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チャプター 13:「大国の宴」

 きらびやかな装飾、開放感のある高い天井、華やかな音楽や、見たこともないような豪

華な料理の数々。

 南の大国、アイリスの国家親睦パーティーの中に、シェリルの姿があった。場内は各国

の首脳や重役が各々の関係者達と立食を楽しんでいたが、女王である筈のシェリルは一人

で静かに料理を楽しんでいる。

 貿易関係を始めとした各国の代表には、先代から仕えているオットーの顔が知られてお

り、また、シェリルも政治が得意ではないと自覚していた。

「もう…………アリスはいないのかしら」

 場内には友人の姿はなく、オットーも他国との応接に暇がない状態であり、臣下の仕事

を邪魔しないよう片隅のテーブルに腰掛け静かに食事を取る。

 そこへ、淡い紫の髪を揺らした男が近づいてきた。

「お食事中失礼。ご機嫌は如何ですか? シェリル・アルストロメリア女王陛下」

 腰の高い嫌味のある声に、シェリルの心には強烈な不快感が湧き出してきていた。しか

し、それを笑顔で覆い、感情を表に出さぬよう立ち上がる。

「お陰様で。天候にも恵まれ領民も私も、平穏を享受させて頂いております。アーニー・

クロフォード皇帝陛下」

 ドレスの裾をつまみ、作法通りのお辞儀を見せたシェリルに、含み笑いを零すアーニー。

「これは失礼。アイリス南部の国家ならまだしも、我々は隣国同士ではありませんか。そ

のように畏まられては、こちらも参ってしまいます」

 アーニーの不快な態度にも、辛うじて微笑で踏みとどまり、腹に両手を重ねるシェリル。

「アルストロメリアの領民は、皆礼節を弁えております。私の振舞いは領民の振舞い。女

王が無作法では、国の品位が疑われてしまいますから」

 微笑のまま、たっぷりと嫌味を練り込んだ言葉を発するシェリル。

 相対するアーニーの眉間が痙攣するも、見下すような視線は変わらない。

「なるほど。その通りです。私も以後気をつけましょう…………それはさておき」

 シェリルの見上げるアーニーの双眸がギラリと光り、威圧的な雰囲気を作り出した。

「我々ロベリア帝国は今年の春季、大雨による水害によって農地が多大なる被害を受け、

食糧の自給率が著しく落ちております。煽りを受けた市場からの税収も減り、国の財政も

苦しい状況です。しかしながら、貴国は豊作の様子」

「アルストロメリアからの輸出を増やして欲しい、という事でしょうか?」

「はい。そしてもう一つ……大変お恥ずかしい話なのですが、輸出の料率も下げて頂きた

いのです。お話した通り、我々も財政難。有力な商家との連携を含めても、今までの取引

料率では国を賄いきれないのです。どうか、御慈悲を」

 深刻な表情で頭を垂れるアーニーに、シェリルは言い淀んだ。個人として見るなら、ア

ーニーに慈悲をかける事はない。しかし、国民に罪はない。農産や畜産の輸出に関しては、

国内消費量の四倍近い生産量を持つアルストロメリアにとって難しい話ではなかった。

 しかし、それが妄言であれば、民が懸命に生み出したものを無下にする事であり、更に

は相手国に大きな余力を生ませ、アルストロメリアを脅かす危局を招きかねない。

「水害の件は聞き及んでおります。食糧問題に、是非ご協力させていただきたい」

「では……」

「――と、この場で直ぐに御返事できるなら良いのですが。私の耳には違った話も聞こえ

ております」

 アーニーの瞳が鋭さを増すが、シェリルは頑として視線を逸らさない。政治に疎くとも、

彼女には女王として心構えがあった。

「何でも、軍備拡張を行っているとか。わが国への燃料や鉄鋼資源の輸出も減っておりま

すが、昨年同様にアルストロメリアへ供給していただければ財源になるのではないでしょ

うか? 私共としましても、より実りのある貿易を行いたいと考えておりますので」

 シェリルは戦争を望んではいなかったが、属国のように搾取される事だけは避けたかっ

た。その上、鉄鋼や燃料が不足しているのは事実であり、ロベリアの軍拡が杞憂であれば、

輸入によって国防の足場を固める事が出来るとも考えていた。

 シェリルの意見に、アーニーは尤もだと言わんばかりに首を大げさに振る。

「女王陛下のお考えはよくわかりました。しかしながら、国力が弱まっている今だからこ

そ、軍備の維持は不可避だと考えているのです」

「と、言いますのは?」

「ロベリアは一次産業の基盤が弱い代わりに、鉄工や木工で成り立っている国家です。我

々はそれを守らねばなりません。ロベリアが弱っていると考えた隣国が攻撃してくるとも

限りません」

 シェリルは舌打ちしたい気分だった。ロベリアが隣接するのはランタナとアルストロメ

リア、アイリスの三国であり、少なくともアイリスとアルストロメリアは侵攻の意思が無

