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チャプター 17:「政情不安」

 アルストロメリア城の王宮、玉座の横に設けられたテーブルでは、シェリルとオットー

が苦々しい表情で向かい合っていた。机上には金色の書簡が一つと、ロベリアの国章が入

った親書が幾枚も並べられている。その内容はほぼ同じもので、食糧の料率引き下げと輸

出量の大幅な増加を要求するものばかりだった。

 緋色の椅子に腰掛けたシェリルが大きなため息をつく。

「このような……どれも乱暴な条件ばかり。アルストロメリアを属国にするつもりなのか

しら」

 対するオットーも息を長く吐きながら視線を落とし、額へと手を当てた。

「ロベリアは、こちらの代替案を受け入れるつもりはないのでしょう。無条件に要求を呑

む以外はすべて拒否しようという思考がひしひしと伝わってきます。妥協点が見えません

な。かと言って、素直に要求を呑む訳にもいきませぬ。ここまで強気の姿勢からして、我

々の軍を圧倒するだけの自信があるのでしょう。隷属国のような通商条約を結べばそれで

よし。でなければ、武力による侵略を行う、という事でしょう」

「何か……何か良い案は」

 シェリルの懇願するような問いかけにも、オットーは目を閉じ首を振るばかりだった。

「絵に描いたような武力外交です。我々は戦うか、服従するか。大きく分けて、この二つ

のどちらかを選択する事になるでしょう。他の手段……和平交渉も視野には入れますが、

こちらが絶対服従を誓わなければ戦争回避は難しい。開戦すれば、止める手段は降伏のみ

でしょうな」

 改めて言葉を突きつけられ、シェリルは視線を落とす他なかった。ロベリア帝国は、軍

事国家として有名で、皇帝は軍の名家から送り出される事が多い。国民の多くは軍国主義

者で、主戦派が多い事も知られていた。

 祈るような気持ちで思考を巡らせるも、焦燥感から思考は視野狭窄を引き起こし、同じ

ような案が何度も頭を巡る。

 そして、無限にも感じる思考の反復の合間に、兄であるハンクの姿がよぎる。

「現状の軍事力がロベリアに比べ明らかに劣っていると判断できるならば、戦争は絶対に

回避しなければなりません」

「では――」

「しかし! 我々為政者が退けば、後にやってきたロベリアの役人は、領民から多くの富

を搾取するでしょう。まるで奴隷のように」

 オットーは額の汗を掌で拭う。

「仰る通り。短期的に見るならば、我々政府が降伏すれば領民や軍の犠牲は最小限に抑え

られるでしょう。しかしそれは、陛下や私どもが領民を護る事の出来る立場から退かねば

ならない事を意味します」

 シェリルは迷っていた。いくら腕の立つパイロットとはいえ、兄を過酷な戦場に送り出

す事は避けたかった。母は自分の出生と同時に天に召され、父も二年前に母のもとへ旅立

った。ハンクは、シェリルの残されたただ一人の家族なのである。

 しかし、シェリルは統治機構の頂点に立つ人間であり、影響を与える領民は数百万人に

上る。一人の兄弟の為に、誤った判断を下すことなど到底出来なかった。

 息を大きく吸い込み、目を閉じ、ゆっくりと吐き出す。

 見開かれた目は、対面するオットーへ向けられた。

「防衛戦の準備を始めましょう。開戦の宣言からではとても間に合わないわ」

「陛下……」

「防衛の要は空軍になるでしょう。数度の交戦記録しか残っていない上、単騎同士の戦い。

そして、全てお兄様が撃墜、もしくは領空外まで排撃している。あまりに情報が少なく、

ロベリアの空軍は未知数。ですが、今は可能な限り事を進めるべきです」

 決断からの行動は早かった。成人して間もないシェリルも、為政者としての教育を十分

に受けており、迷いが最も危険な思考だと熟知していた。

「領内での戦闘を想定。ロベリア国境から四十マイルまでの領民を首都へ避難させてくだ

さい。更に、ロベリアから三十マイルまでを仮想戦闘領域に指定し、重点的な警戒をお願

いします。空軍、陸軍への伝令、防衛案の策定、頼みます」

「かしこまりました」

 失念している事項が無いかと、深い呼吸と共に頭を整理する。

 そこで、燃料調達の計画を再確認するべきだと考えた。

「オットー。石炭の輸入計画は? 正確に教えて頂戴」

「はい。急を要する計画でしたので、未だ十分な量を獲得できていない状況です。月末に

ロベリアとの契約が履行され、向こう一月の石炭が確保できる計画です」

「万が一、月末までに開戦した場合は?」

 真っ直ぐにシェリルと見合っていたオットーの視線が、机へと落とされる。

「厳しい、と言わざるを得ません。月末直前に宣戦布告を受けた場合、部隊の半数を運用

できるかどうか」

 オットーからの報告を聞いた瞬間、シェリルの脳裏に最悪のシナリオが過ぎる。

 もしも、ランタナがロベリアと密約を結んでおり、何らかの理由でアルストロメリアへ

の提供がされなかったなら。最も重要な戦力である空軍を満足に動く事が出来ず、軍人や

領民が一方的に虐殺される事が容易に想像できる。

 血の気が引いてゆき、意識が遠のく頭を左右に振り、姿勢を正す。

「至急、アイリスに使いを送って頂戴。一週間以内にアリス妃殿下との会談を」

「陛下! それはあまりにも――」

 シェリルは、それまでのあどけない表情が嘘のように、鋭い視線をオットーへ突き刺す。

「無駄、とは言わせません。ランタナがロベリアと密約を交わしている可能性がある」

 オットーは手を組みなおし、前のめりにシェリルと相対する。

「勿論、想定はしております。最悪の、ですが。陸路で結ばれた地域で石炭を産出してい

るのはロベリアとランタナのみ。蒸気船や帆船で遠方に買い付けようにも時間が掛かりす

ぎます。協議の結果、ランタナからの輸入が現状で最善策と臣下の誰もが考えております。

私もその一人です。そして何より、アイリスが戦争行為に介入する事はありえません」

「わかっています。けれど…………先日のパーティで、アリスは含みのある言い方をして

いた」

「どのような?」

 問い返され、改めてアリスの言葉を繰り返す。

「アイリスは軍事力を以って戦争に介入する事はない、と」

「それは…………武力以外ならば手はあると?」

 確信がない以上、シェリルは首を横に振る。

「何が可能なのか、何が不可能かは現時点で判断できないわ。しかし相談する価値はある。

オットー。使者を」

 目を閉じ、数度頷くオットー。臣下の思案に、シェリルも口を閉じる。

 暫くの沈黙を経て、オットーは思い出したように息を吸う。

「……かしこまりました。早急に手配致します」

「そのように」

 話が纏まった所で、早速席を立ち、扉へと歩み寄るオットー。

 しかし、扉が弾かれたように勢い良く開かれ、息を切らせながら作業服姿の男が室内へ

入ってくる。

「許可もなしに! 陛下の御前であるぞ!」

 オットーが叱りつけた男は萎縮しながらも、姿勢を正し右手を胸に当てる。

「大変申し訳ありませんでした! 司令より火急の用件を言付かっております!」

「申してみよ」

 椅子に掛けたまま男を見ていたシェリルは、言い得ぬ悪寒が背筋を通り抜けた。

「航空隊の入隊試験において、受験者の戦闘機とロベリア所属の戦闘機が国境付近で交戦、

これを撃墜したとの事です」

「…………なんですって?」

 男の報告に、アリスは胸の鼓動が止まる程の衝撃を受け、思考は完全に停止した。


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