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チャプター 12:「追撃」

「そういえば、あたし達はどの機体を借りればいいんだ…………?」

 腰に手を当てながら辺りを見回していたエディは、格納庫に入ってきたキースと目が会

う。

「話は聞いたぞエディ。ハンクの奴と模擬戦だってな」

「おう」

 エディを見つけるなり、ひどくおかしそうに歩み寄ってきたキースは、格納庫内の機体

を見回した。

「そうだな…………模擬戦となると訓練機は使えないな。機関砲がついてる機体はどれも

正規の隊のものばかり――」

「あれに乗せればいい」

 三人は、声のした入り口へ一斉に目を向ける。そこには、朝日に照らされたハンクと、

前髪で目を隠した小さな男が立っていた。

 エディの身体が短く震える。

「俺達が乗る予定だった試験機がある。あれなら砲もついているからな。使うといい」

「おいおい。新型でやらせてくれるのか? 新人に対するハンデのつもりかよ」

 エディの皮肉とも取れる口調に、ハンクは苦笑した。

「その通り……と言いたい所だが、他に選択肢が無いんだ。余分な戦闘機もあったんだが、

暫く新人が入ってくる気配もなかったんでな。解体して予備の部品になっちまってる。お

まけに、そいつは操縦桿が敏感すぎて扱いづらい。どちらかと言えば、難易度は上がって

いるかな」

「ククッ……いい性格してやがる。わかった。それでいこう」

 威嚇しあう二人を他所に、話を聞いていた作業員達は、指示されるまでもなく、機体の

用意を始めていた。

「機関砲の点検を最優先にしろ! 実弾を一発も残すなよ!」

 キースの怒声が庫内に響き、戦闘機が二機、牽引されて前方へ出てきた。双方はほぼ同

じような形状で、エディはどちらが自分達の乗るものなのか判別できなかった。その上、

どちらもアルストロメリアの国章が描かれており、それらは国の旗機である事を示してい

た。

 視線に気がついたのか、ハンクはエディへと目を向ける

「ああ、それか。元々は俺とメルの専用機になる予定だったんだが、どうも肌に合わなく

てな。今は新しい部品の試験をする実験機になってるんだ。ある意味では一番整備の行き

届いた機体とも言えるな。国章のペイントはその名残さ」

「初飛行が旗機とはな。腕が鳴る」

 ハンクとエディが見合っている所に、キースが割って入ってきた。

「模擬弾は初めてだったな。知っているとは思うが、一応ハンクも聞いてくれ」

 キースがちらりと目を向けたハンクが頷くのを確認し、話を続ける。

「搭載されている機関砲は80口径、弾丸は訓練用のペイント弾を使う。模擬戦用の弾と

は言っても、機体に当たればへこむ程度の威力はある。身体に当たれば大怪我を負うか、

最悪死ぬ威力だ。戦闘機用のヘルムは必ず着用しろ。いつも被っていないようだが……ハ

ンク、お前もだぞ?」

「ハハッ……わかったよ」

 説明が終わった所で、早くも点検の完了した機体が牽引され格納庫の外へ出され始めて

いた。それは二つの梯子とセットになり、多くの作業員と共に滑走路へと運ばれてゆく。

 自分の機体に歩き始めたハンクが、ふと振り向き、足を止めた。

「俺が先に上がるから、後ろについて来てくれ。北の山岳地帯まで誘導する。旦那に開始

の合図を貰ってから開始としよう。お前が後ろでいいぞ。機体のハンデみたいなもんさ。

メル、行くぞ」

 ハンクは相棒のメルに声をかけ、素早く戦闘機に乗り込むと、離陸準備を開始した。

「ハル。あたし達も行こう。先ずは操縦席の調整からだ」

「うん、行こう」

 駆け足で機体に近づくと、銀色に鈍く光る機体を眺める。訓練機と一線を画す重厚な胴

体は、それが戦闘用である事を物語っていた。

 声も掛けず、先に梯子へ足を掛けたハルに続き、エディも操縦席へと上がる。内部の構

造は訓練機とほぼ同じで、相違点といえば、今までただの突起でしかなかった部分に、機

関砲の引き金がついている事のみ。内部構造が慣れた機体と近い為、座席やベルトなどの

調整は直ぐに終了した。

 同じように準備を済ませ、自分の股下で静かに手を組むハルの背中からは、強い緊張が

感じられた。戦場を経験した事のないハルに比べれば、自分の緊張など些細なものだと苦

笑し、相棒の肩に触れた。

「大丈夫だ。練習した通りにするしかないさ。ハンクの腕も、あたしの腕も信じてくれ」

 ちらりとエディに振り返ったハルが、強張った笑みを浮かべた。

 同じように笑顔で応え、肩を二度叩く。それから暫く、吹きさらしの滑走路を風が吹き

抜ける音だけが場を支配した。

「一番機"ウィザード"離陸する! 総員後退!」