い。ランタナも鉱山を主な産業としており、組織された国防軍は山岳防衛に特化した形を

取っている。

 何よりも、アーニーが真に愚かなのではなく、愚かに振舞っている事が腹立たしかった。

馬鹿げた事を平然と口にするのは、アーニーの計算高さからくるものだとシェリルはよく

知っていた。

「…………そのような心配は無用かと」

「それでは軍部が納得しないのですよ。私を始めとして、部下達も国防を疎かにすべきで

ないと考えております。それに」

 アーニーの笑みが、一層加虐的なものへと変わる。

「外部からの圧力があまりに強い場合、または武力を行使せざるを得ない状況になった場

合は実行力が必要でしょう。主権国家として当然の選択かと」

 漏れ出た本音に、シェリルは疑念を確信へと変える。一刻も早く帰国し、対策を練らね

ばならないと思考する。

「ですが、シェリル女王陛下はとても慈悲深く、聡明であると存じております故。必ずや

ロベリアの危機を救済して下さると、信じております」

 脅迫まがいの言動に、シェリルは青褪めた。思考が混乱し、頭から言葉が吹き飛び、口

が動かない。

「おやおや……穏やかではありませんね。このパーティーの趣旨をお忘れですか? アー

ニー・クロフォード皇帝陛下殿」

 聞き覚えのある声に、シェリルは振り向いた。視線を向けた会場の出入り口には、オリ

ーブ色のジャケットとタイトスカートを纏った女が立っていた。金と銀の瞳を持ち、栗色

の髪を後頭部で纏めている。大人びた顔からは、独特の色気が醸し出されていた。

 そして、シェリルの脇に立つアーニーは、先ほどまでの余裕がすっかり消え、その顔は

恐怖で染まっていた。

「何やら、武力行使などという単語が聞こえてきましたが、聞き間違いでしょうか?」

 薄ら寒い微笑と共に近づいてくる女に、アーニーはたじろいだ。

「こ、言葉のあやですよ、アリス姫。我々としましても…………ああ――」

「しましても?」

「いえ。野蛮な振舞いなどしたくはありません…………ランタナへも支援の交渉に行かね

ばなりませんので。失礼致します」

 断ると、まるで逃げるように二人から離れてゆくアーニー。その姿に、残された二人は

噴き出した。

「ふふ…………お久しぶりです。アリス姫」

 オッドアイの女、アリスは、シェリルの言い回しに苦笑した。

「他人行儀ではなくて? 私は友人として貴女に会いに来たのよ、シェリル? 軍の催事

から抜け出してね」

「まあ…………アリスはお転婆なアリスのままね」

 シェリルの調子が戻ったのか、アリスは穏やかな笑みを浮かべた。

「以前のように、一緒にお茶を楽しむ機会もなくなってしまったわね。貴女のお父上が亡

くなられたから、随分と疎遠になってしまったわ」

「そうね。とても残念だわ」

「それはまた考えましょう。それよりも、アルストロメリアはどう?」

 アリスの問いに、笑みを作り数度頷くシェリル。アーニーに向けたものとは違い、正真

正銘の笑顔だ。

「主要産業はとても順調よ。気候にも恵まれて、領民の生活は豊かになったわ」

「そう。それは良かった。気がかりは確かにあるけれど、概ね順調なようね」

「国防と福祉の調整がもう少し必要だわ。けれど、大丈夫。私の家臣はとても頼りになる

から。そう言うアリスはどう?」

「私の方も順調……とは言っても、何も変わったことは無いわね。将官が優秀で私の仕事

なんて殆どないもの。お陰でラボに篭って趣味に没頭できるわ。呼び出されて忙しく働か

なければならないのは、こうしたお祭りの時だけよ」

 いつも通りの友人に、シェリルは安堵した。アイリス軍の最高司令官であり、自身が戦

略兵器並の威力を持つとは思えない、よく知る友人の姿に顔も綻ぶ。

 空気が穏やかなものになった事で、ふと、オットーと話していた疑問が浮かび上がる。

 口にするか迷った末、言葉を纏め、静かに口を開いた。

「アリス。もしも、アルストロメリアとどこかの国が戦争状態に陥った場合は……アイリ

スは行動を起こすのかしら?」

 アリスは苦笑した。

「答えはわかっているのではなくて? アイリスは軍事力を以って戦争に介入する事は無

いわ。国家憲章にも規定されている」

 アリスの返答は予想通りのものではあったが、その言い回しに、シェリルは違和感を覚

えた。

「軍事力を以って、というのは――」

「ここにおられましたか、最高司令官」

 アリスの台詞を遮るように、大柄な男がアリスに近づいてきた。制服から、軍人である

事がわかる。

「ふふっ……見つかっちゃったわね。シェリル、次に会う時はおいしいお茶を飲みましょ

う。とっておきの茶葉を用意して待っているわ」

 言い残し、男を引き連れて退出していくアリス。

 友人を見送ったシェリルは、会場の中に一人取り残されたまま、湧き上がった疑問を反

芻していた。


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