チャプター 18:「資格」
生暖かい風が吹き抜ける中、ハルとエディを乗せた戦闘機がアルストロメリア空軍基地
の滑走路へと降りて来る。傾きかけてはいるものの、日の長い季節もあり、太陽は未だ空
で大地を照らし続けていた。
何度も繰り返した着陸動作は危なげなく、戦闘機は無事に地面へ触れ、十分な減速の後
停止する。
「ハル、エディ機、着陸完了しました」
ハルが門の向こうへ報告を行うと、回転するホイールから動力軸が抜け、門の中へと消
えていった。そして、確実に抜き取られら事を確認し、ハルは門から手を離し、魔法を止
める。フライホイールが惰性で回り続ける音が響く中、二人は口を開こうとせず、ただ背
もたれへと身体を預けていた。
呼吸をしているのかすら怪しい程身動きしないハルを見ながら、エディはこれからの未
来を想像する。もしも集団戦で同じ事が起こってしまったなら。
自分とハルは、確実に死ぬ。
しかしそれだけで済むならばいい。味方機を巻き込んでの墜落を起こす可能性すらあり、
一機の比重が大きい空軍では致命的な損害を与えかねない。
そして、味方の命もさることながら、戦術的、戦略的に敗北した場合、苦しむ人間は想
像を絶する規模に達する。
結果だけならば、確実に合格できる内容である。しかし、現状で隊へ加わる事は不安要
素があまりに大きい。
自分の願望を優先し、嫉妬と羨望の対象だった正規パイロットになるのか。ハルと隊員
達の事、国の事を考え、ここで退くか。未だ身動き一つしない相棒を見つめ、エディは苦
悩した。
やがて辺りは作業員で囲まれ、梯子が掛けられた。考えを纏めたエディはキャノピーを
引き、機体から乗り出す。
「ハル。出るぞ」
「うん」
ハルの声はまるで生気がない。落胆しつつ梯子を降りる。
「よう、ご苦労だったな。いや。大活躍だった、の方がいいか?」
「そんなんじゃねえよ、旦那」
心底嬉しそうなキースに、エディは苦笑しながら答えた。
「二次試験の合否はハンクが判断する事だが…………お前達の活躍から不合格などありえ
ないだろう。なあ?」
キースを囲む整備士らしい男達は、拍手や祝福の言葉でエディを労う。しかし、エディ
の腹は決まっており、この雰囲気を壊してしまう事に後ろめたさを感じていた。
背後から梯子の鳴る音を聞き、エディが振り返ると、とても勝利者には見えない落ち込
んだ様子のハルが立っていた。
戦果とはあまりにかけ離れたハルの様子に首をかしげたキースが一歩踏み出す。
「ハル、どうしたんだ? 心配しなくとも、お前達は――」
言葉は、エディの手によって制止された。キースから視線を外し、エディはハルへ近づ
く。
「ハル。今日から一週間、訓練はなしだ」
「…………えっ? それは」
見るからに動揺するハルに、エディの真剣な眼差しが向けられる。
「今日の事でよくわかった。お前はまだ、戦士としての覚悟ができていない。身体の頑丈
さと飲み込みの早さばかりに目がいっていたあたしの落ち度でもある」
「そんなことはない。僕は――」
目を見開き、言いかけたハルを睨みつける。エディの怒りは誰の目にも明らかだった。
「あたしに気をつかうなと言ったのは口だけの話じゃない。お前は本当の意味で覚悟がで
きていないんだよ。それを正直に言ってくれ」
それ以上口にする事を躊躇しながらも、先ずは自分から誠意を見せなければならないと
決心し、空気を一杯に吸い込む。
「あたしも咎めない、誰にも責めさせやしない。誰に強要されるわけでもなく、お前が本
心から戦う意思を持つまで戦闘機には乗せられない」
辺りの男達やキースさえも、エディの迫力に飲み込まれていた。
その中でただ一人、遠巻きに様子を見ていた金髪碧眼の男が歩いて近づいてくる。気配
に気づいたエディが、ちらりと目を向けた。
「そういう事なんだ。すまん。今回の入隊試験は辞退させてくれ」
足を止めたハンクが、微笑と共に自分の髪を触る。
「本当にお前って奴は…………滅茶苦茶な事を言ってくれる」
物言いに、聞き入れてくれたと理解したエディだが、対するハンクは不敵に笑む。
「今回の入隊試験はなし、と言いたいところだが。ここまで簡単に敵を撃墜できる凄腕の
乗り手を、そう易々と手放せるわけがないだろう」
「そこを何とか、ならないのか」