 よく徹るハンクの声に辺りの作業員が後方へ退避し、直後、プロペラが勢い良く風を切

り、戦闘機を宙へと持ち上げた。

 滑走路から完全に離陸した事を確認すると、エディが辺りの作業員へ目配せした。

「エディ・シャムロック、離陸する!」

 コールサインも与えられていないエディは、代わりに名乗りを上げた。それに反応する

ようにハルが瞬時に門を繋げ、顔を出した動力軸がフライホイールに突き込まれる。辺り

の作業員が離れた事を確認しキャノピーを閉め、クラッチを慎重に繋ぐ。

 機体はゆっくりと前進を始めた。

 二速、三速とテンポ良く変速し、二人の機体はあっという間に大空へ浮かび上がる。

「あいつは…………いた!」

 離陸後、上昇姿勢を保ちながら、前方、側方、後方を見回すエディ。左、十一時方向に

機影を確認し後を追う。

 ハンクが向かっているのは航空隊の訓練を行っている首都北方の山岳地帯。領民は住ん

でおらず、戦闘訓練に適した地域だった。

 暫く無言で飛行していると、機関室からキースの声が聞こえた。

『ハンクから訓練区域に入ったと報告があった。いいか、二人とも。それでは…………訓

練開始!」

「うっ…………?!」

 四速に入れた瞬間、前方に座るハルが呻き声を上げる。四速ともなれば既に戦闘速度で、

その加速度は巡航時の比ではない。

「大丈夫だハル! 行くぞ!」

「……うん!」

 轟音にかき消されぬようハルを勇気付け、瞬く間にハンクの後方へ張り付く。

 戦闘開始。

 先ずは小手調べとばかりに、機体を左へ傾け、旋回姿勢へと入る前方の敵機。それらの

行動に即座に反応し、同じように操縦桿を傾ける。更に機首を上げ、左手に旋回する敵機

の後に続くエディ。二人の身体には、体重の五倍近い慣性重力がかかり、その力は意識を

刈り取ろうと襲い掛かってくる。エディは自分の意識を手放さぬよう、歯を食いしばり相

手を追う。

 右へ左へ揺さぶられる度に、ハルとエディもそれらに続く。常に引き金へ指を掛けるも、

空の王者はドッグファイトを熟知しており、巧みな操縦で発射の機会を与えない。

 数度の旋回で二人を翻弄するハンクは、ターン直後、突如として機体の機首を引き上げ

た。急激な仰角の増加に伴い揚力が増大し、それらを得る為の対価として、大量の速度が

支払われる。

 急減速と上昇を同時に発生させた敵機は、瞬く間に後方へと移動する。

 戦闘機同士の戦いでは、如何に相手の後方につくかが勝負の分かれ目となる。後方に付

かれたエディは、撃墜まで秒読み段階と言っても過言ではない。

 だが、パイロットのエディ・シャムロックという女も只者ではなかった。

 相手が減速したと見るや、更に上、変速機を五速へ叩き込み、操縦桿を僅かに下方へ倒

し、相手の機体を潜り抜ける。そして、稼ぎ出した速度により元の高さに戻り、ちらりと

後方を確認する。

「へっ! お前にできるならな!」

 瞬時に四速へ変速。そしてあろう事か、失速の危険が大きいハンクの戦闘軌道を真似て

見せたのだ。機体は上を向いたまま急激に減速し、先ほどのエディのようにハンクが下方

を潜り抜ける。

 相手が前方へ出た事を確認すると、即座に五速へ繋ぎ直し、相手を追う。次は簡単に後

方を取られぬよう、より距離を取り撃墜を狙う。

 相手が機体を揺らし、こちらとの距離を詰めようとしてくるも、それらの動きに合わせ、

距離を保った。

「よし…………ここだ!」

 遂にその時が訪れる。ハンクの機体を機銃の照準器に捉えたエディは、躊躇なく引き金

を引き絞った。

 激しい音と共に発射された弾丸は、相手の尾翼、船体を霞め彼方へ飛び去った。

「クソッ……駄目だったか!」

 回避はされたものの、相手の後方に位置している事に変わりはなく、攻撃の機会は未だ

エディ達にあった。

 ふと、前方の機体が機首を上げ急激に減速する。

「またそれかよ。何度も同じ手は――」

 エディも仰角を多く取り、位置を護ろうと機首を持ち上げる。しかし前方のハンクは、

そのまま百八十度回り、機首がエディ達の機体へと向けられる。相手の機体は背面飛行の

姿勢を保ったまま、機関砲が火を噴いた。

「な、なんだと!?」

 同じように失速し、また機体が立っていた事から被弾面積は広がり、相手の模擬弾は、

機体の船体から主翼に至るまで、真っ赤に染め上げる。

 機体を水平に戻したエディは、前方を飛ぶハンクの戦闘機を見つめる。

「ははっ。やっぱり…………アイツは強いな。敵わねえ」

 二人の戦いは、敗北により幕を閉じた。


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