機動により、未だ通常蒸気機関を用

いた敵機の発砲を許さない。エディが今まで生きてきた中で、これ程生きたいと思わせる

戦闘は初めてだった。自分ではなく、ハルを死なせるわけにはいかないと、歯を食いしば

り頭の引き出しを全てぶちまけながら、知る限りの回避機動を用いる。

「…………あいつら?!」

 ちらりと後方を確認すると、敵1機が編隊を離れ、別空域へと移動してゆく。残る3機

は続けて自分を追いかけて来ており、それらから逃げる事は変わらないが、左へ旋回した

先に、離脱した敵機が待ち構えていた。

 心臓が凍りつき、体感する時間が酷く緩やかになってゆく。

 迫る敵機関砲の銃口。

 今までの訓練が脳裏を駆け巡り、前方から襲来する敵の回避手段を必死に模索するエデ

ィの脳。

「――――これで!」

 機首を下げ、敵機の下方へと滑り込むように回避するエディ。

 直後、敵機関砲が火を噴いた。

 飛来する黄金色の閃光。

 急降下する事で供給推力以上の速度を稼ぎ鉛の豪雨を潜り抜けるも、回避できなかった

弾丸が船体後部と尾翼を穿ち、操舵装置の一つが損傷を受けた。

「まだ…………まだだ!」

 一方的に攻撃されていながらも、エディは諦めていなかった。機体は急降下を続け、一

時的に敵機との距離を取る事に成功する。敵は様子をうかがっているのか、降下について

こない。操縦桿を引き機体を水平に戻すと、大きく旋回しながら再度高度を稼ぐ。

 撃墜できていないと判断されたのか、再び迫る敵戦闘機。だが、エディは4機を引き連

れたまま旋回を続けた。

 じわりじわりと迫り、遂に敵機関砲の有効距離に近づいた、その時。

 死の瀬戸際が迫る中、エディが笑む。

「次は………………あたしの番だ!」

 操縦桿を目一杯引き、機首を上方へ向ける。推力はたちまち揚力へと変換され、浮き上

がった機体の下方を、敵機が飛び去る。ハンクとの模擬戦で使った戦闘機動である。

 機首は上がり続け、180度反転した宙吊り状態まで回転させた所で、下方を通過しか

けている敵機を捉える。その瞬間、迷いなく引き金を引き絞った。

 銀色に輝く戦闘機が放った金色の弾丸は、黒い船体を食い破り、船体を粉々に粉砕する。

 1機目撃墜。

「あと、3機!」

 尾翼が機能しないことで速力は更に落ち込んでおり、バランスを崩した機体を丁寧に正

すと、残る敵機を探す。

 しかし、友軍を失ったのにもかかわらず、ロベリアのパイロットは間髪入れずに追撃を

仕掛けてきた。ようやく水平飛行へ戻ったエディ達の機体後方へ接近し、距離を詰めさせ

ようと機体を揺らすエディから慎重に距離を保ち、隙をうかがう。

「あいつら……また…………」

 気配の変化を感じ後方を確認すると、1機が後方から離脱した。

 挟み撃ちにした作戦だ。

 天地がめまぐるしく回転する空の戦いで、3機を同時に捉え続ける事は至難の業であり、

機体の不利もあって、後方の敵機から逃げ続ける事がエディにできる精一杯の抵抗である。

「クソッ…………」

 旋回後、右方に敵機。それは慎重にエディに相対し、敵機から僅かに顔を出す黒い機関

砲がゆっくりとこちらを狙い定める。

 旋回中に方向を変えようにも、後方の敵機に隙を見せる事は死を意味する。逃げ道を完

全に塞がれた事で、エディの緊張は頂点に達する。

「ク、ソオオオオオオオオオオオオオオ!」

 雄叫びを上げながら操縦桿を目一杯倒す。十分な高度に上昇していた事もあり、一か八

かの急降下を選択する。

 同じタイミングで、敵機の機関砲が火を噴いた。

 飛来する閃光がゆっくりと迫り、損傷を受けた船尾に近づいてゆく。被弾すれば、墜落

は確実である。

 その時だった。

 彼方から飛来した別の弾丸により、発砲していた黒い敵機が粉々に砕け散る。硬直する

間もなく空を見回すと、自分と同じ銀色の機体が接近してきていた。エディの上方を飛び

越えた船体には、アルストロメリアの国章が描かれていた。

「――――ハンク!」

 正真正銘の旗機、ハンクの機体。

 後方の機体もハンクを警戒してか、エディの後方から離れる。

 そして、一時的に静まった船内に、慌しい足音が転がり込む。

『ハル・エリオット機関師! ハンク隊長から伝令あり! 敵の戦闘機はこちらに任せろ、

との事です』

「り、了解しました!」

 驚きを目に浮かべながら、門の向こうへ返答したハルが振り向いた。

「ヘッ…………格好つけやがって」

 下方を確認すれば、既にハンクが敵機との戦闘に入っていた。

「ハル、正確な方角を出してくれ。敵の後発を叩く」

「わかった」

 素早くかざされたハルの右手により、測位盤は現在の位置を浮かび上がらせた。

「現在位置WS41。ロベリアは10時の方向」

「了解」

 機体を操作し、エディはハンクの機体へと近づいてゆく。

 そして、敵機を追いかけるハンクの正面へ差し掛かると、時計回りに機体を回転させ、

キャノピーを下に向けた。そして、すれ違い様に親指を立て、ハンクに合図する。

 相対速度は700マイルを超え、とても肉眼で確認できる速さではなかったが、エディ

は不思議と、ハンクも同じように合図している姿を見ていた。

 大きく息を吸い、前方を見据える。

「ハル。最後の戦いだ」

「うん!」

 二人は、残る敵戦力に向けて飛び始めた。


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