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チャプター 14:「糧」

 まどろみの中から意識が戻り始めたハルの目に映ったのは、見慣れた天井だった。

 身体を起こすと、先に起きていたらしいエディが机に向かい何かを書いていた。衣擦れ

の音で気がついたのか、顔を上げた彼女は、ハルへと視線を向ける。

「目が覚めたか、ハル」

 初の戦闘機で、国内屈指のパイロットと空中戦である。未熟な身体には負担が大きいだ

ろうとエディが休憩を提案し、それに従いハルは仮眠をとっていた。

 ベッドから足を垂らし立ち上がると、身体の調子を確かめる。農業を営んでいただけあ

り、ハルの身体は心身共に丈夫で、調子も戻っていた。

 自分が快調だと確認すると、エディの作業が気になり、近づいてゆく。

 書きかけの筆記帳には、今朝行った模擬戦の考察が書かれていた。

「それは…………今朝の?」

 言葉足らずの問いにもかかわらず、その意味を読み取ったらしいエディが頷いた。

「ああそうだ。今回の訓練で嫌と言うほどわかっちまったんだ。相手が人間だと、定石通

りの行動をとるとは限らない、何をしてくるかわからないんだ、ってな。あたしは十分上

手いつもりだったんだが……空中戦の駆け引きでは、まるで歯が立たなかったな」

「うん…………悔しい」

 落ち込むハルに、エディは目を薄め視線を向ける。

「意外だな。ハルも悔しかったのか」

 エディの一言に、ハルは眉を寄せ苦笑する。

「僕も一緒に一生懸命にやってきたつもりだから。操縦桿を握っているのはエディだから、

いざ戦闘となると僕は何もできない。とてももどかしいよ。あんなに頑張ってくれていた

のに」

 視線を落とし、唇を固く結ぶ。機関師の仕事は索敵や本部との連絡が主で、戦闘機に関

わる仕事は動力の供給しかない。

 しかしそれよりも、一緒に空を飛び、毎日懸命に訓練してきたエディが負けてしまった

事が何より悔しかった。

 真剣に落ち込むハルに、エディは歩み寄り頭を撫でる。

「嬉しいよ。あたしを相棒として認めてくれてるんだな」

「もちろん。この一月で、本当にいろいろな事を教えてくれて。エディの事をとても好き

になった。僕の先生で、一緒に空を飛ぶ仲間だよ」

 素直に賞賛するハルに、エディは赤面し、視線を逸らす。

「本当にお前は……よくそんな恥ずかしい事を」

「少しも恥ずかしい事なんてない。本当の事だから」

「ませたガキだなお前は!」

 照れ隠しか、エディに髪を掻き乱されたハルは、満面の笑みを浮かべる。

 顔の紅潮も収まり、大きく深呼吸をすると、記入していた筆記帳を手に取り、部屋の出

口へ向かって歩き始める。

「書庫へ行こうぜ、相棒。今日の反省を踏まえたお勉強会だ」

「うん!」

 ハルはエディについて、部屋を後にする。

 階段を降り、一階最奥の部屋、書庫の扉を開き中へ入ってゆく。隊としての飛行訓練が

なく、宵の口という事もあり、書庫には知識を求めてやってきた宿舎の隊員達が居た。

 すっかり顔なじみになっていたハルとエディは、視線を向けられる事もなく、申し合わ

せたかのように目的の棚へ向かい、各々が必要とする書物を手に取り、空いている机へと

掛ける。

 意識して座ったのか、彼女の右には、大昔に印刷されたらしい大きく薄い本へ目を落と

すハンクの姿があった。

「今更そんなもの見て、どうしたんだよ?」

 エディは嘲りのない、素直な疑問をハンクにぶつける。

「名前を見ていたんだ。かつてあった戦闘機につけられていた名前をね」

「どうしてまた?」

 ハンクは酷くおかしそうに、静かに笑う。

「入隊する者には、戦闘機が割り当てられる事は知っているだろう? エディとハルの二

人が入隊する事になれば、俺が戦闘機の名前、コールサインをつけなければならない」

 エディはハンクの問いに頷いた。空を飛ぶ戦闘機には、正しい指示や情報整理の為に、

コールサインと言われる個別の名前がつけられている。

 しかし、コールサインは旧暦以前に用いられていたものを真似てつけている場合が多く、

戦闘機の見本を眺めているハンクには、ハルも首を傾げていた。

 二人の疑問を読み取ったのか、ハンクが再度笑う。

「お前達は本当に特別だ。エディも、ハルも、前例がない。だから、名前を聞けば直ぐに