珍しく下手に出るエディの姿に、ハンクは笑みを崩さす、両手を腰に当てた。
「しかしだ。試験中に実戦など、前代未聞の出来事。今回は政治的にも危うい内容の試験
になってしまった。二人を合格させるか否か、大臣と十分に議論する必要がある。そうだ
な…………一週間もあれば、結果は出るだろう」
「それは――」
「そうだ。エディ、ハルの両名に一週間の休養を言い渡す。試験結果が出るまで大人しく
していろ」
「本当に、ありがとう」
あまりに柔らかな笑みで微笑するエディに、ハンクは赤面し空を見上げた
「だが、何が起こったかは報告してもらうぞ」
「ああ。ハル」
背後で黙っていた相棒に目を向け、頭を撫でる。
「あたしは二人に状況を報告してくる。お前は先に部屋に戻ってくれ」
「わかった」
真剣な表情で頷くハルに苦笑しながら、歩き出した相棒を見送り、ハンクに視線を戻す。
「機関室の休憩所に行こう。座って話をしたい」
「そうするか」
「お前ら……勝手に決めやがって」
三人が移動し始めた頃、他の作業員も戦闘機の駐機に動き始めた。
「この、右手が……」
先を行く二人の後を追いながら、エディは引き金を引いた自分の右手に視線を落とし、
今日の行いを省みる。敵機を落とす判断は適切であり、キースの命令も、自分の判断も、
誤りはなかったと、あの場所では確信していた。
しかし、茫然自失で涙を溜めるハルの姿に、自分の行いは正しかったのかと初めて疑問
を感じる。今までメイジとして数多の敵を葬ってきた筈のエディは、撃墜した事に後ろめ
たさを感じ始めていた。自分は間違っていない。しかし、ハルの感情も間違ってはいない
と理解できていた。
夏の生暖かい風よりも更に湿り気のある空気に触れ、機関室が近いことに気がつくと、
前方へ目を向けハンク達の向かっていった休憩所へと続く。
「出せるものは水だけだ。飲むか?」
「貰うよ」
「あたしも欲しい」
透明な水の満たされた木製のカップが簡素な作りの机へと並べられ、三人は合わせたよ
うに椅子へ腰掛けた。
「先ずは、国境で起こった戦闘から」
十分に情報を整理し、エディは丁寧に説明を始める。場所や天候はもとより敵戦闘機の
特徴や戦闘の流れ、自分達の心理状態に至るまで微に入り細に入り説明する。そして、戦
闘後に接続が切れた理由、ハルの心の問題を、予想できる範囲で伝えた。
二人は、エディの口が止まった事を確認すると、静かに口を開く。
「まあ、それは…………当然と言えば当然の事だな」
キースに続き、ハンクもエディへと目を向ける。
「ああ。一月で殺し合いの決心をできる奴なんてそうは居ない。訓練中は猛々しいような
輩が、実戦で生き死にを目の当たりにして軍を去っていく事など日常茶飯事だ。心の問題
は難しいよ」
否定や補足の余地がないハンクの意見に黙って頷く。言葉がなくなり、蒸気機関が動く
音だけが聞こえる休憩所で、ハンクが再度エディへと視線を向けた。
「だがそれでも、お前達二人は是が非にも入隊して欲しいんだ。そうだろ? 旦那」
ハンクがアイコンタクトを取ったキースも、穏やかならぬ表情で頷いた。
「どういう事だ? 今は航空隊の定数も揃ってるのに」
エディからの純粋な疑問に、キースは深いため息をつき、吐き出した空気を補充すべく
再度息を吸う。
「実は今、ロベリアが不穏な動きを見せているんだ。正直な話、いつ戦争が起こっても不
思議ではない程に緊迫している。今回の戦闘を口実に開戦してくるとも限らない。それだ
けに、航空隊は腕の良いパイロットが欲しい。お前と、ハルだ」
「戦争、だって?!」
訓練に没頭していたエディは、暫く聞いていなかった国際情勢に強い衝撃を受けた。ハ
ルの最も危惧していた事態が目の前まで迫っている。
しかし、だからこそ、ハルを戦場に連れて行く訳には行かないと意思を固めた。
「それならば尚の事。あたし達は入隊する訳には行かない。航空隊に損害を与える可能性
すらあるんだ。ハルも死なせられん。アルストロメリア空軍は精鋭揃いなんだろう? 新
人に頼ってどうする」
言葉を切り、閉口する二人へ更に続ける。
「それにな。あたしの直観は確信に変わりつつあるんだ。ハルが運命の相手なんだ、って
な。だから、今あいつを死なせるわけにはいかないんだ」




