チャプター 23:「開戦」
太陽が上り、いくばかりの時が過ぎた頃。雲一つない青空の下、機関室から漏れ出る熱
を感じながら、キースとハンク、航空隊の面々が列を作り姿勢を正す。各々の面持ちはか
たく、緊張が大気に伝播してか、風すらも止んでいた。
キースは相対する隊員に一歩踏み出し、隊員達に睨みを利かせた。
「諸君。本日の正午、ロベリアとの戦争が開始される。昨日に各人へ伝達した作戦内容と
変更はないが、確認の意味も含め、再度説明する。よく聞くように」
陸軍の司令や有識者と散々協議した内容を頭の中で整理し、大きく息を吸う。
「我々の任務は、敵勢航空機によるアルストロメリア空軍基地及び陸軍基地への攻撃を阻
止する事だ。ハンクをはじめとした第一分隊から第四分隊までの隊員が開戦予定時刻まで
仮想戦闘空域で旋回待機。ロべリアに潜伏するメイジからの指示を受けた後、敵航空機の
進路へ向かう。ロベリア側は戦力を総動員して侵攻してくる筈だ。燃料が限られている為
に、我々は半数の戦闘機でこれらに対抗しなければならない。厳しい戦いになるだろう」
キースは険しい表情を一層強め、飛び立つパイロットへ視線を配った。
「諸君が知っての通り、現代戦は空を制したものが戦を制すと言っても過言ではない。我
々が屈したなら、陸軍や民に大きな悲劇がもたらされるだろう。…………しかし! 日々
練磨し、選び抜かれた我々ならば、必ず作戦を成功させる事ができると確信している!
アルストロメリアの未来を護ってくれ!」
キースの振り上げた拳に呼応するかのように、男達の咆哮が空気を震わせた。
「作戦を開始する! 4分隊までのパイロットはハンクに続いて空に上がれ。5から8分
隊までのパイロットは格納庫内の機体にて離陸準備を」
即座に行動を開始した隊員達の中で、端に立つエディとハルは動かない。二人が入隊を
果たす前に戦争が始まり、新人にかまけている暇はなかった。
しかし、一歩踏み出したエディの瞳には、他の隊員達にも劣らない強い闘志が宿ってい
た。
「旦那。あたし達はどうすればいい」
短い問いかけに、キースは一番の憂いである背後のハルへと目を移した。しかし驚くべ
き事に、そこにはエディにも匹敵する気迫を纏う少年の姿があった。
「お前達は今回の作戦に参加させないと決めていたんだ。出番はない」
「嘘だろ旦那! あたし達だって!」
キースは前のめりになるエディに苦笑し、右手で髪をかきあげる。
「開戦時刻前後にアイリスからの燃料が到着する。石炭を確保出来次第、休止状態のボイ
ラー全てに火を入れ総力戦を始める。今回の防衛は先発のハンク達がどれだけ敵を抑えら
れるかが勝負の分かれ目なんだ。お前達が出られたとしても一番最後。その頃には決着が
ついているだろう」
キースは睨むエディの視線を受け流しながら、機関室へ移動を始める。未だ諦めがつか
ないのか、エディとハルもそれに続いた。
稼動するボイラーが半数とはいえ、それらが発する熱によって場内の温度、湿度は外気
の比ではない。自分も熱にやられないよう、つなぎのジッパーをへそまで下ろす。
腕を組み作業を眺めていると、端のボイラーから順に門が開き始め、作業員が次々に動
力軸を動かしてゆく。外では、整列された戦闘機達が離陸を始め、門を通じてコールサイ
ンが宣言された後、次々に飛び立ってゆく。
12番までの門が稼動状態に移行した事を確認すると、キースは一番の門へと歩み寄る。
「メル! 予定通り、全員国境まで連れて行ってくれ。頼んだぞ」
『うん! 任せて!』
ハンクの相棒であるメルへの指示が完了した後、敵空軍の動きについての報告を待つべ
く機関室の端に設けられた木製の机へと向かう。
油と蒸気にまみれた機関室内にはあまりに不釣合いの立派な椅子に腰掛け、手を組み報
告を待つキース。
平常時よりも稼働率の低い機関室の状況に納得したのか、ハルとエディは黙ったままキ
ースの横に立った。
エディ達が食い下がる様子ではなくなったことで、改めて気を静め、メイジからの報告
を待つ。燃料が心許ない為に、待機する時間を限界まで削っており、国境到着と同時に戦
闘が始まっても不思議ではない。
興奮する胸を叩きながら、静かに時を待つ。
「司令! メイジからの報告です!」
格納庫にやってきたのは、メイジとの連絡を行う専門の兵士だった。
遂にその時。頷き、続きを促す。
「敵航空隊の離陸を確認。数は17、接触地点はW2付近との事です」
部下の報告に立ち上がり、直ぐに1番へ歩み寄る。
「メル。敵はW2方面へ向かっている。17機だ。頼む」
『了解。他のパイロットにも伝令を』
「わかった」
部下に指示するよりも自分で回ったほうが早いと判断し、ボイラー前の門を順に巡り、
機関師へ直接指示を出した。
全ての指示を終えたキースは自分の机に戻り、頭を抱える。司令官であるキースは、当
然各国の配備する戦闘機の情報も把握している。自分の知る数よりも6機少ない意味は、