二人だとわかるような特徴的なコールサインをつけないとな」

 エディは疑問の解決に頷いていたが、それも直ぐに動きを止める。

「あたし達が入隊できると考えてるのか?」

「できる。試験は三回受けられるが、お前はまだ一度も受けていないだろう。ハルと二人

なら先ず間違いなく合格できるだろうな」

 ハンクは自嘲気味の笑みで視線を落とした。

「戦闘機が実戦投入されたからまだ二年しか経っていない。俺は生まれもあって、隊長と

して他の隊員よりも長い訓練機会を得られた。だが、まさか半年も飛んでない奴にここま

で追い詰められるとは思ってなかったよ。今朝無理をさせたお陰でメルは調子を崩してし

まった。正直……舐めてたよ。あいつに無理をさせなければならない程度には、俺は焦っ

てた」

 その言葉に、ハルは何物にも代えがたい感情が沸き上がってきた。ハンクはエディの力

を認めている。それが自分の事のように嬉しかった。

「俺は今日一日、それだけが気になっていたんだ。何故短期間でこれだけの技術を身につ

けたのか、ずっと考えていた。才能なんて言葉で思考を止めるのは好きじゃないんでね。

何か、大きな秘密があるんじゃないのかと気になってるんだ。どうなんだ、エディ?」

「想像力」

 あまりにも端的で、ハルはそれが何を指しているのかまるで理解できなかった。ハンク

も同じように納得しない様子でエディを見ている。

 二人に目配せしたエディが、静かに息を吸った。

「あたしは航空機の操縦を学び始めた頃、酷く似ているものだと感じていた」

「何に?」

「魔法だ。操縦桿を倒せばこうなる。三速に入れたらこれだけの速度を得る…………戦闘

機という乗り物は、経験と同等に、それを生かす為の想像力が大切だと常々考えているん

だ」

 話しながら、エディは手を顔の高さまで持ち上げ目を薄める。すると、掌の内側に青く

小さな炎が姿を現す。

 突然の魔法使用に、ハンクは飛ぶように立ち上がった。辺りの隊員たちも、緊張した面

持ちでその場に身構える。

「な、何故ここで魔法が?!」

 驚くハンクを尻目に、エディは炎を消し、静かに着席を促す。

「一瞬で発現できるような魔法なら干渉される事は無いんだ。そう驚くな」

 場が静まった事を確認すると、再度静かに息を吸う。

「今の魔法は専門じゃないんだが、摩擦や燃焼といった自然現象を使う点では電気と類似

性がある。重要なのはその現象がどのように発生しているか知ることだ。熟知していれば、

それらに対してマナで働きかける事ができるようになる。それがメイジなんだよ。だが、

こうして魔法を使っているあたしも言葉にするのは難しい。そのようになって欲しいとイ

メージする事で事象を発生させている。戦闘機も同じだ。どのように動かしたいのか想像

し、それを実現する為の動作を操縦桿に与える。身体を使うか、精神網を使うかの違いで

しかない」

 理解できたのか、諦めたのか、ハンクは空笑いを漏らした。

「魔法は元々、刻印術のように体系化されたものだったらしい。何らかの理由でその知識

が失われ、幼い頃から無意識に力を行使していたものが現代のメイジ達と言われている。

無意識に使っているからこそ誰にも伝える事はできないし、本人も原理を理解していない。

イメージする事でしか訓練できないんだ。操縦と順番は逆だが、似てるだろ?」

「ハハッ…………どこが似てるのかさっぱりわからないぞ。メイジは俺達と頭の構造が違

うのか? まるで参考にならん」

「同じだ。ただの人間だよ。単純に、今まで使ってきた時間が違うだけさ」

 ハンクは呆れ、苦笑いと共に視線を落とす。

 暫くの沈黙の後、顔を引き締め視線を持ち上げた。

「何にしても、お前が…………いや、お前達が空軍に残れそうで本当に良かった。入隊試

験、楽しみにしてるぞ。腕利きを用意してやる」

「ああ、よろしく頼む!」

「お、お願いします!」

 エディに負けじと、ハルも闘志のこもった声を返した。

 会話が終了した事で、お互いに自分達の手に持つ本へと視線を落とす。書庫が再び静け

さを取り戻した所で、ふと、エディが顔を上げハンクを見る。

「もう一つ、大事なものがあった」

「うん? 何だ?」

 眉をひそめるハンクに、銀髪のメイジは得意げな表情を浮かべた。

「度胸だよ」

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