チャプター 10:「決意」
まどろみの中で、自分の頭が柔らかなものの上に乗せられている事に気がつき、ハルは
緩慢な動きでまぶたを開いた。そこは見慣れない板張りの天井が、暖かな光に照らされて
いた。
気だるさの残る体を起こすと、自分がベッドに寝かされていた事に気がつく。そして、
辺りを見回すと、ランプのような明かりに照らされながら本へ目を落としているエディを
見つける。
衣擦れの音からか、ハルが目を覚ました事に気がつき、エディの視線がこちらへ向いた。
「おっ、目が覚めたか。調子はどうだ?」
エディに声を掛けられ、改めて自分の置かれた状況を整理するハル。早朝から訓練校へ
入る予定が、突然パイロット候補生に連れて行かれ、気がつけば大きな機械に乗せられて
空を飛んでいた。今まで経験した事のない出来事の連続で、ハルの頭は混乱していた。
「今日は本当に悪かった。十分に魔法の訓練を行った機関師ですら、初飛行は一時間と飛
んでいられないのにな。次からは、もっと短い時間で慣らしていこう。それで、だ」
手に持っていた本をランプの横に置き、エディは柔らかな笑みを浮かべた。
「空はどうだった? 楽しかったか? それとも、怖かったか」
問いかけに、ハルは正直な気持ちを告白する。
「それは……わからない。とても興奮した事だけは覚えてる。今まで見た事もないような
ものを沢山見たし、それが凄く速い事はわかったよ。だから、楽しかったのか、怖かった
のかわからない」
曖昧な答えしか返せない事にもどかしさを覚えたハルだが、それを聞いたエディは満足
げに頷く。
「それなら十分だ。状況が理解できていないのにもかかわらず、門の接続は継続できてい
たんだからな」
黙って相槌を打つハルに、エディは言葉を続けた。
「実は、今日の飛行は相当きつい戦闘機動をやってたんだ。ハルが強いもんだから、つい
調子にのっちまったんだよ」
「僕が、強い?」
ハルは首を傾げた。自分は強さを示すような事は何もした覚えがなかったからだ。
「あれだけの負荷に耐えられる身体も強いが、いくら振り回されても魔法が乱れない事に
一番驚いたよ。どんなに訓練された機関師でも、実戦となれば危ない場面が多々あるもの
だ。だがハルからは、危うさが少しも感じられない。パイロットの立場から見るなら、こ
れ以上頼りになる相棒はいないさ。メイジのあたしが言うんだ、自信を持っていいぞ」
賞賛するエディだが、ハルは素直に喜べなかった。それは、自分が兵器として優れてい
ると言われているに等しかった。
しかし、負の思考を捨て、それこそが自分のするべき事なのだと自分に言い聞かせる。
母と親友を護る為に、十分用意した覚悟を使って気持ちを切り替えた。
話が途切れた事で、ふと、エディが読んでいた本に目が向く。
「それは、何の本なんですか?」
言い終わり、エディに言われた事を思い出したハルは、途端に恐縮する。
しかし、エディはそれを咎めようとはせず、苦笑しながら本を手にした。
「これは大昔の戦闘機が載ってる資料集みたいなものだ。旧暦の更に前、この世界とは別
の世界に存在した兵器らしい」
説明を受けながら、ハルは差し出された本へ目を落とす。書かれている内容はまるで理
解できなかったが、それは確かに読める言葉だった。
「そいつは、発掘されたままの文字で書かれてる。どうやらあたし達の言葉は、大昔から
大して変わっていないようだ。だが、文明は大きく退化してしまった」
ハルから本を受け取ったエディが、それをランプの横に置きながらため息を吐く。
「技術者はレガシーと呼んでいる。古代の兵器達だ。それらはあたし達の戦闘機よりも遥
かに速く飛び、火砲は鉄の板を易々と突き破る。果てには、たった一つで国を滅ぼす爆弾
まであるって話だ……これは流石に冗談だろうけどな。現代の技術者は、それらレガシー
の設計を基に戦闘機を作った。他の兵器に関しても、十分な資料と材料があれば、復元は
可能という話だ。だが、どちらも全く手に入る気配が無いらしい」
「その方がいい」
エディの話に、ハルは真剣な眼差しを向けた。
「沢山の人を殺す道具なんて、全部無くなってしまえばいいんだ。そうすれば、戦争なん
て――」
「それは違う。順序が逆なんだ。戦争をする為に人は兵器を生み出した。戦争をしない為
に兵器を生み出したんだ」
エディの発する、相反する意味に、ハルは言葉を無くした。
「二つは矛盾しているようで、そうじゃない。ハル。何故戦争が起こると思う?」
それは、今まで考えた事も無い疑問だった。戦争とは、単に父を奪った出来事としか考
えていなかったからだ。
言葉の続かないハルに、エディは続ける。
「戦争は国が何かしらの問題を抱えている時に発生する。食糧や経済の問題だ。だが、そ
れらの問題を解決する為に狙われるのは弱い国なんだよ。あたし達、アルストロメリアの
ようにな」
エディは視線を落としたままのハルを見た。
「南方の大国アイリスは、その軍事力によって中立を守っている国なんだ。その空軍の力
は、一部隊でアイリス以外の国家全てを相手にしてもお釣りが来るほど強力らしい。それ
だけの力を持っているからこそ、アイリスは中立で居られる。あたし達が目指す姿はアイ
リスなんだ」
ハルは納得できないながらも首を縦に振る。どのような形態、理由であれ、戦争を起こ
さないよう努める姿勢には好感を覚えた。
「それにな。兵器技術の進歩は、悪い事ばかりでもない。こいつを見ろ」
エディが指したのは、暖色の光を放つランプだった。よく見ると、それは硝子の中に光
り輝く棒が入っている事に気がついた。
「これは普通のランプではない?」
「そうだ。電球という。そうだな…………雷の力によって光るランプだ。これもレガシー
の一種なんだ。ハルはダムを見たことはあるか?」
「うん。小麦を粉にしてもらう為に何度も行った事がある。粉挽き場のおじさんは、大き
な水車で臼を動かしていると言ってた」
得意げに頷くエディは、話を続ける。
「あれはアイリスの技術者が設計したダムなんだ。大きな水車は、水から雷を作り出す機
械にも繋がっていて、それに作られた雷の力で、こいつは光ってる。水さえあれば油が要
らないランプさ」
エディの説明に、ハルは純粋に驚いて見せた。人を殺す為ではない技術もあるのだと、
素直に感動する。
「兵器は壊す、殺すための道具だ。これは覆らない。だが、それらが存在する事で防げる
争いもある事は知っておいて欲しい。あたしも、ここの皆や陛下、お前に死んで欲しくな
いからな」
ハルははっとした。悲しげな声色で話す、目の前に座る女性もまた、戦争を忌む者であ
ると理解したからだ。それは、自分が持つ望みと同じ。だからこそ、ここで自らの意思を
しっかりと伝えなければならないと、大きく深呼吸をするハル。
十分に言葉を練り上げ、吐息を声にする。
「エディ、僕は機関師の事をもっと学びたい。だから、僕に教えて欲しい。何をすれば良
いのか、教えて欲しい」
その言葉に、エディは八重歯を覗かせ何度も頷いた。
「勿論だとも、相棒。アルストロメリア一の戦闘機乗りになるぞ」
言葉なく頷いたハルは、差し出されたエディの手をしっかりと握り、固く握手した。