容易に想像できた。
別働隊を用意してくるだろうと予想はしていたが、17機もの敵機へ対抗するには全て
の戦力を集中させるほかなかった。相手の用意した脚本を知りながらも、それに乗らざる
を得ないジレンマに苛立ちが増す。
「メル・ウォーロックより報告! 敵部隊と接触! 座標W4!」
手を挙げ、連絡兵に聞こえた意思を伝える。
脇に立つエディが、腕を組み一歩近づいた。
「せざるを得ないとは言え、敵の思う壺というのも気分が悪いな」
エディは、既に敵の策を理解していた。察しの良さと、反論できない現状に思わず空笑
いが漏れる。
「全くだ。こちらの燃料を徹底的に絞りながら、国際法通りの宣戦布告。守らねばアイリ
スに目をつけられるとは言え、随分と…………やってくれる」
「ロベリアは戦争のやり方をよくわかっている。戦争など、準備で八割方終わっているも
のだからな。軍拡とこちらの弱体化を同時に進めている辺り、かなり計画的な…………」
エディの口を止めたのは、機関室に入ってきた先ほどの連絡兵。その表情から、良くな
い連絡である事は明白だった。
「司令、別のメイジより連絡がありました。ロベリア南部の駐屯地より、戦闘機6機と、
未確認の大型機が離陸したとの事です。座標WS43からアルストロメリアの領空に侵入
するものと思われます」
「…………わかった。引き続き連絡を」
「はっ!」
下がる連絡兵を眺めながら、自分の目に移るエディやハルは顔を引き攣らせていた。状
況が状況だけに、司令官であるキースでさえも、思考が停止してしまうような絶望感を味
わっていた。
ハンクに与えた命令を変更しようと立ち上がるも、一人欠けただけで拮抗が崩れる危険
があり、踏みとどまる。5機もの戦力差を埋めているのは間違いなくハンクの腕であり、
戦場を持たせる為の鍵そのものである。たとえ一機でも、回す余裕はない。
「おい旦那! このままじゃ」
「わかっている!」
思わず机へ掌を叩きつける。萎縮する二人にばつの悪さを感じ、自分の頭を抱えるキー
ス。
すくみ上がりながらも、俯いていたハルが何かに気がつき、顔を上げ、エディの手を握
った。
「エディ。あった。戦闘機を飛ばせる方法」
「な、なんだと?!」
ハルの発言に、弾かれたように二人の視線が集中する。
「粉挽き場で見た水車からの動力軸は、ボイラーから出る動力軸と、同じ規格のものだと
思います。色も形もとても似ている」
「ああ、たしかに…………まさか」
エディが息を呑む。キースも、ハルが何をしようとしているのか気がついた。
「ダムの水車の動力を戦闘機に供給すれば――」
キースが目を向けたエディは、同じように見返してきた相手と目が合う。
「行ける。お前なら行けるぞハル!」
「うん!」
普通ならば、新兵に生かせるような戦場ではない。間違いなく死地であり、たった1機
で敵戦闘機6機と正体不明の兵器を相手にせねばならない。
しかし、パイロットがエディである事に、一抹の希望を見た。
「…………よし。出撃しろ!」
「了解!」
キースの許可と共に、二人は外へ走り出す。歩いて後を追うと、どこから聞いていたの
か、既に二人の戦闘機が運び出されていた。
掛けられた梯子を素早く上り、機体に乗り込むと、僅かに覗いたハルの目がキースへ向
く。
「キースさん! 水車の動力軸は途中からしか使えません。軸を切ってしまう事をダムの
人に伝えてください!」
「直ぐに伝令を走らせよう! それと、燃料が到着したらお前達のボイラーを優先的に稼
動させる。ダムの門に待機させた兵士に連絡を入れるから、機関室の蒸気機関に繋ぎ変え
ろ。お前ならできる筈だ」
「わかりました! 出撃します」
エディがキャノピーを閉めると同時に梯子がどけられ、作業員が機体から離れると、異
質の振動と共にフライホイールが回転を始め、危うい動きで離陸してゆくエディの戦闘機。
「あいつら…………本当に飛んでいきやがった」
無宗教のキースも、今ばかりは神に祈らずには居られない。
「………………うん?」
踵を返し、機関室へ帰ろうとしたキースの耳に、聞きなれない甲高い事が入ってくる。
振り向き、空を眺めると、遠方に恐ろしく大きな航空機が見えた。数は3。
先頭の機体が着陸態勢に入り、着地した機体から、大量の砂煙が巻き上げられる。
「あれは?!」
プロペラすらついていない、不可思議で巨大な機体が停止すると、それらが引き連れて
きた砂埃が機関室の外壁へ打ち付けられる。
視界不良の中、機体へ近づいてゆくと、船体に描かれていたのは"I.I.A.F"の文
字。
そして、完全に機関が停止しないまま開けられたリアハッチから降りてきたのは、栗色
の髪を束ねた軍服姿の女だった。
滑走路に降り立った女は、腹の前で手を重ね、姿勢を正す。
「初めまして。キース・マシューズ空軍司令殿ですね? 私はアイリス帝国空軍代表、ア
リス・アイリスです。越冬用の燃料を届けに参りましたわ」




